ミルクティーとロイヤルミルクティーくらいの違い
六月。
「花宮君、別れましょう」
目を伏して申し訳なさそうに別れの申し出をする元彼女。綺麗な金色の髪は相も変わらず輝いている。
「………」
「花宮君、聞いてるの?」
三回目。繰り返す千歳からの振られるループがまた始まった。無意識に激しくなる呼吸を抑えて、ふぅ、と深呼吸をして心を落ち着かせる。
「さてと、どうすっかな」
ループする直前に聞いた香坂の声を思い出す。
『……だれか! トセちゃんがどこにいるかっ……』
これを聞いてしまった以上、千歳と復縁するよりもこっちの事件ほうが重要だ。
そうなるとこれからの方針は、香坂が千歳を探している理由、千歳が失踪している理由を探らないといけない。
「ねえ。無視してるの? 私、花宮君と別れたいって言ってるんだけど」
「勝手にしろよ。というかさっさと行ってくれ」
まず先に手を付けられるのは香坂の方だろうか。香坂の予定に千歳に関わることがあるのか、それとも突発的に千歳を探さないといけない事情があるのか。
「な、なんでそんなこと言うの? もっとなんか、反応とか……」
千歳はなぜか暗い顔をさせている。千歳の失踪はもう少し後になってからじゃないと分からなそうだ。
「俺と別れたいんだろ? ならこっちも同じ気持ちだ。以上、この話は終わりだ」
これ以上話しても意味がないのでそうそうに話を切り上げる。これで取りあえず厄介払いは……。
「…やっぱり、花宮君は私のことが好きじゃなかったのね」
…ちょっと待った。今、千歳はなんて言った。
「い、いやちょっと待て。そんなことは……」
ない、って言いきればいい。いつも通り彼女を騙して甘い言葉を吐けばいい。なのに、だというのにその一言が口から出ない。
「……というか、やっぱりってなんだよ。俺たちの今までが嘘だったって言いたいのか?」
「そんなことはないわ。そんなこと、ないけど。花宮君は、なぜか信用できなかっただけなのよ」
今までの演技がバレてたのか? なんだよそれ。今になってそんなことを言ったって……。あれ?
「……なんで今のタイミングなんだよ」
今の千歳の言葉は前回のループにはなかった言葉のはずだ。そんなことを言ったってことは今までの行動が千歳の考えを変えさせたってことになる。
「あんまり言いたくない。自分で考えてみたら」
渋る千歳はすでに俺に背を向けていた。
「ごめんなさい花宮君。私じゃ、花宮君を、─────」
最後に発した言葉は俺の耳には届かない。
綺麗な金髪を靡かせて、歩く姿は堂々と。俺の眼にしか映っていない千歳はそれでも美少女のままだ。
だが、千歳の立ち去る姿を呆然と見ていたら、彼女の頬には小さな雫がつたっていた。
***
「……千歳って泣くことあるのか。初めて見たな」
千歳の姿が見えなくなった後、ただ突っ立ってるのも時間の無駄なので、やるべきことを頭に浮かべて行動を開始する。
今回は椎名と話している暇はないので、彼女が来る方向から逃げるように迂回して香坂のいる教室に向かおう。
「そういえば、さっきの千歳の感情が読み取れなかったな」
普通、人間における涙というのは感情が昂った時に発露する現象だ。だとするならば俺が感情を読み取れないはずはないというのに。
「あれ、花宮じゃん。うちのクラスになんか用?」
考え事をしていたら目的の場所から目的の人物が出てきた。
「いや、香坂に用があってきた。突然なんだが」
「あ、ちょっと向こう行こ? ここじゃ目立つし」
香坂は俺の背中を押しながら廊下の端まで追いやる。別に教室の前でも俺はかまわないんだが。
「なんか用?」
香坂は手をもじもじさせながら俺の言葉を待っている。何か俺に期待しているようだが、その内容が何なのかは俺に知りえない。
「いや、ちょっと聞きたいことがあっただけなんだが」
「うんうん」
「今日、放課後何か用事あるか?」
「……え? そ、それはどういう」
「いや、誰かと会う用事だとか、何かやるべき仕事とかあるか?」
「な、ないよ。全然ない」
…あれ。今思ったけど、このセリフだと俺が香坂を遊びに誘ってるように見えるな。よし、面白そうだしもうちょっとこのままにしとくか。
「そうか、どこか行きたい場所とかあるか?」
「ええ!? えっと……、駅前のカフェとかどう?」
「あーあそこか。あそこのコーヒーすげえ美味いよな」
そう言えばタイムリープするのなら、もうちょっと自由に生きてもいいよなーなんて思ったり。さっきまではあまり余裕がなかったけど、千歳と別れることを覆せない以上はループが確定してしまってるわけで。
「そうか、ありがとな。んじゃまた」
「あ、あれ? それだけ? ま、またね……」
いつになく動揺している香坂に心の中でごめんと謝りながら、俺は外に出るために玄関へと足を運ぶ。
「ま、本当はどっか旅行に行っても悪くはないんだけどな」
これから向かうのはカフェでも、遊びでもない。
そもそもこのタイムリープの利点は情報を持ち越せること。だとするならば千歳と復縁するためにできることはするべきだ。
「……そういえば千歳の家は二か月ぶりだ」
***
二階建てのコンクリの一軒家。住宅街にそびえたつ立派な家は家庭の豊かさがうかがえる。もちろん普通にセキュリティは万全だが、今回に限っては強硬策が使える。
