本当に最後のループかな?



六月。


「花宮君、別れましょう」


 目を伏して申し訳なさそうに別れの申し出をする元彼女。綺麗な金色の髪は相も変わらず輝いている。


「……どうして、こんな」


 目の前にいるのは正真正銘の千歳愛華。さっきまで見ていた千歳葵の母親となる存在。信じたくはないがやっぱり似ているな。


「どうしたの花宮君。現実が受け入れられないかしら」

「受け入れられんのはあと何回繰り返せばいいんだろうな」

「……?」


 不思議そうに首をかしげる千歳。その普通の仕草を見るだけでも胸が苦しくなる。


「どうしても別れなきゃいけないのか」

「……そうよ。でも花宮君はそんな顔もするとは思わなかったわ」


 まずは落ち着いて、普通に千歳との会話を済ませないといけない。

 こんなことで時間を使うよりは千歳葵の合流を優先しないと。



「今の花宮君に言っても何も聞かなそうね。私は教室に戻るわ」


 千歳は振り返ることもなく廊下を歩いていく。

 なんだか一番最初に演技をしていた俺がバカみたいだ。


「……二階だから下の階か」




***




 周りに誰もいないことを確認して目的の場所に入り込む。


「おい、千歳葵はいるか」

「女子トイレに入るだなんて変態ですね」

「用具入れに入る趣味があるやつに言われたくない」

「それは、確かに」


 用具入れの中に入っていたその元凶は既にとんがり帽子をかぶってはいなかった。


「さて、場所を変えましょうか」

「その前に聞いておきたいことがある」

「何ですか?」


 さっきのループの最後。その言葉がどうしても俺の頭から離れない。


「今までのループの終わりに毎回お前は……」


 死んでる、って。


「……はあ、前回の私はそんなことまで言ったんですね。まあ気持ちは分かりますけど」


 いつしか聞いたような台詞を吐くがその顔はどこか嬉しそうで。俺の目を見たまま伝えてくる。


「花宮さんのタイムリープが終わったタイミングで私は既に用済みです。使い捨ての女なんです。笑ってください」

「過去一笑えねえよ」

「そうですか? 笑ってくれる方がこっちは楽ですよ」


 戸惑うことなく軽口を放つその楽しそうな顔から反射的に目を背けてしまう。


「後悔とかは、無いのかよ」


 こんなこと聞いても意味もないのに思ってしまったことが口からこぼれてしまう。


「後悔ですか?」


 千歳葵は少し考える素振りを見せて再びさっきの笑顔を見せつけてくる。


「私の場合は後悔とはまた違いますよね。生まれながらにしてどうしようもなかったんですから」

「……」

「そんな顔をしないでくださいよ。これは私のわがままで始めたことなんですから。ほら、場所を変えましょうよ。トイレで話すような内容じゃありませんし」


 何事もなく差し出してきたその手に引かれるまま、俺は学校の外へ連れ出された。




 到着したのは前回千歳愛華と話し合った公園。そして、千歳葵の正体を知ったこの場所。


「昔は滑り台もボロボロだったんですね」


 移動中は二人して黙っていたが着いてから先に口を開けたのは千歳葵の方。


「……未来では補修されてるのか?」

「滑り台も、って言いましたよ? このベンチもさっきのトイレもボロボロですよ。ほら座って話をしましょう」


 腰かけたベンチは前回と一緒のベンチ。さすがは親子なのか。


「まずは、前回の私からどこまで聞いたかですね。この少し先、千歳愛華が妊娠して私が生まれることは知っていますよね?」

「ああ」

「では今回最後にやることは聞きましたか?」


 やること、ということはつまり、千歳愛華と……。


「聞いてないみたいですね。多分花宮さんの考えていることとは違いますよ」

「まだ何も言ってないだろ」

「大体わかりますよ。花宮さんは意外と純真なんですね」


 前回も言われたその言葉に言いようのない怒りを覚える。絶対煽って使ってるだろ。


「これから花宮さんがすることは一つだけの簡単なことです。ようは千歳愛華の護衛ですね」

「……護衛?」

「ええ、千歳愛華が襲われるところにヒーローのごとく現れてそれを阻止するだけです」


 それは、確かに簡単なことだがどうにも辻褄が合わない気がする。


「ちょっと待て。前回のお前は言っていたぞ。仮に一回くらい避けたとしても数分後にはまた別のやつが現れるって」

「そこまで伝えてましたか。説明が面倒くさいですね。……まあやっぱり私ということでしょうか」


 一つため息をついて落ち着いた雰囲気で説明をし始める。


「いいですか、難しい話をしますが理解しなくてもいいです。まず私という存在がいる限り、私の誕生となる原因は変えることができない事実です。でも、それは私という未来を知っている人間が今に生きているから起こってしまうことなんです」


