それはきっと、でぃすてにーで、またにてぃー。



 六月。


「花宮君、別れましょう」


 目を伏して申し訳なさそうに別れの申し出をする元彼女。綺麗な金色の髪は相も変わらず輝いている。


「……今から誘拐していいか?」


 顔を上げて申し訳ありそうに誘拐の申し出をする元彼氏。腐った黒色の眼は相も変わらずくすんでいる。



「……え? 話、聞いてるの?」

「いや、別れたいんだろ? じゃあ別れるのは終わった話として、俺が今から千歳を誘拐していいか? って話」


 もちろん俺自身何言っているのか分からない。ただ、前回の魔女の情報で千歳を一人にしちゃいけないことは分かった。


 ループ直前に魔女が言った言葉は正直意味が分からないが、魔女はことだけ頭に入れればいいだろう。深く考えても答えが出るとは思えない。


「…そんな簡単に別れちゃうんだ。花宮君は私のことは好きじゃなかったのね」

「面倒くさい女だな。お前別れたいのか別れたくないのかはっきりしろよ」

「め、面倒くさいって……。心外ね。今の花宮君のほうが面倒くさいわ。なに開き直ってるのよ」

「千歳が面倒くさいことしてるから開き直ってるんだろ。お前の本当の狙いを言えよ」


 先ほどから千歳は動揺しかしていないため話がまとまらない。だが千歳が失踪することを防ぐのが第一優先だ。


「狙いっていわれても、私はただ花宮君と別れたいってだけよ! それよりも花宮君の誘拐宣言のほうが意味わからない」

「いや本当に俺もそう思うわ。いきなりすぎて言う言葉が見つからなかったんだよ」

「別れそうになると花宮君は誘拐しようとする人間だったのね…」


 いや、タイムリープ直後でって意味なんだけど説明しても意味がないか。俺が誘拐気質の変人認定されそうだがこの際どうだっていい。


「とにかく、お前は俺の目の届く範囲にいるべきだ。迷子になるんじゃないぞ」

「私は遊園地に遊びに来た小学生じゃない。花宮君が父親となって見守られるのは虫唾が走るわ」

「お前そういうところ乗ってくるかよ。知らなかった」

「花宮君もボケるのね。初めて知ったわ……」


 今までは演技しながら話してたからな。千歳に好かれるような話し方を、ってそんなことを和んで話してる暇はない。


「で、お前はどうするんだ? これからどこか失踪する用事がなければ大人しく学校の中に居ろ」

「……なんでそんなことを花宮君に言われなきゃいけないのよ。私はこのまま授業を受けるに決まってるじゃない」

「学校に居ろよ? 絶対に居ろよ? フリじゃないからな」

「花宮君こそ私に振られて学校に居場所がなくなって逃げ出さないことね」


 優しい俺の心からの忠告を、対する千歳は腕を組みながら偉そうに返してくる。ここまで余裕があるなら自分から失踪をすることはないだろう。……だったら。


「はいはい分かった。じゃあ放課後は帰らずに待ってろよ。それじゃっ」

「えっ……」


 あとは外的要因の考慮だけだ。千歳が連れ去られないようにすればいい。まずは生徒会長の周防に相談するか。


 四回目となる千歳との別れは俺がこの場を去る形で終わった。ただ一人、寂しそうな顔をした千歳を置いて。




***




「あ、あの花宮先輩が振られたのって、……なんかすごい生き生きとしてますね、先輩」

「そっかこの道は椎名が……」


 千歳から立ち去った先に出待ちしていたのは椎名しいな沙織さおり。前回は綺麗に回避するルートを辿ったが、今回はそれに気づく余裕がなかった。


「……悪い、今ちょっと急いでて。後にしてくれな」

「ダメですっ。先輩が問題を抱えているなら、私も手伝います!」


 キラキラした眼差しをこちらに向けてくる可愛い後輩。ありがたいことなんだが今は椎名の手が借りたいわけではない。だけど邪険にするのもそれはそれで心が痛む。


「あー、じゃあ聞きたいことがあるんだけど」

「何でも聞いてくださいっ」

「この辺で不審者が出たとか知らない?」


 椎名は少し考える素振りを見せた後に答える。


