Q&Q



「お前、花宮とタイムループしてんだろ」


 …………。


 


「ケッ、花宮に聞いても無理そうだからお前に聞いたんだが、ちっとも表情を変えねぇなぁ」


 ありえない、というか何か確信がないとそんなことを言えないはず……。神崎は何を知っているの?


「……」

「……」


 静かにこっちを見てる。あたしの表情の、動作の一つ一つを監視してるんだ。


 何か言うべきなのか、それともこのまま無視し続けるのがいいのか分からなくて頭が真っ白だ。



「残念だが、お前は花宮じゃねぇ」


 先に口を開いたのは神崎。話す言葉の一つ一つがナイフのように私に突き刺してくるような感覚。


「花宮がやべーのはなぁ、ただ演技がうまいんじゃねぇんだよ」

「……」

「人間が出す一瞬の表情、緊張している声色、体の動作から目線の動かし方でさえよぉ」

「……」

「だがお前はどうだ? 口をつぐんで、目線は下に向けて、右手を強く握っているなぁ。なんだよ」


 怖い。なんで神崎はそんなことを知りたがるの。


「……なんでタイムループだと思ったの?」

「あぁ? 何でお前に答えなくちゃならねぇ」

「神崎はそういう夢見がちな少年だったってことなんだ。タイムループだなんて考えてたなんてかわいいね」

「煽ってるつもりかぁ? まあいいぜ。現状どっちが有利なのかをはっきりさせてやる」


 あたしの精一杯の返しでさえ、神崎は余裕の表情のままポケットに入っていた携帯の画面を見せつけてくる。


「俺がこいつに連絡を送ったら花宮を気絶させる手筈は整っている」

「……どういう意味」


 ─────


「言わなきゃわからねぇのか? お前は俺に刃向かえるような立場じゃねぇんだよ」


 いや、そうなんだけど。そんなことよりも今、気絶って言った?


「花宮を殺したりしないの?」

「……狂ってんのか? 殺るなんてリスクが高すぎんだろうが。俺はそれを指示するほどクソ野郎じゃねぇ」


 ……だったら、前回の花宮を殺したのは一体誰?


「なんか別のこと考えてんなぁ? 今言った花宮を殺さないかを聞いたのはそういうことかぁ?」

「……別に」

「なるほどなぁ! 花宮は誰かに殺されんのか。合点がいかないことはあるがそれならおおよそ筋が通る」


 神崎は興奮気味に納得してるけど、あたしには何が見えて、何が分かっているのかは分からない。


 ただ、何か勘違いしているうちはあたしに危害を加えることはない気がする。


「で、いつ殺されんだぁ? 花宮の無様な格好はいつ見れんだよ」

「……多分給食の時間くらいかな」

「ケッ、すぐじゃねぇか。仕方ねえ、その時間までに調べねぇとなぁ」


 神崎は手に持った携帯を操作し始める。時には電話をかけたりしていた。その内容は花宮に恨みがある人間探しだった。


 ……神崎、もしかして協力的なの? 花宮に何かしらの執着があるのかもしれない。


「お前も何突っ立ってんだよ。花宮の監視でもしておけよ」

「う、うん。まかしとき」


 まさか神崎から指示が出されるとは思わなくて変な語尾になったけど、今は有効活用しよう。


 花宮を殺した犯人を特定する。今はそれだけを考えてればいい。


 あたしのソレが神崎には気づかれないように。




***




 何やら目線を感じる。一人は隣のクラスの塩谷だ。あいつは確か神崎と仲いい不良グループの一人だった気がする。


 そしてもう一人。それは俺のよく知った俺と同じ状況にいるあいつ。


「……香坂さん」

「なに?」

「何ゆえにこちらをじっと見つめてくるのですか?」

「花宮が神崎に襲われないように」


 屋上の出来事から少しの時間が経ち、何事もなかったかのように教室に戻ってきた香坂は、その時から目をずっと俺に固定している。


「神崎が俺を狙ってるのか?」

「そうそう。だから監視してるわけ」


 向こうに見える塩谷の目線から察するに敵意や威圧ではなく、周りの監視や観察に重きを置いている気がする。


 香坂自身も嘘は言っていないが神崎との話ははぐらかされるので何か裏があるのは確かだ。


「あと、お昼だけど一緒に食べない?」

「こんな状況じゃなかったら喜んで受け入れるんだけどな……」


 香坂に監視されている状況でその提案は素直にイエスを言いづらい。おそらくさっきの神崎に阻まれた話をすると思う。


 香坂と話をしていると前から嫌そうに顔を渋った佐藤君がこちらに振り向く。


「おまえらなー。イチャイチャするのはいいけど給食は自分の席で食べろよー」

「どうしたさと、いや田中。これがイチャイチャに見え─────、給食?」


 ……失念していた。中学の時の昼休みはまず給食だった。今振り返ってみると給食ってすごい文化だな。好きな友達とも食べれるわけではなく、逆に一人で食べられるわけではない給食というのは少し窮屈だろ。