「ちょっと窓失礼」
さっき道中の小さなホームセンターで買ってきたバーナーとハンマーで窓を割る。
「二階の奥の部屋だったな」
部屋に誰もいないのを確認して千歳愛華の部屋に直行する。家の廊下は綺麗に掃除されていて、埃一つ落ちていない。俺の家とは大違いだ。
段差の緩やかな階段を上った先に目的の部屋があった。
「それではお邪魔しまーす」
『aika』と書かれたプレートがぶら下がった部屋のドアノブを回して部屋に入る。
二か月ぶりに入ったその部屋は俺の記憶の中にある部屋とは大きく変化していた。
「……これ、本当に千歳の部屋かよ」
床には脱ぎ捨てた服や様々なゴミで散乱している。カーテンは閉じ切っておりどこか薄暗いその部屋の空気は不穏を感じさせる。暴れた、というよりかは自然に散らかった部屋に見える。
「どういうことだ? もとから汚かったのか、ここ二か月で急激になのか」
俺が来るときに合わせて部屋を片付けていた可能性はあるが、千歳という人間はそんなな人間ではないはずだ。綺麗だった部屋が汚くなるっていうのは、つまり精神状態が不安定になってきたって考えるのが自然か。
「ん? 何だこれ」
ふと目に入ったのは水色のカバーがされた日記のようなものが机の上に置かれていた。この汚い部屋の中では大切に保管されているらしく、表面には傷一つもついていない。
だが、そんな些細な感想も表紙に黒ボールペンで書いてある文字列が目に入った途端に頭から消失していた。
『花宮真司について』
「……え、こわ」
数秒の沈黙と真っ白になった頭からひねり出された精一杯の感想。
千歳と付き合っていた頃はこんなものは知らなかったし、再三言っているように千歳はこういうことをしない人間、なはずだ。
「見たくねえけど、見るしかないよな」
気が進まないが、もしかしたらこれに書かれていることが千歳との別れを白紙にできる鍵になるかもしれない。気が進まないけど。本当に気が進まないけど。
「どうかまともな内容であってくれ」
意を決して一ページ目をめくる。目次のようなところに綺麗な字で書かれていた文章はこうだ。
『花宮君が好きすぎて辛い』
……?
もう一ページめくる。
『四月 入学式で見つけてしまった。名前は花宮真司というらしい。花宮君。花宮君。真司君。いつか口に出して呼びたい。今は恥ずかしすぎて心臓が破裂しそうだけど』
……??
もう一ページめくる。
『理由なんてない。多分運命という言葉はこのことを指すのだろう。ただ、これで花宮君にアピールしたら変な人だと思われてしまう。ここは機会を待つべし』
……???
一気に十ページくらいめくる。
『九月 神様はいるのでしょう。ありがとう。まさか花宮君から話しかけてくるなんて。夢は現実に、現実は夢に。どこまでも花宮君。素晴らしい世界』
…………
もう一ページもめくれません。
「これはあれだ。記憶を消したほうがいいやつじゃないか? ほら、君は知りすぎたって後ろから迫ってくるエージェントが俺の頭を殴る展開。ないの?」
これ本当に千歳書いたの? もはや痛いポエムじゃん。絶対後から見返したら黒歴史確定になるやつやぞ?
「というか四月の入学式って、去年の一番最初のことだよなコレ。え、その時からこの日記書いてんのかよ。九月に接触したときも薄っすら覚えてるけど、千歳なんて『どちら様ですか?』なんて言ってた気がするんだが」
裏でこんなこと思ってたの? やべー人間じゃんこれ。でもあれ? なんか引っかかるんだが。
だが、千歳の情報がやべー人間という更新をしただけで、肝心の復縁の情報は手に入ってはいない。むしろこれを知った上で千歳と話すとなると大幅なデメリットでしかない。
「地獄から目を背けるのはまだ早いんだよな」
とにかく俺に関する疑いだとか他の男に関する情報だとかの記述があるまで地獄をめくり続ける。
『十二月 クリスマスに家族と過ごさないのは初めて。昨日は色々準備はしたが、そういうことは一切なかった。悲しい。確か花宮君の誕生日は一月十五日だったはず。狙うならそこしかない』
『二月 花宮君の様子が少し気になる。』
……見つけた。千歳が俺に疑問を持った時の記述だ。
確かに二月くらいから下準備を始めていたからかなり早い段階で気づいていたのか。このころは確か…。
『花宮君には幼馴染がいるらしい。たまたま話しているところを見たけど雰囲気がいつもと違う。私には見せない一面があるみたい』
『今日はデートだったがいつもと感じが違う。いや、普段と全く一緒の様子なんだけど出てくる話題が不満だとかストレスばっかのことしか話さない。いつもは色んなことを聞いてくれたり話したりするのになんで?』
なるほど。俺がやった作戦は早い段階で効いていたのか。
ここからは疑問やら不満が書き連ねているが核心を突く文章はない。
『五月 やっと言語化できた。花宮君はいつも通りにしていることがいつも通りじゃない、と思う。何言ってるか分からないけど私と一緒にいる花宮君は本当の姿じゃない。香坂さんが言っていたことは今なら分かる』
……演技がバレていた? 香坂が俺のことを教えたというのも気になるが、千歳がほとんど真実までたどり着いてたというのか?