「一人いますね」

「どんな奴だ?」

「普段はツンツンしているくせに私が辛い時にはちゃんと相談乗ってくれる人ですかね」

「……それ不審者じゃないじゃん」

「ちなみにその人は鈍感すぎて私が何をやってもなびかないような人です!」


 ……いや、うん。俺のことなんだろうけど。ちょっとタイミングが悪すぎた。


「へ、へぇ。なるほどね。うん、それは迷惑な奴だな」

「そう思いますよねっ! まったくいつになったら気づいてくれるんでしょうね!!」


 ソウダネーワカルヨーと椎名の言葉を打ち返す機械になりながらも頭の中では別のことを考える。

 椎名だけの情報だが、もし不審者がいないとなれば千歳が失踪理由は見当たらないように思える。だとすると千歳の身に起こるタイムリープの条件とはいったい……?



「あ、もう時間ですね。教室移動があるのでこの辺にしときますね。じゃあまた、先輩!」


 いつ見ても変わらない笑顔で挨拶をしてくる。椎名はタイムリープに関係していないが、どんな俺でも元気に接してくるのはすごいことだと思う。俺だってずっと演技することはできないからな。

 椎名の気持ちを返すのは千歳と別れてから、なんて考えてたけど。


「……タイムリープが終わったら、かな」


 今は目の前のタイムリープに集中しないといけない。この回ですべてがうまくいくとも思えないし、新たな問題が出てくる可能性だってゼロじゃない。希望を持つのはまだ早い。


「次の休み時間には生徒会長のところに行かないとな」




***




「花宮か。どうした」

「ちょっと世間話をしようと思いましてね」

「そんな柄じゃないだろう。お前は仮面にマスクとサングラスをつけてるような人間だからな」

「ちょっと辛辣過ぎません?」


 周防凛。千歳や香坂と比べて、知り合ってからの期間は圧倒的に短いが、俺のことを性格的な面でよく理解してる先輩だ。


「それで、聞きたいことがあるんじゃないのか?」


 周防は前回と違う雰囲気だが、おそらく俺が千歳と別れたことをまだ知らないのだろう。俺に対する哀れだとか同情の感情が伝わってこない。


「ここ最近、この辺りで誘拐事件とか、殺人事件とかありませんでしたか?」

「それを何故私に聞くのか分からないが、質問に答えるだけならばそういったことはない、とだけ言っておこう」

「なるほど……」


 ……そうなるとタイムリープが起きる条件はかなり絞られてくる。よくある話なら交通事故やら通り魔やらなどの突発の事件なんだが、うまく言えないけどそんな簡単な話じゃない気がする。


「それで、そんなことを聞いて何がしたいんだ? 無駄なことを聞くような花宮じゃないだろう」

「いえいえ、最近ボランティアの精神が芽生えたのでパトロールにでも行こうかと」

「なら明日は小学校から不審者情報が殺到するだろうな」

「俺をロリコン認定しないでください……」

「冗談だが気にはした方がいいぞ」


 俺が思惑をはぐらかしているのが伝わってしまったか。途中から俺への興味が薄れていったのがよくわかる。今までなら周防の気を引くようなことを言っていたが、今はそんな状況にない。


「では俺はこれで失礼しますね」

「……まあいいだろう。問題が解決したらぜひとも聞かせてもらいたい」

「やっぱり生徒会長はエスパーか何かですか?」

「花宮の性格を鑑みればこれくらいわかる。お前だって感情を読み取るだろう」


 まあ、俺も感情を見抜くことに関しては誰にも引けを取らないし、周防のやつは俺のソレと感覚が似てるんだろう。


「それと、事件はどんな時間、どんな場所でも起こりうることだ。花宮は思考に穴ができやすいから注意深くいたほうがいい。アドバイスするならこれぐらいだろう」


 ……やっぱり生徒会長はエスパーか何かですか? という二回目の質問は心の中にしまっておく。しかもなんとなくそのアドバイスも役に立ちそうな雰囲気だしてるし。


「ありがとうございます。それでは」


 終始腕を組んでいたをあとにして、教室へと戻る。


 


