二章(試作暴走)

独白の時間はいつだって意味深



 最初に感じたのはって泣くことがあるんだってこと。


 次に感じたのはやっぱり花宮には幸せになってほしいってこと。



 ……いやどうだろ。花宮にはどん底にいたほうがあたしは救われるかもね。



 何はともあれ、あんな悪魔と契約しちゃったんだし私は私の役目を全うしないといけない。


 あたしは花宮をタイムスリップさせないとね。中学のあのころまで。




 ……ちなみにこんな物語にするつもりはなかったらしいから許してーだってさ。あたしには関係ない話だけど。




 ん。じゃあ、始めよっか。




***




 一月。空踊る白い結晶が恋しくなる季節。


「なあ花宮! 副担の白石のアレゲットしたぞ!」


 寒さで鼻と耳を赤くした角刈りの中学生が嬉々として俺に話しかけてくる。



 ……中学生?


「おい花宮ぁー。聞いてんのか?」

「ああ、悪い悪い。んでアレってなんだっけ?」

「アレはアレだよ! お前が怪しいって言ってたじゃんか」


 アレってなんだよ。というかなんで俺は中学生と話してんだ? 俺は今は高校生のはずじゃ……。


「あ、ああちょっと待ってろ。トイレ行ってくる」

「あ? 早くしろよー」


 とにかく整理するための時間が欲しいから教室から出たい。


 辺りを見渡しても高校の制服を着た生徒は一人もいない。というか俺にとっては見慣れた景色が広がっている。


「どうなってるんだ……」


 慣れた場所を進むようにトイレへと向かう道すがら、挨拶をかけられるのは俺のよく知ったあいつ。高校の時よりも日焼けの少ない肌。少し伸びた髪は結ばずに肩まで垂れている。


「よっ、花宮。顔色悪いぞー」


 片手をあげて軽い調子で挨拶をする香坂こうさか花梨。おそらく中学の三年間が一緒のクラスだったやつ、のはずだ。


「そうか? お前こそ雰囲気変わってるぞ」


 もちろんこの時代の香坂にとってはごく自然に変化していったのだから、変わったも何もないが率直な俺の思ったことを口にしただけだ。


 口にしただけなのだが、


「そ、そう? ちなみにどの辺が?」


 意外に食いついてきた。あれ、このころから俺に気があるような素振りを見せていたか記憶が曖昧だ。


「そうだな……」


 どう答えるのが正解なのか難しいが、今の俺は中学生の俺のはずだ。あまり恋愛に意識割いていないはずだ。つまり適当なこと言ってこの場を逃れられるはずだ。



「少し太ったな。それじゃ」


 香坂の相手を済ましてトイレへ駆け込む。彼女の横を通り過ぎるときにものすごい形相をしていたが一旦は無視だ無視。


「えーとまずは状況把握か」


 状況把握、なんて言葉に出してみるがその状況が否応なくわかってしまう。


「今俺は中学生。おそらく三年生だろう」


 教室の外にある受験シーズンのポスターから三年生の冬だろうと断定。香坂の容姿からもおそらくは部活引退後の冬だと分かる。


 あとは誰が、どんな目的で俺を中学生に戻ったかということだが……。


「まあ夢だろ。かなり現実味というか、細かい情報量が多いけど」



 夢だったら昔できなかったことをするしかないな。もちろん学校の支配、ではない。


 すでに高校に入ってからはそんなことへの興味もなくなったからな。だとすると恋愛というかラブコメをしたいがこのクラスには宇宙人も未来人も異世界人も超能力者もいない。


 あるするなら香坂か。中学の香坂はあまり記憶にない。正確には受験終わりの香坂の印象が強くてそれ以外は薄れていった。


「昔の香坂か。ちょっと興味あるな」




 手を洗ってトイレから出ると待っていたのは十数人の生徒たち。俺の姿が見えると一斉に俺の方を向いて駆け寄ってくる。


 ……え、なにこれ。


「花宮! これからどうすんだ? 言われた通り塾の秋山に話はつけたぞ!」

「樋口と神田はもう完全に従順だからもう信用してもいいんじゃない?」

「わ、私はまだかかりそうです……。ちょっと体には自信なくて……」

「そんでアレどうすんだー? 早く白石とっちめたいんだけどー」


 次々と俺に相談してくる中学生たち。言っていることに見覚えはあるが細かいことは分からない。というか中学生にしてはところどころ危ないこと言っているけど大丈夫か? あとアレってなんだよ。