だとすると千歳の別れ話って……。
「こんにちは花宮さん。初めまして」
全く物音がしなかった廊下から扉を開けて入ってきたのは、とんがり帽子を深くかぶった女子生徒。
「うそ、だろ? 今はそんな時間じゃないはず……」
今までからして魔女が現れるタイミングは放課後の時間のはず。まだ今は昼の時間も過ぎていない。
「おや? この時間に来るのが驚いている様子ですね。なるほど」
一人納得のいっている様子の魔女だが、俺には全く意味が分からない。
「まあそういうこともあるのでしょう。ところで私が来た理由は分かりますか?」
「来た理由って…。俺をタイムリープさせに来たんだろ?」
「そうです。既に何回か経験しているみたいですね」
魔女にとっては俺と会うのは初めてだからそういう確認をしているのだろう。
「それにしても、今になって行動に移すだなんて随分余裕なんですね」
「ああ、それなんだがな。戻れるのは千歳に振られる直前に戻るみたいだぞ」
「……はい?」
そうか、この説明もまたしなきゃいけないのか。
「お前の大事に蓄えてきた魔力とやらは数時間しか戻れないってわけだ。そんでキーやらなんやらでもう一回俺を飛ばさないといけないんだろ?」
「え、ええ。その通りなんですが、どうしてそんなことが起きるのか……」
再び驚きを動作にだす、魔女。こいつの感情も分かりやすくなってきたな。
聞きたいことはいっぱいある。何故この時間に現れたのか、何がタイムリープの条件になるのか。そんな疑問は絶えないが今は魔女に対しての質問を優先する。
「前回のお前が言っていたが、お前が助けたいのは千歳なんだろ? 俺はついでみたいな感じで」
「……」
「だがその理由と、何故俺をタイムリープさせるかの仕組みがよくわかっていないんだ。できれば教えてくれないか?」
「…それを聞いても、花宮さんの足かせにしかなりません」
どうやら戸惑い、不安、遠慮の感情が見える。こいつもこいつなりに抱えてるものがあるんだろう。
「ですが、どうしてもというんなら、話しても…」
「じゃあいいや。なんでお前が普段より早く来たのかを教えてくれ」
「………花宮さん。ほんっとうに嫌いです」
だって足かせになるんなら聞きたくないし。俺はタイムリープだけどうにかしたいだけで、魔女の事情に深く足を入れるつもりはない。
「…そうですね、花宮さんから見て私が早く来たように見えるということは、タイムリープの条件が早まったということです」
「条件が早まった?」
「キーですね。花宮さんには言えないことですが、今回の花宮さんの行動で、何かが大きく変わったということです。それを考えてみてください」
今回大きく変わったことって言われても。千歳の家に不法侵入はしたが、それ以外に大きなことはしていないはずだが。
「…そういえば、千歳が失踪していたんだよな」
前回、俺から見て一番最初のタイムリープの最後で起こったこと。香坂が千歳を探していたはずだ。千歳がいなくなったことがタイムリープの条件だと考えていたはずだが、すっかり頭から抜け落ちていた。
「おい魔女。千歳の失踪に何かあるのか?」
「……それは教えられません」
当たりのようだ。千歳の身に何かあったとすると、タイムリープが起きるのもよくある話だ。つまり、千歳の身の安全を確保することが大事ってことになるのか。
「千歳がどこにいるかは教えてくれないのか?」
「…すみません時間です。飛ばします」
魔女は話を断ち切って強引にタイムリープさせようとする。
ただ、今回はいい情報がよく入った。千歳は俺の演技に気づいていたこと、魔女は千歳の安全を確保したいからタイムリープさせていること。もちろん憶測の域を出ないがやってみる価値はあるだろう。
「花宮さん」
「何だ?」
「私は、確かに千歳さんを助けたいって言いました」
「嘘ではなさそうだな」
杖を構えた魔女が最後に言葉を残す。冷静に、されど確かな信念をもって。
「でも、花宮さんを助けたいってことも覚えておいてください」
「それは確かに私の噓偽りない思いですから」
淡い光に包まれて体が宙に浮いている感覚。なぜだかいつもよりも優しく力が抜けていく。あやふやになった意識は魔女の言葉をしっかりと刻み込み、この世界からの接点が無くなっていった。
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