何もできない二周目というのは二周目は何もできないということ


「あのー先輩。本当に大丈夫ですか?」

「いや、まさかな。これは夢だろ。そうに違いない。あれ? だとすると今回と前回はどっちが本当でどっちが夢なんだ? あれ?」

「せ、先輩がショックで壊れちゃってる……」


 廊下の端っこで体育座りをしている俺に話しかけてくる健気な後輩。正直に言うと彼女がいるせいでこの状況が現実だと理解させられている。もうちょっと現実逃避していたかったのに。


「……椎名。ちょっと俺を思いっきり叩いてくれないか?」

「ええ!? どうしたんですか先輩! ……もしかして先輩ってそういう趣味?」

「変なこと言ってないで思いっきり目を覚まさせてくれ」

「つ、つまり先輩の内なる癖を解放しろと……!? わ、私、頑張りますっ!!」


 そういうと椎名は思いっきり手を横に振りかぶる。さながら円盤投げ選手のような体勢だが威力は十分そうだ。



 バチンッッッ……


「うぅ……先輩、手が痛いです」

「こっちに全然ダメージ入ってないんだが…。でもありがとう」

「感謝なんてそんな……。ところで先輩は、その、千歳先輩に振られたんですか?」


 そうか。この椎名にとっては俺が千歳に振られたことを確認してないのか。


「ああ、そうだ。俺がダメだったんだろうな。今は本当に一人で考えたい」

「そんな…、そんなこと言わないでくださいよっ。私だって辛い時は助けてもらったんです。今度は私が、先輩を支えてあげたいんです」


 いつしか聞いたそのセリフ。初めて聞いたときはかわいいとか思っていたが、こうやって二回目に聞くとなると不気味でしかない。


「…そうか、ありがとう。でも今は一人にしてくれないか?」

「そ、そうですか。何かあれば頼ってくださいね。一人で抱え込まないでください」


 少し冷たく当たってしまったが、今は気を遣う余裕がない。なにせ過去に戻ってきたんだ。こんな状況で演技なんてする暇はない。


「先輩は、──────」


 椎名が去り際に残した言葉は俺の耳には届かなかった。




***




 まずは状況を整理しないといけない。


 これまで、俺は学校一の美少女の千歳と付き合っていた。しかし、ある理由で千歳に復讐を誓い、千歳に振られるように仕向けてきた。それと同時進行で他の女子たちともかかわっていった。


