止まない雨はないけど、頼むから今止んでほしい。



 ……え?


 ……うそ。



 これも悪魔の力だっていうの……?


 いや、悪魔の力じゃない。だって一度も会ってないし。



 じゃあ一体誰が。



 ………?




***




 。空踊る白い結晶が恋しくなる季節。


「なあ花宮! 副担の白石のアレゲットしたぞ!」


 寒さで鼻と耳を赤くした角刈りの中学生が嬉々として俺に話しかけてくる。



 ……中学生?


「おい花宮ぁー。聞いてんのか?」

「ああ、悪い悪い。んでアレってなんだっけ?」

「アレはアレだよ! お前が怪しいって言ってたじゃんか」


 アレってなんだよ。というかなんで俺は中学生と話してんだ? 俺は今は高校生のはずじゃ……。


「あ、ああちょっと待ってろ。トイレ行ってくる」

「あ? 早くしろよー」


 とにかく整理するための時間が欲しいから教室から出たい。


 辺りを見渡しても高校の制服を着た生徒は一人もいない。というか俺にとっては見慣れた景色が広がっている。


「どうなってるんだ……」


 慣れた場所を進むようにトイレへと向かう道すがら、俺のよく知ったあいつ。高校の時よりも日焼けの少ない肌。少し伸びた髪は走った影響で少し乱れている。


「はぁ、はぁ、花宮! どうなってるの?」


 勢いよく走ってきた香坂は息を切らしたまま、すごい剣幕で俺に訊ねてくる。いや、そんな急がれても俺も知りたいことは山々なんだが。


「まずは落ち着け香坂。しっかりと聞いてやるから」

「花宮! 何でまた戻ってるの!?」


 戻ってる……ってまさか。


「お前もなのか?」

「そう! でもなんでこうなったのか全然わからなくて……」


 まさか香坂も戻っていたのか。だとしたらいったい誰がこんなことを起こしたんだ?


「香坂、お前高校のいつぐらいから戻ったか分かるか?」

「え……?」

「いや、高校のいつぐらいから戻ったのかを聞きたいんだけど…………」


 香坂は俺の質問に対して目を丸くして驚いた表情をあらわにしている。そんなに驚くこともないが、今はこの状況だから仕方ないか。


「俺は大体二年の春から夏にかけてだと思う。お前もそれぐらいか?」


 その言葉を聞いて一層顔を青ざめた香坂は今まで止めていた呼吸を再開し始める。


「……花宮は前に中学の頃に戻ったことはない?」

「そりゃそうだろ。こんな体験なんかしたことねえよ」


 香坂の驚きぶりを見て俺もだんだん落ち着いてきたが、冷静に考えてタイムスリップなんておかしなことが起きているんだ。もしかしたら香坂の反応のほうが普通なのかもしれない。


