第4話 片思い

 きっと、奥さんが2人を恨んでるんだ。いい気味だと思った。流産20回は気の毒だけど・・・亡くなった奥さんはもっと苦しんだはず。俺はコース料理を食ったけど、味が全然わからなかった。無意識に口に入れて嚙んでいるだけだった。


「君も旦那と離婚したら困るんじゃない?」

「うん。仕事もしてないし。だから、今次の相手を探してて。婚活もしてるの」

「あ、そうなんだ」

「相手が変われば、子どもができるかもしれないし」

 その見た目で婚活か・・・俺はちょっと怖くなった。

「いい人いるといいね」

「江田君、この後、空いてない?」

「あ、家でパートナーが待ってるから」

「ちょっとだけ。2時間でいいの」

「いやあ・・・無理だよ」

「お願い!」

 A子は追いすがった。

「Twitterとかでも、無料で精子提供してくれる人っているじゃん」

「でも、ああいうの怖くて・・・」

「じゃあ、マッチングアプリとか出会い系とかさ・・・」

「私のこと馬鹿にしてる?」

 俺は首を振った。

「私のこと、もう女として見れない?」

 俺は頷いた。

「ごめん」

 女は泣き出した。洋食屋でいきなり泣いてたら、店員さんもびっくりする。恥ずかしかった。


「でも、前はおしゃれだったのに、随分、変わったよね。旦那もいるのに、何で?」

「実は・・・」

 彼女は言いにくそうに話し始めた。


 それによると、奥さんが亡くなってすぐの頃から、鏡を見ていると、後ろに知らない女の人が立つようになったそうだ。しかも、毎回欠かさず現れる。その人は年齢35歳くらい。両サイドに髪を長く伸ばしていて、白すぎるファンデーションを塗って、目の周りに赤いクマがあるそうだ。その人が、Aさんの方をじっと見ている。何もしないし、話しかけても来ないけど、やはり怖い。それ以来、鏡を見れなくなったそうだ。


「だから、もう15年くらい鏡を見てないの。ちゃんと化粧できないから、アートメイクで眉とアイライナーを入れたんだけど、どんな風になっているか確認したこともなくて・・・」

 明らかに不自然だし、野暮ったく見えて失敗だった。

「痩せれば?」

「不妊治療したら20キロも太っっちゃって」

「そうなんだ・・・」

 旦那が浮気するのもやむなしと言う感じだった。ふくよかになっても綺麗だったり、かわいかったりする人もいるかもしれないけど、彼女の場合は女版の相撲取りみたいになっていた。Aさんと総務課長が頑張ってる姿を想像すると面白かった。

「その女の人って、奥さんなんじゃない?」

「奥さんって言わないでよ。前の奥さん!今の奥さんは私なんだから」

 彼女も更年期の女性のように苛立っているように見えた。

「ごめん。でも、そうなんじゃない?」

「わからない・・・もう、顔忘れちゃって。怖くて鏡見れないから、確かめようがないの」

「さっきから、鏡見れないって言ってるけど、スマホで見れば?」

「スマホの鏡ってこと?」

「そうじゃなくて、動画でインカメラにしたら見れない?」

「あ、そうだね!」

 彼女は嬉しそうだった。早速、スマホを取り出して、インカメラで自分を見ていた。

「うわ。すごい不細工。ショック・・・」

 彼女は自分の姿を見てびっくりしていた。彼女のイメージの中では15年前の自分のままだったようだ。


「江田君、Line教えてくれない?」

「うん。いいけど・・・」

 俺たちは取り合えず、Line交換をした。

 当てにされたら困るから、そのうちブロックしようかと思っていた。


 ***


 彼女は一日何回もLineを送って来た。

「久しぶりにあったらやっぱり好き」とか「痩せて、前みたいにきれいになったらデートしてくれるかな?」というようなメッセージを繰り返し送って来た。俺はブロックせずに放って置いた。ちょっと面白かったからだ。ネットで男漁りをしてる太ったおばさん。彼女に彼氏ができるか楽しみにしていた。それと、旦那とどうなるかも。


 ある夜のこと。

「旦那が彼女と旅行行っちゃって」と、泣きながらLine電話がかかって来たこともあった。

「君も誰か見付ければ?」俺は慰めた。

「無理だよ。こんなおばさん」

「そんなことないよ。おじいさんとかならいるよ。あと、ぽっちゃりした人が好きな男もいるだろうし」

 俺は笑いを堪えながら言った。

「江田君、目をつぶっても無理?」

「俺はもう浮気はしないって決めたから。今、パートナーがいるし」

「いいなぁ。その相手の人」

「君も見つかるよ」


 しかし、翌日から、また「江田君好き♡」とか「写真送って」というのが送られてきた。俺は面白がって返信していた。


 すると、しばらくして彼女から動画が送られて来た。変な動画だったらどうしようと思ったけど、開いてみてびっくりした。彼女が化粧をしている後ろに、髪の長い女の人が立っていたんだ。顔が白浮きしてて、前衛芸術の映画にでも出てきそうな変わった女の人が・・・。恨めしそうにカメラを見ていた。俺はその人と目があってギョッとした。何とも言えず後味が悪かった。絶対に彼女を恨んでいる。

 

 それから、もう彼女のLineには返信しなくなった。


 その後も、毎日、「江田君とエッチしたい」、「好きだって言って」、「結婚したい」、「何で返事くれないの?」、「江田君の子どもが欲しい」というメッセージが繰り返し送られてきた。俺はそのまま放っておいた。相手が誰であれ、ブロックするのは好きじゃないからだ。

 

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