 そしてやってきた振られた当日に魔女がやってきた。魔女はこの高校の人間で、俺と千歳の仲を戻すために俺をタイムリープさせた。


「ぜんっぜん分からん」


 魔女は俺のことをよく知っていた。俺の千歳を欺いていることを知っていたし、俺に対して恨みの感情を持っていた。この状況はこれいかに。



「よっ、花宮。噂聞いたよ」


 前から現れたのは香坂だ。たしか前回もこの時間に来たな。場所が違うのに俺をしっかりと見つけてくるあたり愛が深い。


「ちなみに何も企んでない。俺が女子との交際に不慣れだったから怒った悲劇だ」

「…すごいね。ついに読心術でも身につけた?」

「お前が言いそうなことを先読みしただけだ」

「それも立派な読心術だと思うけど」


 ダメだ。会話が少し億劫になってきている。こいつらには何も関係ないが今の俺には近づかないでほしい。


「……なんか演技じゃなく辛そうじゃない? だいじょぶ?」

「いや、別に……」


 鈍い香坂に悟られるほどに顔に出てたか。ちょっとは顔をつくらないとな。


「花宮も大変そうだねー。トセちゃんもさっき…」

「千歳にも会ったのか?」


 香坂はやべっという顔をして言葉を途切れさせる。ちなみにトセちゃんというのは香坂が千歳を呼ぶときの愛称だ。


「い、いやぁー。トセちゃんもさっき辛そうだったからさ。もしかしたらどちらにとっても不幸な話だったのかなーって思っただけ」


 千歳も辛そうな顔をしていたってどういうことだ。俺は千歳に嫌われるようにしてきたし、千歳も別れてすっきりしていると思ったんだが。


「ま、花宮はもっと演技してもいいと思うけどなー」

「……励ましに使う言葉じゃないだろ」

「だからいいんじゃん。花宮はそのままがいいと思うよ」


 香坂も香坂なりに励ましてくれてんのか。なんというか恵まれすぎだな。


「分かった分かった。ちなみに演技した方がいいのかそのままがいいのか矛盾してるぞ」

「え。あ、確かにねー。まあまあ、イントネーションが伝わればいいし」

「ニュアンスな」

「そだっけ? まあ細かいことは気にしない!」


 香坂はそういってバシバシ俺の背中を叩いてくる。さっきの椎名と違って今度はダメージが着実に蓄積されていく。


「ん。じゃあちょっと教室戻るね。授業はちゃんと受けるんだぞー」


 そういってぴょんぴょんとスキップしながら教室に入る香坂。またも見た光景に思わず顔をそむけてしまう。まだ俺がこの状況を受け入れてないのだろう。同じ光景はまるでプログラムされた機械のように……。



「…会長の行ってくるか。前回は会ってないし」




***



「……花宮か。どうしたんだ?」

「その反応は情報は伝わってるようですね」

「……流石だな。ちなみにどんな感情を読み取ったんだ? ぜひ聞かせてほしい」

「哀れ、同情あたりですかね。あとは驚きでしょうか」

「なるほど。後学に活かすとしよう」


 次の休み時間に下の階へ降りて生徒会長の教室まで出向く。


 艶やかな長い黒髪に物事を見定める鋭い目、凛とした佇まいの生徒会長である周防すおうりん先輩。俺が全力を出しても欺ける保証がない。それほどまでに頭脳、観察、洞察に優れている人物だ。


「それでなんだ。振られた直後に私に会いに来るとは。これからは生徒会の仕事に専念するということか?」

「いえ違います。会長のお顔を見たかっただけです」

「私を立てても何も出ないぞ。だが、私にお願いすることなど花宮にはないことも事実。私にできて君にできないことなどないだろうから。つまり、花宮は本当に私に会いに来ただけということに……」


 推理の伸びが恐ろしい。この周防とかいう生徒会長に敵対だけはしたくない。ちなみに生徒会長が言ったことに大きな間違いはない。


「……花宮も意外とかわいいところがあるじゃないか。だが、残念ながら私には花宮が望むことはできない。私の身体はそこまで安くないんだよ。あと、その、タイミングがな…」