「他にタイムスリップしたやつがいるかを確認した方がいいかもな」


 今分かった時点で二人。もしかしたら周りにもタイムスリップしてきた生徒がいる可能性は大いにある。だがさっきのクラスを見た感じだとそれほど多くないとは思うが。


「……多分二人だけだと思うよ」


 ボソッと呟く香坂はひどく落ち込んだ顔をしている。やはりそこまで追い詰めることもないと思うが、そこらへんは個人差があるのか。


「そうか? まあ気を落とすなよ。せっかくタイムスリップしたんだし今は楽しもうぜ」


 上手く気を遣えた言葉は出てこないが、同じ境遇の人間がいれば励ましたい気持ちが必然と生まれてくる。香坂がここまで深刻そうな顔をするのも珍しいしな。


「香坂は何かやりたいこととか無いのか? 中学でやり残したこととか」

「……」

「一旦落ち着いたら話し合おうか。それまでは普通に過ごしていようぜ」


 なおも暗い顔をしている香坂から振り返り教室に戻る。後ろを香坂もついてきたようでどこか安心した気持ちになったが、それでもどこか胸につっかかるところがある。


 香坂の最初に見せた気の動転ぶりと今の落ち込んだ姿がいまいち合致しない。



 それに、タイムスリップしてすぐに話しかけてきたのが俺だということにも疑問がある。周りに目もくれずに同じくタイムスリップしてきた俺に話しかけるのは少し違和感が……



「あれ? 花宮ー。お前トイレ行って来て無いのかよー」


 教室の席について前からあの角刈りの頭がこちらを向く。トイレ行ってないのはそうなんだが何故こいつがそんなこと気にするんだ……。


「指示待ちのやつらにトイレにいるって言っちゃったじゃん」

「指示待ち?」

「そー指示待ち」


 指示待ちって……。そうか、中学の時の俺は学校を支配するとか言って色々人を動かしてたっけか。


「あ、ああ。そろそろ指示出さないとだよな」

「そうだぜー。もう詰めの段階だ、とか格好つけてたじゃんか」

「そ、そうだな。昼休みにでも話すか」


 俺ってそんな感じだったのか……。今から振り返ると少し恥ずかしい気もしたりしなかったり。


 そんな感傷はほどほどにしておいてこれからの行動を考えないとな。まず第一としてここは夢じゃない。おそらく現実と何ら変わりないくらいの情報量の多さに加えて、香坂もおおよそ俺と同じ状況にいると考えられる。


 だったら考えないといけないのは一つ、どうやってこの状況から脱するかだ。二人してタイムスリップしたのなら、それは二人の身に何かが起こったということ。つまりは外からの力が加わったに違いない。


 そうなると飛ばした力が人為的なのか、それとも超自然的、つまり現象の一環として起こったものなのかが分からない。どちらにも可能性はあるがどちらも説明がつかないだろう。何せタイムスリップなんてSFのような出来事に説明がつくわけがない。


「おーい花宮ー」


 だとしたら仕組みを理解するのは難しいだろう。ならばこのタイムスリップに意味があるのだと仮定すると、そこには目的やゴールがあるはずだ。まとめると二人がこの中学の場所で何かをすることが目的なのではないだろうか。


「おい花宮、生徒会長が呼んでるぞ」


 ただ中学の俺にやり残したことがあるだろうか。


 ……いや、確かに一つあるか。中学三年間で達成できずに終わったあの目標が。



「考え事はいいですけど、もっと周りに目を配るべきです!」


 ギニッ


 痛い痛い痛いっ! どこからか伸びてきた指で頬をつねられた。痛みで意識が視界に向くとそこにはギラッギラな金髪ギャルが堂々と立っていた。


「おい、何すんだよ」

「人の呼びかけに無視する方が失礼だと思いますっ」


 その後ろには大柄な男子学生が二人。中学生とは思えない風貌にボディーガードを連想させられる。


「というか誰だお前。見覚えあるけど。えっと……」

「……え。昨日の今日で忘れます?」


 すまない、こっちは二年ぶりなんだ。残念だが一つ下の生徒会長の名前なんて覚えていない。


「あれだ。ほら、小売りじゃなくて」


「それは雑貨屋ざっかやです! ……じゃなくて、雑賀さいかです! 雑賀レイナです!」


 思い出した。雑賀とかいて雑賀と読むやつだ。見た目とは裏腹に生徒会長として才を見せている期待の新星だったはずだ。俺はほとんど覚えてなかったが。


「そんなにショックでしたか?」

「は? 何が」

「……なんか怒ってますか?」

「いやそんなことはないけど」


 考えが邪魔されてイライラしてるのが顔に出てたか。中学と時の俺はそれこそ完璧に演技してたから感情のコントロールは徹底してただろうしな。


「それで、香坂さんのことはいいんですか?」

「香坂?」

「さっき話し合っていたでしょう。いいんですか? 香坂さんがアレで」


 必要以上に香坂について触れてくるが、どうしてそこまで香坂を気にしているのか全く分からない。なんだ、香坂のファンかなんかか?


