桜姫

西川東

桜姫

 Kさんの小学生時代の体験。


 当時のKさんはいわゆるませた子供で、大人のやること言うことに抵抗感をもっていたという。

 数ある理解できないものの一つに「花」があった。

 なかでも、春になると大人たちが花見をして、ドカドカと大騒ぎしだすのが一番理解できなかったという。


「どうせ散ったり枯れたりするのに、そんなものをみてなにが楽しいんだろう」

 そんな風に思っていたそうだ。




 春のある日のこと。友達と遊ぶ約束をしていたKさんは、自転車にのって集合場所へと急いでいた。


 新学年となって幾ばくか日にちが経ち、よくみかける川辺に咲いた桜も葉桜になっていた。

 そして、地面の片隅には、散ってしまって少し黄ばみがかった桜の花片が積もっていた。

 ここもまた毛虫がたくさん沸くだろうな・・・そんな風に思いながら自転車で走り去ろうとしたとき、進行方向から突風が吹きすさび、被っていた帽子が後方に吹き飛んでしまった。




 あっけにとられて後ろに振り返る。

 するとそこにタイムスリップでもしてきたかのごとく、とても立派な着物を着た黒髪の女性が立っていたという。

 その着物はまるで桜の花片一枚一枚を金の糸で編み合わせたもので、黒い布地に桜色と端々に光る金糸の組み合わせが大変美しかったそうだ。

 そしてなによりも"とんでもない美人"だった。

 キリッと着物を着こなし、葉桜のまえに立つその美女の雰囲気は、なにか張りつめたものがあって厳かだが、とても温かいものを感じたという。


「いまでも目をつむればありありと思い出せる。それぐらい鮮烈な方だった」とKさんは熱く話してくれた。


 その女性が一歩一歩こちらに近づいてくるのだが、歩く度にどこからか温かく優しい風が吹き込み、女性の黒髪が柔らかに舞う。

 そうするとみているこちらの方に花のような、とても微かだが、切ない感じの甘い香りがする。

 なんて綺麗な人なんだろう・・・とKさんはその姿をみつめていたのだが、また急に強い風が吹き込んできて、思わず腕で顔を覆いながら目を閉じてしまった。


 ふとまえをみると、あの素敵な着物を着こんだ美女はどこにもいなくなっていた。

 風で舞い散った桜の花片だらけの一本道、その遠くの方に先ほど飛んでいった帽子が落っこちていただけだった。


 それからKさんに2つの大きな変化があった。

 1つは、あの美女はなんだったのか気になって、いろんな妖怪の本を読み漁るようになった。

 あの雰囲気や消え方からして、妖怪や妖精の類いだろうと考えたからだ。

 ただ、いくら本を読んでも納得のできる答えには至らず、妖怪話から幽霊話に手を出して、気づけば無類の怖い話好きになっていた。

 怖い話を聞き集めている独身男性がいるということで、その彼に「なにか変な話はないですか」と私が花見の席で尋ねたとき、Kさんはこんな話を語ってくれた。



 そしてもう1つは、いままで大嫌いだった花見が大好きになった。

 純粋に花が好きになっただけではなく、花の咲いた桜をみにいけば、あの女性にまた会えるのではないか。そんなことを楽しみに、毎年暖かくなると真っ先に桜をみにいくようになったそうだ。


 酔ったKさんはこの話を終始にこやかに話してくれたのだが、こんなことも言っていた。


「いまの時代、ミスなんちゃらとか、美人で話題の・・・とかいう人をみるけどさ、やっぱり彼女には敵わないネ」


「まあ、どんなに思いだそうとしても、頭のなかの彼女は、顔だけ歪んでるというか、塗りつぶされてる感じなんだけどさ」


「でも、どんな美人よりも本当に美しいんだよ・・・そりゃまた会いたくなっちゃうぐらいね」


 ・・・と。  

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桜姫 西川東 @tosen_nishimoto

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