3.
夏休みとはいえ、夏期講習などで登校日はあるのだが、夏休みと思うと解放感に溢れた生徒達が我先にと教室を出ていった。美術部の活動は自分のペースでやっていいことになっているので、蓮も特に予定があるわけでもなかった。
「水無月。帰り、どっか寄ろうぜ」
どう口説き落とせば、水無月が自分の容姿を好きになるかわからなかったが、とにかく交流を深めてみようと考えてのことだった。
「……いいけど」
水無月は特に拒否もせず、日差しのなかを蓮と連れ立って歩いた。ファストフード店に入ろうと駅前に向かうときだった。
人混みが近づいてきたときだった。水無月が急にしゃがみこんだ。しゃがみこんで頭を抱えて、何かを呟いている。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。ふざけんな俺はてめえらの慰みものじゃねえんだよぶっ殺す消してやる気持ち悪い消えろ」
震える水無月は、異様だった。言葉が物騒なことよりも、何かを恐れていることが伝わってきた。蓮もしゃがみこんで視線を合わせ、水無月に話しかけた。
「おい、水無月、大丈夫か?」
「大丈夫なわけねえだろ。てめえの目は節穴か」
八つ当たりじみた発言も、今は腹が立たなかった。トラウマを目の当たりにした経験はなかったが、そのしんどそうな様子に、怒る気はなかった。
「どうすりゃいい。水でも買ってくるか」
「いらねえよ。とりあえず、人混み避けて家帰る」
手を差し出せば、それを取って、水無月は立ち上がった。
「人混み、苦手なのか」
「……苦手なのは、人間」
小さく呟いて、水無月は一人で帰っていった。送ることも考えたが、水無月の全身が、蓮を拒否していた。蓮は、水無月に渡すべき言葉なんか、何も持っていなかった。ただ、持っていないことをひたすらに思い知らされて立ち尽くしていた。
自分の得た信頼など、霧野柊の弟というだけであって、霧野蓮そのものへの信頼はないに等しいのだと、水無月より劣る頭にも刻まれた。この一瞬で、心の底まで思い知った。
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