モブ槇(フワトゲ/NTR/媚薬)①




「槇おま…今何飲んだ?」


槇が手にしている小瓶を視界の端に捉えると、杉本はそう尋ねた。

普段は頼りなく死んだ魚のような自堕落な目をしている杉本が僅かに動揺しているその様子に、困惑と不安が募る。


「何って、栄養ドリンクでしょ…?」

「……いやぁ…それ違うと思うぞ……」

「はぁ……?」


2割ほど残った小瓶をちゃぷちゃぷと揺らし薄桃色の中身を嗅ぐと、その疑惑は確信へと変わったようだった。

全てを理解した杉本は「あ〜…やっぱそうか…」と溢すと深くため息を吐いた。


「…お前が今飲んだやつ、媚薬だと思う」

「─────え?」

「今日女の子と楽しもうと思って用意してたんだけど…お前が飲んじまうとか最悪だわ……」


杉本の女癖の悪さには毎度いい加減にしろと叱咤を飛ばしているが、今回に至ってはこんなものを用意して一体何を考えているんだと。呆れて反撃の言葉も出ない。最悪はこっちのセリフだ、と言いたいところではある。だが、既に身体が熱を持ち始めたことに、正直それどころではなかった。


「ッは、……っ」


かくん、と膝から崩れ落ちると、そのまま床へ座り込む。カランと小瓶が床に落ちる音と共に、杉本が駆け寄ってきた。


「おいおい、大丈夫かよお前…」

「…大、丈夫……」

「とりあえず横になっとけ」


杉本に支えられベッドに横になると、荒くなっていく呼吸も少しは楽な気がした。

媚薬のせいでぼんやりとした頭の中でこの状態からどうにか解放される方法を考えようにも、下腹部の方がじんじんと欲求を訴えてくる。

冷たいシーツが自身の火照った身体を冷ますようで、身を捩るだけでも心地が良い。


「…はぁ、……はぁっ……」

「槇、大丈夫か?保健の先生呼んでくるからちょっと待ってろ」

「…わかっ…た……」


杉本が部屋から出ていくと、1人残された空間では更に強い興奮が襲ってきた。

普段よりも敏感になっているのか、衣服が擦れる度にぴりりと電流が流れるような感覚に陥る。


(どうしよう……)


身体中が疼いて仕方がない。

触ってもいない下半身からはじわりと下着が湿っている感触があり、恥ずかしさに涙が出そうになる。



その時、タイミング良く扉が開かれる音がする。


「杉本センセー、煙草ォ」



咄嗟に布団を被り、隙間から様子を伺う。

知らない先生かと思ったが、制服の黒いシャツがチラつき、生徒だと分かった。


杉本の知り合いの生徒だろうか。

杉本がいないと気付くと、心底面倒くさそうに大きくため息を吐いた。


「ンだよ、いねーのかよ」


その生徒が辺りを見渡すと、小さな小瓶が床に転がっていた。手に取ると嗅いだことのある甘い匂いが漂っている。


(媚薬、か?杉本、どうせ女と使おうとしてたんだろうなァ)


そして、仮眠用の寝具で何かが動くのを視界の端で捉えた彼は、遠くから声をかけた。


「…お前何してんの?なんでンなとこで寝てんの?」


ゆっくり近づいてきた足音は、ギシリと音を立ててベッドの端に座り込んだ。布団越しにベッドのスプリングが鳴り、すぐそこに人の気配を感じて思わず肩を震わせた。

布の上から肩を叩かれただけで、ビク、と身体が跳ね上がる。


「……ん、っ…!」


瞬間、思わず漏れてしまった声。

慌てて口を塞いだものの、それはしっかりと相手の耳に届いていたようだ。


「……ふぅん?」


反応を面白がるように口角を上げると、その生徒はおもむろに布団を引き剥がす。そして現れた光景を見て満足げに笑みを浮かべると、槇の耳元へ唇を寄せ囁いた。


「手伝ってやろうか?」

「─────ッ!!」


鼓膜を揺さぶる低音に背筋がぞくりと粟立つ。その言葉の意味を理解していないわけもなく、槇は必死に首を左右に振った。しかし、そんな抵抗も虚しく再び腕を掴まれると、勢いよく引き寄せられた。


「いいです、俺……っ!」


咄嵯に相手を突き飛ばそうとするも、力の差は歴然だった。簡単に押さえ込まれてしまい、そのまま組み敷かれる体勢になる。


槇の上に跨りじっと見下ろす瞳は、獲物を狩るような鋭い視線をしていた。


「やめてください……!」

「あーうるせェ、黙れよ」

「や、ッ……!」


自分を掴む腕の強さが徐々に力を増していくことにも、苛立ちを隠す気のない低い声にも、抗えない恐怖が少しずつ迫り上がってくる。


「離し……ッ」

「暴れんなよ、善意で手伝ってやるって言ってんのにさァ」


だが、馬乗りになった状態では逃げることもままならない。それどころか、脚の間に膝を入れられ、身動きが取れない状況へと追い込まれた。


膝が股間を押し上げてきて、反射的にびくりと身体が跳ねる。そのままぐいぐいと押し付けられると、媚薬によって高められた身体は嫌でも反応を示してしまう。


何とかして逃げ出さないと。

力で敵わないなら、もうこれしかない。



バチン!と、鈍い音が鳴る。


思わず目を閉じて必死に魔法を唱えていたが、恐る恐る目を開くと自分を拘束していた腕が強く弾かれている。白い髪を揺らした彼と槇の間にも、浴びせた電撃で僅かに距離ができたことに少しホッとした。


(怪我しない程度の魔法ではある、けど……)


髪で伏せられた彼の表情は確認できないが、ゆらりと見開いた瞳がゆっくりとこちらに視線を向ける。


「ッてーなぁ、クソガキ……」


舌打ちを零しながら睨みつけられて息を呑む。空気が震える程の威圧感を放つ相手に、ビク、と肩を揺らした。


「……っすみませ…」


思わず反射的にそう言ってしまった直後だった。白い腕が勢いをつけて、槇の首を掴んだ。


「か、は……ッ!!」

「舐めてんじゃねェぞ、雑魚」


ギリギリと喉元を締め上げられて呼吸ができない。酸素を求めて口を大きく開くも、入ってくるのは微かな空気だけだった。


「……が、……っ……」


苦しい。息ができない。

そう思った時、脳裏に浮かんだのは久真の顔だった。


「く……ま…っ……」


暗くなっていく視界の中で、光の無い目が静かに笑っていた。

















「お、開いた」


槇のスマホを開くと、まるで自分の所有物かのようにスイスイと操作していく。


(久真旭、コイツか?)


確か秋寮の生徒で、妙に目立つ生徒がそいつだったなと思い出す。男同士で仲良く恋愛事なんて反吐が出そうになるが、そこを引っ掻き回したら面白いことになりそうだと心が昂った。


履歴を一通り確認しスマホを閉じると、義眼を光らせ魔法を唱えた。“久真くん”の姿に変わると、気を失った槇をゆっくりと抱える。


「さ、行きますよ。」



「“センパイ”?」

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