「まあ俺が言ってもどうにもならないしな。そこは本人の問題だろ」


 香坂が落ち込んでいるのはこの状況にある。理解不能のタイムスリップにおいて香坂自身も色々考えていることがあるんだろう。


 そのことをありのまま話しても伝わらないので少しぼかしていったつもりだが、目の前にいる金髪ギャルの生徒会長は納得しない顔だ。


「私は香坂さんが花宮さんを裏切るようなことはしないと思います。だからこそ、その裏の思いが気になります」


 ……なんのことを言っているか分からないがそれなりに真面目なアドバイスをしているのだろう。全くピンとこないけど。



「んでお前は何しに来たの? 心配するなら香坂の元に行けよ」

「行きにくいから花宮さんに話してるんじゃないですか。花宮さんがどう思っているか聞きたかったですし」


 というかあまり雑賀のことは記憶になかったが一つ思い出したことがある。雑賀というやつは卒業式の日に、俺への宣戦布告したらしいな。らしい、というのも俺は卒業式にはいなくて香坂から後から聞いた話だが。


「俺はお前のライバルかなんかなのか?」

「は、はぁっ!? 突然なんですか急に」

「図星か。俺ライバルとか思われてたのかよ」

「い、いやいや誰もそんなこと言ってないですよっ! ライバルじゃなくてただの先輩ですからね! せ・ん・ぱ・い!」


 否定しても、動揺を微塵も隠せていない顔を見れば明らかだ。しかし俺をライバルと思ってるやつはいないと思っていたが、なかなか気概のあるやつがいるものだ。


「もう、ライバルじゃありません。だって私の方がが大きいんで! それではご機嫌用!」


 勢いのまま言葉を残して立ち去っていく現生徒会長。高校に入ってからは話を聞かないがどうだったんだろうか。高校に戻ったら少し気になるところだ。


「あ、もう時間だぞー花宮。もう行かないと遅刻しちまうぞー」


 黒板の端にある教室移動の文字を見て次の時間の準備をする。荷物をもって立ち上がると後ろから袖を引っ張る力が加わる。


「どうした香坂」

「花宮、ちょっと話がしたい。今いい?」

「今っていわれても、もうすぐ授業だろ?」

「関係ないよ。今この状況が異常なんだから」


 落ち着いた態度で、落ちて着いた声で話す香坂を俺は見たことがない。なのでここまでしおらしい香坂の姿はこのタイムスリップよりも異常に見える。


「……分かった。屋上でも行くか」

「うん」


 誰もいなくなった教室に背を向けて二人で静かに屋上へと向かった。




***




「……寒いな。上着でも持ってくればよかった」

「……」


 かれこれ五分ほどこの膠着自体が続いている。冬の傾いた太陽が照らしてくれる屋上でも、太陽から遠い季節の寒さにはほとんど関係がなかった。



「香坂はどう思う? この状況を」


 質問も自然と冷たい言い方になってしまう。俺たち二人は当事者、いやなのに。


「……あたしは」

「……」

「あたしは、このままでもいいんじゃないかって思う」

「このままってのは、中学のままってことか?」

「そう」

「珍しく弱気だな。高校に戻ろうとは思わないのか?」


 俯いたまま話す香坂の声は弱弱しく、何かから逃げだすような物言いをしている。


「思わない。花宮はどう思ってるの?」

「俺は戻りたいと思う。何よりこの状況が不気味だからな」

「そう……」

「でもお前が言いたいことも分からないでもない。何より戻れるかもわからないからな」


 屋上に吹く風は緩やかで枯れた木花は揺らぎを見せず、まるで世界が止まったようにも感じる。


 時間が止まったような静寂の後、香坂はゆっくりと考えを語りだす。


「花宮、ごめん」

「何を?」

「多分、このタイムスリップは─────」


 バンッッッッ……!!


 香坂が伝えたいことは後ろの扉が勢いよく開かれたことにより中断される。


「花宮ぁ~! なんで屋上なんか居るのかな~?」


 俺よりも一回り大きい体格に雑に染めたような汚い茶髪。学校で禁止されている耳のピアスから普段の素行の悪さがよくわかる。


 出てきたのは同じクラスの神崎だ。こいつのことはよく覚えている。俺が中学の時に何かと突っかかって対峙していた不良の問題児だ。どうやら俺のことがとんでもなく嫌いで怒りの感情をいつもぶつけたがっていた。


