いろは
@nori_465
くま夢モブ視点
真っ赤な夕日が差し込む廊下。
授業を終えて友達に手を振り、3年生のホームルーム教室へと歩く。
最後のコマまで授業がある日はタダでさえめんどくさいのに、今日はなんと日直当番まで被ってしまっている。
友達とも一緒に帰れないし、本来なら憂鬱極まりない最悪の日だ。
でも、今日はそうでもない。
なぜなら――
「……あれ、久真くん?」
もうとっくに誰もいなくなった教室で、律儀に自分の席に座って机に突っ伏している彼。
久真旭くんと一緒に日直になれたんだから、面倒な授業も日直の仕事も嫌じゃなかった。
「…………。」
音もなくゆっくりと上下する背中に、そっと近づく。
腕の下には、書きかけの日誌。
先に授業終わるから自分がやるって言ってたけど……途中で眠くなっちゃったのかな。
ペンを握ったままの腕に頭を預けて、ほんの少しこちらを向いた顔が癖毛でフワフワの前髪に隠されている。
覗き込んでみたけど全然起きる気配はなくて、かわりに石鹸と柔軟剤のやさしい香りがふわりと漂ってくる。
……寝顔、見えそうで見えない。
「(この様子なら、少しだけ触ってみても起きないんじゃ……。)」
そんなふうに思って、いやいや、と首を振った。
久真くんが日直の仕事を率先してやってくれたおかげで、いつもより楽に過ごせたんだ。流石にそれは失礼だろう。
それにしても、このままって訳にもいかないし……。
疲れてるところを起こすのは申し訳ないけど、そっと久真くんの大きな背中に手を置いて、軽く揺する。
「久真くん、久真くんってば。」
――マジで起きない。
さっきよりも強い力で揺すってみる。
「久真くん?くーまーくーん!起きてーー!」
「…………ぅ、ん………………?」
耳元で呼びかけて、やっと少し身動ぎした。
顔がゆっくりこっちを向いて、寝ぼけてトロンとした目がフワフワの隙間から覗く。
「……あれ…………あ、ごめん、ぼく寝てた……?」
いつもよりワントーン低い掠れた声。
体を起こして、あくびをしながら、大きな手でわしわしと頭をかく。
いつもの遠慮がちで縮こまった姿とも、さっきまでの無防備な寝姿とも違う男子らしい仕草に、ちょっとだけ目を奪われそうになった。
「起こしちゃってゴメンね。疲れてるでしょ? 私日誌やっとくよ。」
「え……あっ、日誌……! ごめん、すぐ書くから大丈夫。起こしてくれてありがとう、先に帰ってていいよ。」
「そんな。私だって日直なんだし、やるなら一緒にやるよ。」
「そ、そう……? でも、僕がやるって言ったのに……。」
「こういうのは1人より2人でサッと終わらせた方が良いって。ね?」
近くのイスを引いて隣に座り、ほらほらと催促すると、久真くんは勢いに負けたのか「じゃあ……」と呟いてペンを取り直した。
――優しくて、ちょっと不器用で、押しに弱い。
話すたびに少しずつ分かってきた彼の人となりは、最初に抱いた印象とは大分違ったものだった。
傾いた陽が作る濃い陰影が、どことなく外国人風な横顔をよりハッキリとさせていく。
真剣に机に向かう顔を、前は怖いなんて思ったけど。
今はもう、そんな風には思えない。
「――あ、あの……。」
「えっ?」
「もしかして顔、跡とかついてる……?」
不安そうな表情で見つめられた。
……恥ずかしい。
つい凝視してしまったのを慌てて誤魔化す。
なんとか無事誤魔化されてくれた久真くんは、頭にはてなマークを浮かべながらも作業に戻った。
「(やっぱり、かわいいなぁ……。)」
自分よりずっと大きい同級生の男子に抱く感想ではないと思いつつも、どうしても感じてしまうそれに、私はひっそりと頬を緩ませるのだった。
いろは @nori_465
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます