第5話 鏡

 俺は彼女のLineは通知を切っていた。

 でも、表示されているメッセージが今までと違っていたから、久しぶりにトークを開いてみた。


『江田さんって、〇〇に勤めてた江田さんですか?よかったら、Aの夫の○○です。ちょっとお話できませんか?』

 俺は承諾した。夜なら電話に出られると返事して送った。なぜ、Aさんのスマホを旦那が見ているんだろうか?浮気を疑われているんだろうか?俺としては、旦那にAさんをどうにかしてほしかった。会社の最寄り駅が〇〇だってことや、勤務先を言ってしまったから、待ち伏せされたりしたらどうしようとずっと不安に思っていたからだ。


 その夜、旦那からLine電話がかかってきた。俺は電話にでた。できるだけ爽やかに応対するようにした。

『〇〇さん、お久しぶりです。どうも、まさかこんな風に再会するなんて。お元気でしたか?』

 俺はAさんのLineからかかって来ていることなんて、すっかり忘れて普通に喋っていた。あちらは無言。

『〇〇さん?』

『江田君!私・・・ごめんね。こういう風にでもしないと電話に出てくれないと思って・・・』

 Aさんだった。

『いやぁ・・・だって、この間俺にあんな怖い動画送ってくるから』

『ひどいなぁ!メイク動画なのに』

『霊が映ってる動画じゃないの?』

『違うよ!動画だと霊が見えないから、最近はちゃんとメイクしてるんだよ。江田君に見てもらいたくて』

 あ、彼女見えてないんだ・・・。

 俺は気が付いた。

 でも、ずっと奥さんは彼女の後ろに立っているんだ。きっと今も。


『あのさ、俺、パートナーがいるし、浮気してるって疑われてるから、もうLine送るのやめてくれない?』

『会ってくれるならやめるよ』

『無理だよ・・・』

『好きなの。お金あげるから』

『ごめん、無理』

『お願い!一回10万払うから!30万でもいいよ!』

 明らかに異常だった。

『俺、精子無力症だから普通に子どもできないよ。別の人の方がいいよ』

『じゃあ、精子提供して』

『それは困るよ。子どもできたら、俺に養育費の支払いが回って来ると困るし』

『お願い!』

『ごめん。本当に無理』

『江田君。会ってくれなかったら死ぬよ!』

『ごめん。旦那に相談しなよ。ちょっと冷静になって』

『本当に死んじゃうから!』

『俺みたいな他人のために死んじゃダメだって』


 ***


 俺は翌日、Aさんの旦那に電話をかけた。前の勤務先の総務部だから本当は嫌だった。彼女の話は本当で、彼はまだそこで働いていた。


「江田さん?って、すごい前にうちで働いていた、〇〇部の江田聡史さん?」

「はい。すいません、突然お電話して。びっくりなさってると思いますが」

「いいんですよ。どうかしましたか?もしかして・・・もう一回うちに?」

「いいえ、そうじゃないんです。実は奥さんの件で」

「え、妻のですか?ああ、そういえば、あなたは江美子と昔・・・」

「ええまあ。」

「じゃあ、携帯から掛けなおします。いいですか?今いただいてる携帯にかけても?」

「はい」


 俺は旦那からの連絡を待った。10分後くらいには掛けなおしてくれた。俺の電話番号をAさんに伝えないように頼まないと・・・いけない。俺は忘れないように、頭の片隅に置きながら話し続けた。

「いいんですよ。私に遠慮なんかしなくても・・・もう、江美子とは離婚しましたから」と、旦那は言った。

「いつですか?」

「結構最近です。あなたみたいな人があんな女と付き合うなんて、ちょっと意外ですけどね」

「いいえ。実は江美子さんに付きまとわれて困ってるんです」

「じゃあ、警察行った方がいいですよ。あの人頭がおかしいから」

「すんなり別れられたんですか?」

「いいえ。私も大けがしてやっと別れられました」

「え?ケガってどんな?」

「包丁で切られて」

「あ、そうなんですか。大丈夫ですか?」

「まあ、手術で何とか。でも、おかげで離婚できたんでほっとしてますよ」

「私も刺されるんでしょうか・・・」

「わかりません。でも、気をつけてください」


 俺はAさんのLineをブロックした。どうしよう・・・会社に尋ねて来たら。俺はびくびくしながら毎日を過ごすようになった。駅で待ち伏せしていたらどうしよう・・・包丁で刺されたら・・・。


 ***


 俺は会社のトイレに行って用を足してから鏡を見ていた。コロナ寡だから出勤している人はほとんどいない。俺は一人が好きだから快適だ。

 

 俺はナルシストなのかもしれないけど、鏡があると必ず1分くらいはその前に立って髪を整えたり、おかしいところがないか確認する癖がある。今日のワイシャツはちょっと皺っぽいな・・・それに、日焼けした気がする。シワになるから気を付けないと。俺は鏡を見ながら思っていた。


 すると、右横に女が立っていた。Aさんだった。

 俺は固まった。

 でも、不思議と彼女は話しかけて来ない。ただ、ニヤニヤしながら、俺を眺めているだけだった。俺は目をそらして立ち去った。


 ***


 オフィスに戻ると、携帯が鳴った。俺はびくっとして携帯をポケットから取り出した。Aさんの旦那だった。何だろう・・・。もしかして、宗教の勧誘か、俺がタイプなんだろうか。


「江田さん、A子が自殺しました。よかったですね!もう、心配しなくて大丈夫ですよ!」


 旦那は明るい声で言った。

 俺は人の気配がして右側を見た。 


「いえ・・・それは無理ですよ。

・・・だって、今も俺の隣にいますから」


 俺は絶望的な気持ちでそう答えた。

 A子は銀座で会った時に着ていた、水色のスケスケのブラウスを着て俺の横に立っていた。

 

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連喜 @toushikibu

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