 ……つまり、千歳葵の存在が千歳愛華の妊娠を確定させているということか。


「ですので未来を知っている人間を過去を変える瞬間までに消しておかないといけません」


 未来を知っている人間、それに当てはまるのは一人しかいない。


「そんな顔をしても無駄ですよ。今までのタイムリープの末の私も残らず自決しているんですから」

「……お前は何でそんな冷静でいられるんだよ。これから死ぬってどういうことなのか分かってんのか?」

「……分かってなかったら、こんなことをしちゃいけないんですか? 私はどうしても千歳愛華を、を助けたいんです」


 すでに覚悟をきまっているその目は一切の揺ぎを見せない。千歳葵の心はそれほどまでに固まっている。


「ちなみに、花宮さんには私とタイムリープに関する記憶は忘れてもらいますからね」

「俺は未来人でもなんでもないぞ?」

「私から話を聞いた時点でグレーゾーンに入っているんですよ。まあ念には念をってやつです」


 記憶を忘れるって、そんな簡単にできるもんじゃないだろ。そんな技術が近い未来にあるなんて……。でもタイムリープしている時点で何でもありなんだろうが。



「さて、そろそろ時間ですね。所定の場所に向かいましょうか」


 時間を確認した千歳葵が別れ惜しそうに立ち上がる。

 ……あれ、そろそろ時間? まだ

 

「お、おいまて。そろそろ時間って。千歳は放課後に襲われるんじゃないのか?」

「放課後? 違いますよ。千歳愛華はお昼前に学校近くの路地裏で襲われます」


 そう言えば前にも千歳の家に入った時のタイムリープする時間は早まっていた。つまり、これまでの行動のどこかに千歳愛華の考えを変えたということになる。


「……嘘だろ」

「どうしましたか?」

「タイムリープのリミットが早すぎる。いつもは放課後らへんで起きていることなのに」

「そうなんですか? でもやることは変わりません。花宮さんは普通に千歳愛華を助ければいい。それでうまくいきます」


 千歳葵は大して問題に思っていないようだが何かが引っかかる。無視しちゃいけない違和感を伝えてくるような胸騒ぎ。


「……場所に向かいながら考えましょう。どちらにしてもこのループで終わってしまうんですから」


 先ほどまで見せていた楽しそうな顔に少し影が差す。そこから悲しいというより寂しいという感情が伝わってくる。


「……」

「ほら行きましょう。時間は止まってはくれませんから」




***



「答えは出ましたか? ずいぶん考え込んでいましたけど」


 ……全然考えがまとまらなかった。前に千歳の家に行った時のループでは千歳愛華が涙を流していた。それがきっかけで学校の外に出るという可能性があった。しかし今回は特に千歳愛華の感情を揺さぶったわけではないのにどうして。


「ほら花宮さん。もうすぐ千歳愛華が学校から出てきます。後ろからついていきましょう」


 指をさしたのは学校の裏門。その奥の昇降口に上履きのまま飛び出してくる金髪の少女。


「私は離れた場所から見ていますね。千歳愛華が危険になった時に飛び出して助ければいいだけです」


 そう言って悲しそうな顔を隠そうともせずに改まって俺のほうに向き直す。


「花宮さん、あなたにとってはあっという間か、もしくは長い長いタイムリープの果てかは分かりませんが一つ伝えたいことがあります」

「……なんだよ」

「どうかちゃんと生きていてください」

「お前が言えることじゃないだろ」

「それでもです。今までの全私を代表して伝えなければいけませんから」


 今から死ぬやつに、いや何回も死んで来たやつに言われたら何も言い返せないだろ。


「ま、どうせこのことは忘れますから安心してください」


 そんな軽い言葉を言った後に、寂しさを加えながら、


「さようなら花宮さん。ありがとうございました私のわがままに付き合ってくれて」


 今までにない明るい笑顔で最後の別れの挨拶を告げる。

 笑顔を消さないままいつしか被っていたとんがり帽子を手に取って頭の上に深く押し込む。


「じゃあな千歳葵。お前の言うことは全く分からないが千歳は救う。ただの高校生だからな」


 その言葉を聞くと満足そうにうなずいてゆっくりと歩いて立ち去る魔女の姿を後ろから呆然と見つめていた。




「……結局、俺は何かできたわけじゃないんだよな」



 タイムリープした時は確かに驚いたがどこかワクワクした気持ちがあったのは確かだ。だけど、前触れもなく種明かしがされて、裏の事情があって、俺はただ簡単な行動をするだけ。だったらこのタイムリープはなんで俺に……。



「……千歳を追おう」


 今は千歳葵の願望を叶えるために言ったとおりに行動することしかできない。

 本当に助けるかどうかはその後に考えればいい。




 千歳は最初、焦るように走って学校の外を駆けて行ったが、途中から歩きにかわって随分と落ち着いてきた様子。

 今は住宅街から商店街の方へ足を運び、そろそろ狭い路地裏も増えてくるだろう。


「……入った。あそこか」


 遠くからでは何を考えているか分からないが、フラフラとした足取りで路地裏に入ってくる千歳が見えた。俺もすぐ後をつけられるように急がないといけない。


 人通りの少ない平日の商店街を走る。こんなところで人が襲われるなんて普通に暮らしてたら考えもつかないだろう。



「や、やめてっ……」


 千歳が入っていった路地裏から聞こえる聞きなれた少女の声。おそらくその奥に広がっている光景はそういうことなのだろう。



「誰か、誰かーーーーー!!!」



 小さな道が入り組んだ暗闇に見えるのは二つの人間。一人は金髪の制服を着た少女。もう一人は中肉中背で汚い恰好のおっさん。その二人の様子は紛れもなく頭の中にある最悪な構図。