「お前こそ何でここに?」

「花宮が実験室にいねーから呼びに来たんだよぉ。なぁ香坂ぁ、お前こいつとデキてんのかぁ~?」


 煽るような不格好の笑顔を見せつけてくるチンピラ。というかこいつ授業に出てたのか? 不良なのに普通に偉いな。


「あぁ? 香坂もなんかシケてんなぁ。花宮じゃ満足できなかったのかぁ?」


 神崎は俺の記憶と相も変わらず人をなめたような態度をとっている。昔はそれほど気にしていなかったが、改めて向かい合ってみると嫌な奴だな。


「で、お前こそ何でここに?」

「ケッ、無視かよ。それよりも、香坂がここにいるのはお前の指示なのかぁ?」

「……そうだと言ったら?」

「お前はその程度の人間だったって失望すんなぁ」

「そうか是非とも失望してくれ。お前と関わってる時間がない」


 にやけ顔を崩さずに神崎はポケットから黒い取っ手の銀色の刃がついた物体を取り出す。


「……なんのつもりだ」

「あぁ? 別に何のつもりじゃねえよ。ちょっっっとチクってするかもしれねえけどなぁ」

「……もしかしてこいつが」


 香坂がボソッと漏らすが、それよりも今は神崎に意識を割かざるを得ない。こいつ、こんなに危ないやつだったか? ナイフで武力行使するような奴じゃないはずだが。


 手元でナイフをクルクルして遊んでいる神崎に無駄な説得を仕掛ける。


「そこまで俺に恨みがあるのか? そんな奴だとは思っていなかったが」

「お前に俺の何が分かんだよ。てかお前にそこまで恨みはねえ。お前みたいなやつがうぜーだけなんだよぉ」


 俺に恨みがないんなら、一体何がどうなればナイフを持ち出してくるのか理解に苦しむがそんなことはどうでもいい。今は神崎が俺を殺そうとしているのか、それとも脅かしているだけなのかで対応が変わってくる。


「もういいか? 話はそれくらいにしようか。寒いから早くなか入りたい」

「ああいいぜ」


 いいのかよ随分とあっさりだな。


 神崎の注意を切らさずにその横を通り過ぎようとする。



「だがお前はダメだ香坂ぁ。ここに残れ」


 突然大きな声で香坂を通さないことを言いだす。俺が良くて香坂がダメな理由が分からないし、ここで香坂を一人にするわけにはいかない。


「待て、香坂は関係ないだろ。お前の狙いはなんだ」

「ちげー、お前こそ関係ねーんだよ。最初っから香坂に用があんだよ」


 香坂の方を見ると、心なしか先ほどまでよりも雰囲気が明るい。神崎の狙いは分からない以上、迂闊に一人にするわけにも行かないが。


「大丈夫だよ花宮。あたしは平気」


 一切の不安を感じさせないような香坂の言葉を信じることにする。


「……分かった何かあれば呼べよ」


 俺は二人をおいて屋上の扉に手をかける。神崎の顔は相変わらず不敵な笑みを浮かべ、一切こちらに目をやらずに香坂の方を監視している。


 何か良くないことが起きるという不安と同時に、本来の中学の時では起こりえなかったこの状況に少しの期待を抱きながら、元の教室へと戻っていった。




***




「ケッ、やっと行ったか。心配性なのは相変わらずなのかぁ?」

「……」

「そんでこっちはだんまりかよ。まあいいぜ。意地でも口を開くことになるからなぁ」


 あたしは神崎のことはよく知らない。花宮に文句だとかちょっかい出してたイメージはあるけど大きな揉め事とかは聞いたことがない。


「本題の前に聞いとくけどよ。お前は花宮のことが好きじゃなかったのかぁ?」

「……」

「今のお前からはそんな風に見えねぇんだよな。昨日まではあんなに花宮のことばっか見てたくせによぉ」


 ……うるさい。


 今のあたしは昔のあたしじゃないから。それだけのこと。それだけのことだから。


「で本題だ。お前、花宮に隠してることねぇか?」

「……」

「無視は肯定と捉えるぜぇ。そんでその隠し事は花宮に、いや花宮の関わる重要なことだよなぁ?」

「……」


 こいつ、なんでこんなに鋭いの? それともハッタリ? 花宮がよく使ってたからわかるけどこれは確信がないとここまで踏み込めない話なのに。


「あくまでもお前からは話さないんだなぁ。だったらちゃんと言葉にしてやるよ」

「……っ」



「お前、花宮とタイムループしてんだろ」



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