後編

1.

 夏期講習という名の夏休みの無効化の最中、蓮は心ここにあらず、といった状態で、水無月を眺めていた。水無月の成績なら多少の逸脱は許されるだろうが、校則の規定を攻めた髪の長さなので、風でさらさらと白銀の髪が揺れ動く。後ろからは見れないが、教師はブルーサファイアを視界に入れることができると思うと、少し羨ましくもなる。廊下側の席から見ているので、窓の外を見ているように見えたのだろう。英語教師にしっかり見つかり、問題を出され、答えられずに、蓮だけが課題を追加された。

 水無月って、眺めている分には、本当に綺麗なだけなんだよな。話してみると、ちょっと言葉遣いが荒いし、そこそこ性格もきついのに。何か、女子とかは、水無月のこと、めっちゃ綺麗って騒いでいたっけ。

 だが、そんなことを考えている場合ではなかった。蓮の学力では、どうやっても、追加の課題が終わらない。成績学年トップの水無月悠を頼る以外の手段が思いつかなかった。

「水無月、何も聞かずに英語の課題手伝ってくれ……!」

 蓮が頭を下げると、水無月は呆れたように笑った。

「何も聞かなくても、何してたかわかってんだよ。どうせ俺を見て、構図でも考えてたんだろ」

「え、うん、その通りでございます」

「ばーか。いや、昨日の人混みとか、その前に送ってもらったのとかあるんだから、貸し返せって言えばいいじゃん。頭下げなくてもさ」

 もうちょっと考えろよ、と笑っている。

「あ、そういうのは、考えてなかった」

「蓮って、何か抜けてるよな。そういうところは、嫌いじゃねえけど、ばかだとは思う」

 水無月は、素が出るとわかりやすい。感想が何かダイレクトになる。

「ばかって、そりゃあ、トップから見りゃ二位以下全員ばかだろ」

「おまえ、それは暴論だろ。いや、でも、二位のやつすげえ面倒。何か、俺のことアルビノでかわいそうとか言いふらしてんだってな」

「かわいそうって……」

 アルビノは水無月が持って生まれた疾患だ。それを水無月をばかにする材料にするなんて、ずいぶんと舐めた真似をする。人間性が知れる話だと思ったが、蓮が怒りを示す前に、水無月があっさりと言い切る。

「ま、俺に成績でかなわないから悪あがきしてんだろ。全国模試には上がいっぱいいるのにな」

 人に妬まれて嫌がらせされても平然としている水無月が、美しいと思った。ブルーサファイアは、誰かに汚されたりなんかしない。気高い美しさだ。

「あのさあ、今、この流れで言うことじゃないかもだけどさ、オレ、今、やっぱり水無月描きたいって思った。水無月、見た目だけじゃなくて、中身も含めて描きたいって思う」

 あまりに恥ずかしくて、蓮は水無月から目を逸らして言った。こんなの、見た目が好きだというより、告白じみている。

「へええ? 俺が、中身まで美しいって? まあ、今のは、傑作だ」

 驚いた後に、本当におかしそうに笑っていた。水無月は笑っても、具合悪くても、無表情でも、何でも、絵になる。だけど、今の表情は描きたくない。

「うん、今のおもしろかったし、英語の課題は教えてやるよ」

「助かります水無月さん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る