***




 キーンコーンカーンコーン


 運命の放課後のチャイムが鳴る。六時間目まで千歳はしっかりと授業を受けていたのは確認したので、失踪するとなったらこの放課後以降となる。つまり、ここから俺が千歳と一緒についていけば事件の一端を見つけられるかもしれない。


 というわけで


「千歳ちゃーん。一緒に帰ろー」

「「………」」


 あれ、千歳の冷たい反応は予想していたけど、周りのやつらの目もやまんばの包丁レベルで鋭いなあ。


「……花宮君、私たちは別れたのよ? 分かってないでしょ」

「分かってますけど? 俺は千歳に国語で負けたことないと思うけど? 千歳ちゃんこそ分かってないでしょ」

「なんでそっちが逆ギレするのよ……」


 千歳は不満が前面に出ているが俺との会話を止めようとはしない。


 …ループの最初でもそうだったけど、千歳を前にするとテンション感がおかしくなる。いや、なんか千歳の部屋に侵入してからさ、どう接すればいいのか分からなくなってしまいましてね。


「いや、千歳が嫌いなのは演技してる俺じゃん? だからいっそ素でいこうと思いまして」


 前回のループで見つけた千歳の日記には俺の演技がバレていることが書かれていた。つまり、千歳に演技で近づくのは得策ではない。

 なので演技抜きの俺で千歳に接近すれば、一緒に帰れるのではないか。我ながらいい作戦だと思う。


「素でそのテンションだったら流石に引くわ」

「ごもっともですねはい」


 作戦失敗だわ。誰だこんな作戦考えたの。


「……というか、演技って認めるのね。一体何がしたかったの?」

「それを聞いてどうするんだ? 誰だって演技はしてるし誰でも嘘をついてるじゃん。もちろんお前だってある程度のはついてるだろ?」

「それとこれは別よ。私は花宮君に騙されたから聞いているのよ。立場が対等じゃないの」


 ……言われてみれば確かに。論破するつもりが論破されてしまった。

 話が流れて微妙な空気も流れてきたのでここはひとつ話題転換。


「……それで千歳はもう帰宅か?」

「……露骨に逸らすのね、まあいいけど。私は帰るところ。釘を刺しておくけど、後ろをついてこないでね」


 釘を刺すというか先に千歳ちゃん帰ろーを言ったのは俺なんだけどな。ただこの反応も想像の範囲内だ。ここは簡単に引くわけにはいかない。


「後ろじゃなくて隣だったらいいのか?」

「普通に考えていいわけないでしょ」

「じゃあ先歩くか。カーナビになってやるよ」

「バカなこと言わないで」


 精一杯粘ったがかえって逆効果だったか。いや、何と言われてもついていくから変わりないんだけどさ。


「今日だけでいい。金輪際お前と会わなくてもいい。だけど今日だけは一緒に帰ってくれないか?」


 誇張も矮小もない本心からの言葉。それは今後の発展だとか、期待だとかは一切ない純粋な俺の気持ちだ。というかマジで会わなくていい。これでループ終わりにしたい。


「その顔はずるい……。なんで今になってなの?」


 なかなかの好感触のようです。ただ今になって、という質問には答えられない。


「それは答えられない。ただこれは今しかないことだからこうやって頼んでるんだ」

「……そう」


 短い言葉を漏らす千歳。俯きながら何かを考え込んでいる。千歳は長い沈黙の後にゆっくりと口を開く。


「分かった、今日だけね。その代わりに色々聞かせてもらうから」


 決心のついた千歳は俺の提案に了承してくれる。断られるかもという不安も頭によぎったが、何はともあれこれで第一関門はクリアだ。


 だが、本当の問題はここからだ。




 ***




「……お前、ここって」


 俺と千歳が足を運んだ場所は、帰り道からは程遠く駅の近くにある小さい公園だった。


「ええ、花宮君が告白してくれたところよ」


 大体去年の10月くらいのこと。夏休みが過ぎて生徒たちが落ち着いてきた時期に俺は千歳に告白した。その時は千歳の感情もある程度分かってきたから、千歳を揺さぶる目的で告白したんだっけ。結局その時の告白はうやむやになって流れたはずだ。