「あー、後で話す。昼休みまではその調子で頼む」


 俺が一言かけるだけで周りの生徒らは素直に首を縦に振り、各々の教室へと戻っていく。その影響力を見て中学の時の俺に少し恐怖を覚えてしまう。


「と言っても二年前だからそこまで昔じゃないんだよな」


 もちろんこの二年の間も色々な体験をしたが、それでも完全に忘れ去ったわけではない。それはもちろんこの後に起こることも。



「流石花宮さんですね。私よりもよっぽど統率力がありますよ」


 廊下から歩いてきたのは一人の女子生徒と二人の大柄な男子。その二人を引き連れて高圧的な態度で歩いてくる。


「まあ花宮さんには人の上に立つがないとは思いますけどねっ!」


 着崩した制服にきらきらと派手な小物を装着しているゆるく巻いた金髪ギャル。そして中学の時に何かと俺に突っかかってきた人間は一人しかいない。そう、確か名前は……。



「……えっと、誰だっけ」

「……え。昨日の今日で忘れます?」


 すまない、こっちは二年ぶりなんだ。残念だが一つ下の生徒会長の名前なんて覚えていない。


「あれだ。ほら、小売りじゃなくて」

「それは雑貨屋ざっかやです! ……じゃなくて、雑賀さいかです! 雑賀レイナです!


 思い出した。雑賀とかいて雑賀と読むやつだ。見た目とは裏腹に生徒会長として才を見せている期待の新星だったはずだ。俺はほとんど覚えてなかったが。


「それで、どうなんですか?」

「どうって?」

「もう花宮さんも二か月しかいないんですし、先生たちも徐々に降伏宣言しているのでしょう?」

「らしいな」

「だったらこの後はどうするんですか?」


 この後、か。当時の俺ならまだ油断はできないとかって言ってそうな気がする。なにせそれ以外が目に入っていなかったからな。


「まあのんびりはしないだろうな。もしかしたら恋愛をするかもしれん」

「……花宮さんの口から恋愛という言葉が出るとは思いませんでした」

「じゃあなんて言うと思ったんだ?」

「ヤクザを形成するか、学校の闇を暴く団体を作るのかと」


 俺はそんな風に見えているのか……。ただ中学の時の素行を見ればそういわれるのも理解はできる。納得は出来ないけど。


「俺は別にこの仲間、というか生徒たちで何かしようとは思わない」

「バリバリ学校を牛耳ってるじゃないですか」

「まあそれはそれだ。基本俺は仲間なんて信じないからな」


 まあ中学の時のコレも一人でやろうとしたくらいだしな。こんなについてくる人がいるとは思わなかった。


「……やっぱり人の上に立つような人じゃないですよ。花宮さんは」


 ボソッと呟く金髪ギャル。後ろにボディーガードのような生徒を控えさせているのとその容姿からあまり様になっていないな。


「んでお前は何しに来たんだ? 冷やかし?」

「違いますよ! ただ、香坂さんが学校に来てるのがびっくりしただけで」


 香坂? 別に香坂は不登校でも問題児でもなかったはずだが……。



「だって、香坂さんの今日の推薦入試が学校の先生をまとめ上げる最後のピースなんでしょう?」

「…………」


 ……そうだ。俺が最後まで中学を支配できなかったピースが香坂の受験だった。あいつは陸上のスポーツ推薦で有名な高校に入る予定だった。そしてその実績から先生たちを説得する材料だった、のだが。


「花宮さん?」

「あ、ああ。あれは俺が指示した。考えがあってな」


 その時は結局香坂は受験をしなかった。理由を聞いてもほとんど喋らないでごめんだけを繰り返していたな。もちろん今になってもその真相は分からない。


「ふーん。そうですか。まあいいです。私の要件はそれだけなんで。それではごきげんよう」


 ジト目で俺を怪しみつつもお淑やかに振り返ってきた道を戻っていく。


 見た目は絶対そんなキャラじゃないよなーと去っていく金髪ギャルの背中を見送りながら、今の俺が次にやることを思い浮かべる。と言ってもやることはほとんど変わってはいないのだが。