「いや、そういうことではなくてですね。ちょっと相談したいことがあるんですけど」

「……ほう、相談か。珍しいこともあるものだな」


「会長はタイムリープって信じますか?」


 周防生徒会長にわざわざ出向いた理由。相談するかは悩んだが、生徒会長ならリスク以上のリターンがあるのではないかと期待したわけだが。


「信じる信じないで言えば信じないな。それが本当にあった時に面白いからな」

「ではタイムリープ無理矢理にでも説明と解釈をつけるならどう表現しますか?」


「難しいことを聞くな。……そうだな。説明としてはを起こすこと。解釈としては無限にあるだろうが、おそらく共通しているのがことだろうな」


 主観において意識だけが時間遡行、何かしらの目的がある、か。確かにその通りだが、今の俺には当てはまる材料が少なすぎる。


「花宮にとっては利益にならなかったようだな。かわりに君が何故そのことを聞いたのかは問い詰めないでおこう」

「…ありがとうございます。いつか生徒会の仕事を手伝いますね」

「おお! それはありがたい。花宮に回したい仕事がいっぱいあってだな」

「すみません、その話はまた後で」


 もちろんこの約束はタイムリープしたら消えるわけで。生徒会長には申し訳ないがここで抜けさせてもらう。


「花宮。もし私に会ったら伝えてほしいことがある」


 ……勘付かれたか。さすがにあそこまで露骨にしていたらバレても仕方がないか。


「花宮が私、周防凛のことが好きですって伝えておいてくれ」


「嘘を言うな嘘を! 絶対に伝えないからな!」


 とにかくこの場から離れよう。廊下で人の色恋を嘘でも大声で叫ぶんじゃありません。



 と、いうか。今のもしかしてブラフか? あの生徒会長だったらありうるかもな。




***




 キーンコーンカーンコーン


 結局授業中はずっとタイムリープのことを考えていたが答えは出なかった。今からおそらく魔女に会うわけだが、できれば先制攻撃がしたい。


「階段で待ってるか」


 ここ二年の教室は三階にあり、下は三年、上は一年の教室が並んでいる。この廊下を見ていれば最低でもどの学年が分かるわけだ。


「魔女の正体を突き止めるのが先か、千歳と別れないことが先か」


 現状で悩みになるのはこの部分。千歳の部分は何とでもなる。千歳を欺いていることを止めればいいだけだ。もっともタイムリープの先がある程度過去に跳べることに限る。


 もう一つの悩みは魔女の正体。こればっかりは本当に分からない。学校中を調べたが、あの体格や声に合致する生徒は見つけられなかった。


 だが、今日一日を費やして探していた人物は突然に。



「こんにちは花宮さん。初めまして」


 廊下に響き渡る吹奏楽部の演奏のせいなのか。迫ってくる人影に全く気付かなかった。



「うわぁ! びっくりした。お前どっから現れたんだ……」

「その反応。もしかして以前の私に会ってますか?」


 とんがり帽子をつけた女子生徒は俺の後ろから現れた。つまり、二年の中にいるってことなのか?


「お前、前回の記憶がないのか?」

「なるほど。花宮さんは一回ジャンプしたんですね。それなのに千歳さんを騙すようなことをして、どういうつもりですか?」


 ん……? 話がかみ合っていないのか? 千歳を騙すというか、そもそもタイムリープした先が振られる直前だったわけで。


「い、いやいや。あの状況をひっくり返すのはなかなか難しいわけで。今回はタイムリープのことしか考えてなかったわけで!」

「……あの、すみません。今回はどこまで戻ったんですか?」

「いやどこまでっていうか、千歳に振られる直前だよ」

「………」


 あれ、黙りこんじゃったよ。確かに不思議だったけどさ。俺が千歳と別れないようにするには根本の原因を直さなきゃいけないのに、振られる直前に戻す理由が分かんないって思ってたけどさ。


 まさかだけど、ってことですか?


「あの、ごめんなさい花宮さん」

「やめて謝らないでもうちょっと頑張って」

「次からもジャンプできません……」


 聞きたくなかったわ、そんなこと。マジかよ。あの詰み盤面から千歳と仲直りしないといけないの? てかなんでそんな事故が起こったんだよ。


「ちなみになんでそうなったか聞いても?」

「私にも分かりません。多分私だったら最低でも二か月は飛ばすと思います。あわよくば胎児からやり直すことも考えたほどです」

「えぐいなそれ」

「ですがこれだけの魔力を蓄えて飛ばせたのがたった数時間だなんて。ありえないませんっ」


 魔力とかいう言葉が出てきたが、どうやら魔女はマジのやつらしい。ただその魔女がめちゃくちゃ焦ってるのが人間味があるようにも見える。それと他人が焦っていると自分は逆に焦らなくなるって本当だったんだな。この魔女が可愛く見える。


「ど、どうしましょうか。今からキーは変更できないし、かといってジャンプさせないと花宮さんは死んじゃうし」

「え、俺死ぬの?」

「…仕方ないです。でも振られる直前だったら何とかなるはずです! 花宮さんならできます!」

「いや、無理だろ」


 俺は数か月かけて嫌われるようにしたんだ。種バラシしたとしても状況がひっくり返るわけじゃない。実際に嫌われてるわけだし。



「ごめんなさい。こんなことになるとは思いませんでした。ですがこれは花宮君のためでもあるんです。どうか、お願いします」

「俺のためって言っても意味が分からない。せめてお前の正体を明かすことはできないのか?」

「それをしたら二度と能力は使えないんです。すみません、もう時間なので飛ばしますね」


 魔女は前回と同じく杖を俺に向けて構える。その光は前回と変わって弱弱しく見える。これも何か意味があるのだろうか。


 何もできなかった二周目だが、増えたのは俺が抱える課題ばかりだった。だが、これからの方向性は決まった。魔女の正体はいったん置いて、千歳のことに対して取り組もう。実際、魔女の正体は俺にとって有害なものではないように思えるからだ。


「お前、俺を恨んでるんだよな?」

「ええ、そうですが」

「でも俺を助けてるよな」

「そうですね。どちらかと言えば千歳さんを助けたいんですけどね」

「そうか、じゃあなんで」


 なんでタイムリープさせるのがではなくなのか。


「ごめんなさい話の続きは次の私に。飛ばします」


 体が宙に浮いている感覚。人生二度目になるこの感覚はやはりなれない。体の力が抜けて意識があやふやになる。


 落ちていく最中、廊下に誰かが叫びながら走っていく人影が見えた。




「……だれか! がどこにいるかっ……」



 その声の主は中学からの腐れ縁。


 沈む意識のなか、ある考察が頭の中に現れた。





『千歳愛華が失踪した。だから魔女が現れたのではないか』




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