「なんでここなんだ?」


 ここは千歳からすれば俺の告白を断った場所なはずだが。ってあれ? 千歳は告白を断った、んだよな……。


「花宮君はあの時から演技してた?」

「あ、ああ。否定はしない」


 隣に座っている千歳は一つ一つ確かめるように、俺への質問を続ける。


「花宮君は中学の時からそうだったのよね」

「そうだな。香坂から聞いたのか?」

「ええ、花梨ちゃんは同じクラスだったからたまたま花宮君の話を聞いたのよ」


 日記にも確かにそんなことが書いてあった。香坂には俺のことを口止めしてはいないがまさか千歳に話すとは思わなかった。

 そんな俺の思考は置いてかれて、千歳は質問を続ける。


「花宮君はなんで演技をしているの?」

「さっきから言っているが千歳には答えられない」

「そうじゃなくて、その演技は生まれつきなの?」

「ああ、そういうことか。生まれつき、というか物心ついた時からそんなことはしてるな」


 ここまで来て話すことがそんなことなのか。なんというか、ただの身の上話にしか思えないが。千歳はだいぶ落ち着いていて緊張している素振りもない。


「そう、それだけ聞ければ十分だわ。それじゃあ帰りましょう」

「それだけ、って本当にそれだけなのか?」

「それだけ聞ければ十分だわ。帰りましょうか」


 意味が分からない。千歳が何を考えているのかは分からないが、早く家に帰ってくれるなら一刻も早く帰っていただきたい。


「…分かったそれじゃあ帰るか」

「ええ、それとごめんなさい。ちょっと駅まで行っていいかしら。お手洗いに行ってくるわ。花宮君は待ってて」


 スッと立ち上がった千歳は駅の方角に歩き始める。千歳の顔はなんだか陰りが見えたが、そこまでマイナスの感情も読み取れない。


「もしかしたら、駅の方角に何かあるのか?」



 今の時点では千歳に起こる事件の前兆は感じられない。ただ、周防生徒会長も言っていた通り、事件はいつでもどこでも起こる可能性がある。ただ待っているだけでは、見落とす可能性は十分にある。



 ここは俺も駅に向かうか、と腰を持ち上げたその時。




「こんにちは花宮さん。初めまして、ではないかもですね」




 俺の椅子の後ろ側から、聞きなれた、聞きなれたくない女子の声が聞こえた。



「……ふざけるなよ」


 このが現れたということはタイムリープの時間が迫っているということだ。だったら、今この瞬間に千歳を助け出さないといけないはずだ。


「ダメです花宮さん。千歳さんの方に


 魔女は杖を俺に向けながら動きを止めてようとする。俺はすでに立ち上がっていて、今から走れば千歳に追いつくことができるだろう。


「なんでだ。千歳を助けるのがループの条件だろうが」

「それは教えることができません。ですが、今は最悪のタイミングなんです」


 静かに忠告を続ける魔女。落ち着いた雰囲気の魔女は、今までの魔女よりも数段迫力があった。



「そもそも、私が最初に言った願いを覚えていますか?」


 魔女が最初に言った願い? ……それは


「千歳さんと花宮さんの仲を戻すことです」


 ……そういえば確かにそうだった。この魔女は俺と千歳を復縁させようとしてタイムリープしたはずだ。そのことは頭から抜け落ちていた。


「だけど、タイムリープを繰り返すのは千歳の身に何かあるからなんだろ? そうでなかったらタイムリープする意味がない」


 ここまで考えてきたタイムリープの考察。全て正解といかなくてもある程度は確信を持っている。


「……ここまで花宮さんがたどりついたのなら明かしてもいいでしょう。その通りです。このタイムリープは千歳さんの身に起きる事件を防ぐため、と言っても過言ではありません」


 含みを持たせた言い方をする魔女。だが、それでも俺の考えに肯定をしているわけで。


「だったら、ここから千歳の元に向かったっていいだろ?」

「ダメなんです。……なるほど、 では明かさないといけませんね。このタイムリープの条件を」


 一つ深呼吸をして魔女はそのまま言葉を紡ぐ。



「よく聞いてください花宮さん。千歳さんに起きる事件というのは」




「このままだと千歳さんが妊娠してしまうんです」





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