窮地逆境ピンチどん底の夢の中
「……なんて?」
「千歳愛華が妊娠してしまいます」
「よくもまあそんな残酷なことを二回も言えたな」
「花宮さんが聞き返したからじゃないですか……」
なんて軽い口で会話は続けるが、正直この魔女が言っている意味が理解できない。しかも妊娠って……。妙に生々しくてあんまり信じたくない。
「妊娠するってどういうことだ。なんでわかるんだよ」
「そうですね、ここまで花宮さんがどんなタイムリープをしてきたか分かりませんが教えるとしましょう」
魔女は一つ息をついて事の詳細を話し始める。
「まず、このタイムリープは見て分かる通り私が起こしています」
「そうだな」
「そして、タイムリープを起こす条件は二つあります。一つ目、というかこれが主な条件ですけど、千歳愛華が不特定の人間と肉体関係を持ってしまうことです」
肉体関係って、つまりは魔女が言った通り妊娠が起こるきっかけ、ということか?
「……つまり、今までタイムリープするときには毎回千歳は」
「はい。花宮さんが見てきた千歳愛華は類に漏れず強姦されていることでしょう」
魔女はなおも淡々と説明を続ける。
「花宮さんが選ばれたのはこの事実をすり替えるためです。そして、最悪の状況でも過去を変えられえる唯一の人だからです」
「おい、まて。話が全く伝わってこない」
「過去の私はあんまり教えてないんですか。しょうがないですね。まずは私のことから話しますか」
深くため息をついて呆れた様子の魔女はかぶっているとんがり帽子を手に取る。
「初めまして、なんて言葉は私からしたら心苦しいんですけどね」
ゆっくりとした動作で魔女はその帽子を外す。帽子に収められた金髪の髪が外に広がり、どこか幼さの残るその顔は、俺のよく知っているあいつに……。
「こんにちは。私は千歳葵。千歳愛華の娘です」
千歳の、娘。それがどういうことを示しているのかを薄々気づき始めたが、まだ信じられない、信じたくない俺がいる。
「その反応、17年後と一緒ですよ。……それはともかく、私は未来からやってきた未来人というわけです」
「……つまり、タイムマシンかなんかでここまで来たのか?」
「違いますよのび太君。こことそこまで技術は変わりません。この世界には魔法みたいな力があった、それだけのことです」
魔女の返す言葉は意外にも軽く、会話を楽しむかのような表情が見て取れた。
「魔法って、そんなもので説明がつくわけないだろ」
「そうですか? 花宮さんの感情を読む能力だって私からすれば十分魔法だと思いますけどね」
「それとこれは話が違うだろ」
「とにかく、信じてもらわなければ話が進めません。花宮さんはタイムリープを経験しているでしょう。それの派生だと思って納得してくださいよ」
確かに魔法なんて言われても信じたりはしないが、俺自身がその魔法に巻き込まれているのだから黙ってうなづくしか行動がとれない。
魔女は腰の方から取り出した例の杖を出してクルクルしてバトンのように扱っている。
「続けますね。私は未来から来ました。それは私、千歳葵の存在を変えるためです」
「……存在を変える?」
「聞いたことありませんか? 歴史は変えられないですが、その過程の一部分なら変えられる、という話を」
「何だ? それは」
「簡単に言うと、未来からして私の存在は確定なんです。もし今、千歳愛華の妊娠を避けたとしても、多分数分後には別の人間が彼女を強姦するでしょう」
「……」
「確かに千歳愛華の妊娠は最悪の出来事です。そして私という千歳葵が生まれるのも確定事項。ですがその過程、つまり彼女を妊娠させる相手は変えることができるです」
「……まさか」
このタイムリープで最初に言った言葉、千歳愛華と別れてはいけないっていう意味は。
「ええ、千歳愛華を妊娠させるのはあなたにしたいと思ってます。花宮さん」
……
「本気で言っているのか?」
「嘘をついて楽しむ余裕なんて私にはありません」
「さっきまで楽しそうだっただろ」
顔色や声色を見る限りは嘘をついているようには見えない。だけど、話が重すぎてこれが現実だと思えない。思いたくない。
「いきなり言われても困りますよね。私も、この話をしたくありませんでした」
「……」
「ですが、その作戦も失敗しましたから、花宮さんは特に気負わなくていいです」
失敗って、今からでも可能性はある、はずだけど……。
「おっと、もうこんな時間ですね。そろそろタイムリープさせないといけない時間です」
「もしかして、今千歳は」
「そういうことです。誰とも分からない男どもとそういうことをしていますね」
さっきまで一緒にいた千歳がそんな目に遭うなんて、実感が湧かないしなんか気持ち悪い。
「その顔を見ると花宮さんは意外と純真なんですね」
「普通の男子高校生はこんなもんだろ……」
確かに現実にはそういうことが起こるのは数えきれないことだろうけど、俺の知っている人間が関わってくるとなると、それは違う。
「まあ大丈夫です。いいですか花宮さん。タイムリープしたら別棟の二階女子トイレの用具入れに向かってください。そこに私がいます」
魔女、いや千歳葵は手に持っていた杖を俺の方に向ける。何度目かのタイムリープの光がその先端に灯る。
「この後はどうするって言うんだよ」
「それはあっちの私に聞いてください。本当はもっと話したかったですけど、これ以上引き延ばしたら取り返しがつかないので」
また、俺の身体がその光に包まれる。いつにもまして慣れない体の虚脱感が俺の意識をまだとどまらせている。
「最後に、一つだけ聞いていいか?」
「ええ、なんでも」
「今のお前は、この後どうするんだ?」
その質問を聞いた千歳葵は顔を朗らかな笑顔に変えて答えた。
「このまま、死ぬだけです」
その涙が地面に落ちる間もなく、俺の最後のタイムリープが始まった。
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