「さてと、教室に戻るか」


 薄れかけた記憶を思い出して自分の教室へと戻る。誰もいないその教室の黒板の端には教室移動の文字。俺はまたも薄れかけの記憶をたどり教科書をもって急いで授業をする教室へ向かうのだった。




***




 キーンコーンカーンコーン


 昼休み、それまでの退屈な授業の終わりの時間へと針は駆け抜け、学校を満たす鐘の音は生徒と先生に安息の時間へと針は走り出す。



「なあ花宮」

「何だ」

「怒ってんのか?」

「いや? 何でそう思ったんだ?」

「だってずっと香坂見てるじゃん」

「別に受験のことは怒ってないぞ。俺が指示したからな」

「そーなのか。じゃあなんで見てるんだ?」

「……」

「俺バカだからわかんねーけどよ、お前もしかして香坂のこと……」

「お前はバカだから話をするな。口を開けるな。ちなみにそれ真理ついてないから」


 好奇心だとかちょっとそわそわしている雰囲気が存分に伝わってくる。感情を読めなくても分かるくらいにニヤニヤしているアホ顔が目の前に鎮座していた。


「そんなこと言われてもなー。お前の香坂に対する期待は尋常じゃなかっただろ」


 目の前の角刈りの中学生からおかしな言葉が飛び出てくる。確かに香坂にはしていたのは確かだ。だが俺がそんなことを表に出していたとは思えない。なにせ中学の時の俺はしていたんだから。


「そんなことないぞ。お前にももちろん期待しているさ。さと、いや田中君」

「俺は鈴木だけど」


 田中君との簡単な会話を済まして本来の目的を思い出す。香坂の座っていた席に目をやるとすでにその姿はなく、どこか別の場所にいるようだ。


「なあ田中、香坂っていつもどこで食べてるんだ?」

「いや鈴木だけど。お前の中でどうしても田中にしたいのか?」

「すまん佐藤、それで香坂はどこで食べてるか知っているか?」

「……お前寝ぼけてんのか?」

「分かった橋本だろ? 次からは間違えないから」

「いや田中だけど、そうじゃなくて。今は給食の時間だぞ? どこで食べるもないだろ」


 ……失念していた。中学の時の昼休みはまず給食だった。今振り返ってみると給食ってすごい文化だな。好きな友達とも食べれるわけではなく、逆に一人で食べられるわけではない給食というのは少し窮屈だろ。


「そう、だよな給食か」


 つまり今香坂がいないのはどういうことだ? お手洗いか、別に用事があるか。


 いや用事ならある。あいつは推薦入試を蹴って学校に来てるんだ。先生に呼び出しくらいあって当然だろう。今はおそらく職員室にいるかもしれない。


「……ちょっと行ってみるか」


 待っていてもいいのだが教室にとどまるのも退屈に感じていたところだ。久しぶりの職員室にカチコミに行くとしようか。



 職員室は二階にあると思い出しながら教室のドアを開ける。廊下の空気は教室よりも一段と寒く、その気温差で体が震え上がるほどだ。




 ……冬?


 今は冬だ。紛れもなく正真正銘。だが俺がここに来る前はどうだったか?


 ……思い出せない。


 そもそも俺はどのタイミングでタイムスリップしてきたんだ?


 ……思い出せない。



 今まで疑問に思わなかった。いつの間にか夢だと片付けて考えを止めていた。だがこの状況はどうだ。ここまで詳細な肌の感覚が、当時の状況が、まだ夢だと思っているのか?



 ここは、もしかして。



「……くん! あぶ……!」


 ガンッッッッ……


「ぐっ…………!!」



 鈍い音が頭の中を駆けまわる。その衝撃で脳が揺れる。それまでの思考は全て痛覚に変換されて一切の考える隙をも許さない。



 殴られた。いや鈍器を頭に。背後から。誰に? 誰かに。どうして? 分からない。


 不思議と痛覚の残留もなく、残業疲れのアラサーのような泥の眠りへと沈みこむ。



 今分かった。これは、誰でもない、俺自身の…………。




***




 …………これでいいの? こんなのがあの悪魔が望んだことなの?



 違う。これじゃあたしも悪魔も納得できるわけない。



 本当に過去に戻ったのに、こんなのはおかしいよ。




 花宮が死んじゃうなんて、やだよ。




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