「そう、だよな給食か」

「まあいいじゃん? ちょっと抜け出そうよ」

「でも給食懐かしくない? ちょっと食べてみたい気も……」

「そういうのいいから! 花宮は戻りたくなの? いつまでもこんなとこに居ていいの!?」


 香坂の声が徐々に大きくなって荒げていく。教室の喧騒が徐々に小さくなっていき香坂の声が全体によく響き渡っていく。


「おい、ちょっと落ち着け。悪かった」

「……っ。ご、ごめん」


 深呼吸をして落ち着きを取り戻す香坂。タイムスリップして最初も落ち着きがなかった。屋上で聞こうとはしたが神崎の邪魔によってそれも叶わなかった。色々あってこの状況を受け入れられないのは当然のことだから仕方ないだろう。


「確かに時間かけて話すことは重要だ。給食終わってからでいいか? 時間はそれなりにあると思うし」


 今は三時間目が終わって四時間目に入る前の休み時間。受験間近で生徒たちの間でも緊張感が張り詰めている時間だ。


「……分かった。でもごめんちょっと頭を冷やしてくる」


 香坂はゆっくりと立ち上がって暗い顔をしながら教室から離れていく。その時にはもう塩谷の姿はなく、何も変わりようのない中学の一場面が流れていった。




***




「バカだ、あたし」


 辿りついた、というよりも逃げ込んだのはさっきと同じ屋上。ちなみに屋上は普段は鍵がかかってるんだけど花宮はスペアの鍵を持っている。


「また上着持ってくるの忘れちゃった」


 外の風が当たる頬は割れそうで、体を侵食する冷気はどこまでも蝕んでいく。



「花宮は、戻りたいんだよね……」


 さっきは変なこと言っちゃった。あたしは中学のままでいいとか言っておきながら、花宮が給食の話をしたときに戻りたくないの? なんて言っちゃって。


「花宮は覚えてないんだよね」


 花宮自身は前回殺されたことを覚えていない。理由も分からないけど、タイムスリップが意味わからないことだからそういうことも起きるんだと思う。


「誰が殺したんだろ」


 前回のあたしは普通に中学校を過ごしていた。その時に先生に呼ばれてあたしが受験しなかったことを聞かれた。その後に悲鳴が聞こえて、先生が駆け付けて、あたしが見に行った時にはもう。


「あんなのは見たくないなぁ……」


 ホラー映画は好きだけど、あんなのはベクトルが違う。結局目の前が真っ暗になって、気づいたらまた昇降口にいたんだ。



「ああ、そうだ。あれもびっくりしたな」


 花宮は確か二年の夏あたりから中学に飛ばされたって言ってたけど。



 あたしはなんだよね。



「はぁ、ごめんね花宮。あたしがあの悪魔に─────」


 あの悪魔もここにタイムスリップしてるのかな。だとしたら何か目的があるのかもね。


 何度見ても外の景色は変わってない。本当に戻ってるんだね。


 …………。


 そろそろ戻ろっかな。寒いし。



ピロピロリ~ン──



 制服のポケットから着信の音がする。久しぶりに聞いた携帯の音だけど、今はあんまり見る気になれない。


 ……久しぶりって。


「前回は無かったよね」


 送信元不明。件名は



「……神崎?」


 神崎と連絡先を交換したはずはないよね。というか相手の名前を設定してない時点で、神崎から一方的に送ってきたってことなのかな。


『花宮を殺そうとしたやつが分かった。給食の時間に屋上につながる階段で待ってろ。そこで話す。神崎』


 神崎が犯人を見つけた旨のメール。ほとんど時間が経ってないのにすごいね。あたし一人じゃまずできなかっただろうに。


「花宮は殺させない。あいつを巻き込んだ分、その責任を取らなくちゃいけないから」


 言葉と後悔を残して屋上をあとにした。




***




 香坂が教室を出てから丸二時間。そろそろ四時間目の授業が終わろうかとするときにふと気づいた。


 教室に神崎がいない。もちろん香坂との話の後に一回は戻っては来たのだが、気づけばまたいなくなっている。


 もしかしたら香坂と一緒にいると思われるが、何か良くないことが香坂に起こっていなか心配だ。




キーンコーンカーンコーン

 

 昼休み、それまでの退屈な授業の終わりの時間へと針は駆け抜け、学校を満たす鐘の音は生徒と先生に安息の時間へと針は走り出す。


「なあ花宮」

「何だ」

「大丈夫か?」

「何が?」

「香坂のこと」

「なんで」

「ずっと戻ってきてないじゃん。さっきも大声出してたし」

「お前が心配することじゃない」

「って言ってもよー。受験もしてないし本当に大丈夫なのか?」


 ……受験?