「へっ、無駄だね。こんな場所で助け呼んだってすぐ来るわけが……」

「や、やめっ。……えっ?」


 千歳が俺に気づいて短く声を漏らす。その千歳に気づいたおっさんがこちらに顔を向ける。


「な、なんでこんなとこに人がっっ」


 さっきまでの余裕の顔が驚愕の顔に代わる。そしてすぐさま怒りに任せて赤くする。そしてそのすぐ横には泣きそうな顔をしている少女。


「お、おまえぇぇ!! こっちみるなぁぁ!!」


 唾を吐き散らしながらこちらに突進してくるおっさん。それを前に俺は覚悟を決めるしかない。本当は迷う必要もないのに。



 おっさんは勢いを止めずに俺のほうに近づいてくる。受け止めるのには勢いがつきすぎていて、避けるには道が狭すぎる。


 俺は相手の顔の位置まで左手を持ち上げてピースの形を作る。いわゆる目潰しの指だ。


 おっさんは焦って俺の手を掴もうとするがそれが狙い。おっさんの伸ばした手首を右手で掴み一気に右側に引っ張る。


「ぐっふがぁあ」


 おっさんは勢いを殺しきれずに右側の壁に顔から突っ込んだ。悪いな、もう少し軽い力で引っ張る予定だったが思いのほか力が入ってしまった。


 そのまま壁に突っ込んで顔を強打したおっさんは地面にうなだれて再び起き上がる様子はなかった。



 ……これで助けたのか? なんというか、いつだって終わるときは呆気ない。


 そんな薄い感想の後、後ろの方から何か物音がした。おそらくは事の顛末を見ていた彼女だろう。振り向くとそこには光り輝く杖だけが壁から生えていた。



『ありがとうございます。じゃあ、もしどこかで会えるときまで、また』



 そんな声にもならない想いを感じ取った瞬間、直立していた足に力が入らなくなる。体を動かす筋肉は弛緩して意識も薄れていく。


 そっか、記憶を失うんだったけな。最後になんか言葉を残しとけばよかった。


 なんて意味もないパッとしない感傷に浸りながら俺の意識の紐はぷつりと途切れていった。








 六月。


「花宮君、大丈夫?」


 暗闇から起き上がった意識は未だ朦朧としている。俺は貧血もちじゃないんだけどな。


「あ、ああ。ところでここは……?」


 見渡すとコンクリートの壁が両側にそびえたっている小さな道にいるようだ。


「大丈夫? なんでここにいるか分からない?」


 心配、というよりも興味のような表情をする千歳の顔が目の前にあった。その体勢はいわゆる寝ている俺を見下ろす角度。それにしては膝が何やら柔らかい感触が……。


「花宮君、記憶がないの? どうして私とここにいるか分からない?」


 投げかける言葉が頭の感触に吸われるように頭から抜け落ちる。これはそう、膝枕と言われるやつではないか?



「よく、思い出せない。朝はお前から話があるって……」


 取りあえず冷静を取り繕う。この感触は付き合っている頃には体験できなかったからな。


 おそらくは別れ話を切り出す予感がしていたんだが、今の状況がどういうことなのかはさっぱりだ。


「ううん、もういいの」


 何も情報が増えない中分かることだけだが一つ。それは目の前の少女が涙を流していること。そしてその感情は全部俺に向いていること。


「お、おい、千歳。なんでお前泣いてるんだよ」

「……」


 何も答えずに静かに顔を歪ましている。初めて見る千歳の涙の感情は読み取れなかった。


「取りあえず明るい所に出よう。話はあとで聞くからさ」


 名残惜しい後頭部の感触に別れを告げて体を起こす。周りを見渡すとどうやら商店街の路地裏のような場所だった。


「というか俺は何でこんな場所に……って、ん?」


 立ち上がって足元を確認する様に目線を下げたところにあるのは人間くらいの大きな影。布同士の隙間から人の肌のようなものが覗いている。


「……人間だよな。おい千歳、ここは一体───」



 ガンッッッッ……



 後頭部に鈍く強い衝撃。それが分かったころには時すでに遅し。かすかな意識が相手の認識するために体をひるがえす。


 そこにいたのは紛れもない、あるいは当然のことながらいた人間。



 ……どうしてが、ビール瓶なんか、持って。



「ありがとうね、花宮君。もう少しだから待っててね」



 ぽつりとこぼしたその呟きには、今まで聞いたどの言葉よりも優しく、そして孤独な感情が灯っていた。









 六月。


「花宮君、別れましょう」


 目を伏して申し訳なさそうに別れの申し出をする元彼女。綺麗な金色の髪は相も変わらず輝いている。


「……は?」



 



 一章完。

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