2.
放課後の教室には、少しばかりの人間が残っていた。前期中間試験も終わって、学校祭も終わって、あとは夏休みを待つばかりの頃。じわじわと暑い夏。
教室のドアを開けて、蓮は異様さに気づく。白銀の髪が机に突っ伏していた。それを遠巻きに囁くクラスメイト達。
「何、何かあったのか」
ドア付近にいた男子に話しかけると、「あれ」と白銀を指差した。
「水無月、多分あれ具合悪いんだけどさ、あいつ、ほらあれじゃん」
声をひそめて彼は言った。あれとは、入学直後の事件を言っているのだと蓮にもわかった。
水無月悠は自分に触れた体育教師の手を振り払い、その後に震えてしゃがみこんでしばらく動けなくなった。当の体育教師も怒りに転じるどころではなく、保健室に擁護教諭を呼びに行くほどに、あまりに異様な光景であった。それから、数百名いるこの学年の生徒と教師にとっては、「水無月悠に触れてはいけない」は暗黙の了解となった。
「ああ……」
蓮は、この時点で諦めた。養護教諭もこの時間には帰っているだろうし、この教室で水無月とまともな面識があるのは、蓮くらいだ。蓮は教室の最前列中央、水無月悠の席に近づき、顔を覗きこんだ。
「水無月、具合悪いのか」
ゆっくり、ゆらめくように、白銀の頭が上がり、ブルーサファイアの瞳が蓮を捉える。剣呑な光が一瞬灯って、消える。
「……何だ、蓮君か」
「蓮君はやめてくれ。同い年なんだから」
背の低い蓮を初対面で年下と間違えた名残で、水無月悠は蓮を今でも「蓮君」と呼ぶ。他のクラスメイトを呼んでいるところは聞いたことないが、おそらく水無月悠は、クラスメイトを下の名前で呼ぶことはない。初対面が、蓮の兄の葬儀なので、「霧野」と呼ぶ気もしないのも、わからないではないが、「蓮君」は気恥ずかしい。
「それで、具合は?」
「別に。心配するようなことじゃねえよ。疲れて動けなくなってただけだから」
心底面倒そうに、水無月悠は蓮を見た。
「疲れて動けないのは、きついだろ。送ってく」
「いいって」
平気だ、と示すように立ち上がって、水無月悠は鞄を持って歩きだそうとして、ふらつく。
「ほら、ふらついてる」
連の指摘に小さく舌打ちして、水無月悠は、大人しく蓮に従った。
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