「まあ花宮がいいって言うんなら大丈夫なんだろーな」

「待て、受験ってなんだ?」

「え、いや、受験は受験だろ。香坂のやつ。てか怖い怖い」


 香坂の受験っていえばあの推薦入試のことか。。あいつは陸上のスポーツ推薦で有名な高校に入る予定だった。そしてその実績から先生たちを説得する材料だった、のだが。


 結局受験しなかった。そこまでは覚えているがどうして受験しなかったのかは覚えていない。いや、実際は教えてもらっていないはずだ。


「お前も大丈夫かー? 今日ずっと調子悪そうだけど」

「橋本に心配されるほどじゃない」

「鈴木なんだけど。俺ってそんなに存在感ない?」


 ただ、今は香坂もタイムスリップしている状況だ。今さら受験しなかった理由とかをとやかく聞くのは、あいつにとっては良くないようなことな気がする。


 だけど、


「手洗いか? 早めに行っとけよー」


 席を立って教室を出る。向かうは屋上方面。おそらく香坂のいる場所。


 香坂のことを信用していないわけではないが、今の状況はだいぶ良くない。



 何故ならこのが香坂にある可能性があるからだ。


 まず、タイムスリップしてきたのが俺と香坂の二人だけ。そして俺がタイムスリップと把握する前に、香坂はまず俺にタイムスリップについて訊ねてきた。誰がタイムスリップしているか分からないのにだ。これが怪しい理由一つ目。


 もう一つは香坂の感情にある。香坂の感情は不安や恐怖は多く感じ取れる。これだけなら普通なのだが、ところどころに焦りや警戒の色が見える。警戒はまだしも、焦りというのは不安の中でも現状の把握ができているときに起こりやすい。自分の状況も把握できず、物事が分からない人間にとって焦りは生じない。


 つまり、香坂はこのタイムスリップについて何かしら知っている可能性が高い、ということだ。



「ただ、悪いことをしているわけじゃなさそうなんだよな」


 俺が感情を見るまでもなく香坂はの部類だ。現状に落胆したり、感情が降れることがある以上、香坂は間違いなく被害者なんだ。




 生徒たちは教室に入って給食の準備をしているところだ。


 人の存在感が廊下はいつもよりも冷たく感じる。


 そしてそれが孤独感を刺激して、世界に自分だけしかいないような感覚に苛まれる。



 だからだろうか。



 後ろから近づく足音に気づかないのは。




 ブスリ。



 最初に体の中に響いたのは、何かが張った肉を突き破る擬音。


 次に聞こえたのは肉を分けてものが内臓まで到達する音。



「……かはっ」


 何が起きたか分かった時には呼吸が再開されるが、その気道は自分の血液でまみれていく。


 刺された。誰かに。


 痛みと気持ち悪さがごちゃ混ぜになって、正しい重力の位置でさえ分からなくなる。



 誰が、誰が俺を殺した?



 最後に残った潜在意識が体をひるがえして相手の顔を目で射止めようとする。


 痛みでぼやける視界に映ったのは



 こいつは、もしかして…………。



 という問いに答えが出ることもなく、この世界との接点を断った。




***




 騙されたっ。



 昼の時間になっても神崎は。いや、来ないことはあらかじめ分かったはずなのに。


 わざわざ神崎が昼休みにあたしを呼んだ時点で気づくべきだったっ。


「なんでっ……。ごめん…………。」


 溢れた思いが小さな呟きとなって出てしまうけど、今は足を止めることができない。


「花宮、生きてて!」


 屋上から教室までの道のりを一気に走る。せめてその現場までは見ないといけない。それがあたしの責任だから。



「きゃ、きゃあああーーー!!!」



 階段を下りていく道すがら、女子からの悲鳴が聞こえた。多分、もう間に合わない。


 一層ギアをあげて声の方向に向かうけど、知らずに鈍った足はもう悲鳴を上げてる。



 階段を降り切って廊下の先を見渡すと先生たちが大勢集まってる。現場を見せないようにバリケードを張って誘導を促してるみたいだ。


「花宮っ! はなみやー!」


 大人たちの大きい身体を押し分けて、あってほしくないその亡骸にたどり着いてしまう。



 うつぶせに地面に横たわっている男子生徒は間違いなく花宮真司そのもの。


 後ろから痕。そこから床を湿らす朱い水滴。そこから伝わってくる鉄の匂い、



 だ。



 後ろからの叱る声は既に聞こえず、先生たちの後ろから腕を引っ張られるのと同じように、深い暗闇へと意識が霧散していった。




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付き合っていた彼女にフられたらタイムリープした話(試作版) パーシー @tpurcy

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