●_027 幕間 01 アニー・フォスター 01


主人公ビリーが飛ばされた後、宇宙船団サイドでのストーリーです。


『○_012 転移(時空置換)前 04』←この話のその後です。

https://kakuyomu.jp/works/16817139556466782431/episodes/16817139556885761056


―――――



「これで勘弁してあげる」


 そう言って許してやるつもりだった。デリカシーの欠片もないあいつのプロポーズを受けるかどうかは別にして。

 だけれどそれを言ってやる相手あいつはもういない。


 飾りっ気も何もないただの金属の輪。そんな指輪を人差し指と親指で転がしながら、面会の希望者が来ると言われて、肌寒く狭い部屋の透明樹脂クリアボードの前で簡素な椅子に座り、その相手を私は待っている。



***



有人格AIコハルが頭の中にいるからな、俺は独り身じゃない。早まったことはするなよアニー」


「へー、独り身じゃない、ね……。有人格AIをPAIピーエーアイにしてるって時点でまあ変態アレだけど、AIに罪はないわよね。ねえコハルん。あたしの手持ちの演算ユニット、鉱石ハード系なんだけど、それでよければ警備局うちに来る? AI権利保障の認可付きだから法的にも問題ないわよ」



 私はあのときもビリーがPAIとして搭載している有人格AIコハルに、警備局うちに来ないかと誘いをかけた。



『コハルは不本意ながらビリーこいつの最期に付き合うって決めてるの』



 ビリーの声帯を使って有人格AIコハルが私に答えた。人間の声帯を掌握し、あまつさえ独自オリジナルの声色を使って話をするなんて、おとぎ話ファンタジーもいいところ。初めて見た?聞いた?ときには、思い出すのも恥ずかしいくらいに驚いた。

 ビリーあいつから、女の子の、十代かそこらの元気な感じの声が聞こえてきたのだ。驚くなという方に無理がある。



「コハルんってば、AIなのに律儀よね。せっかくの星団クラスター級の演算資源リソースがもったいない」



 そう、もったいない。星団クラスター級ともなれば、その能力は数多あまたのAIを並列併合している下位の国家AIにも匹敵する。警備局のメインフレーム程度では敵わないどころか、簡単に食われてしまうだろう。

 彼女がいれば、本当の意味で“百人力”だ。以前、上位組織への引き抜きも打診したことがあるがあっけなく断られた。あの口ぶりだとどれだけ誘っても、たとえ国家AI待遇が与えられるのだとしても首を縦に振ることなんてないのだろう。



『その演算資源も、超絶認めたくないけどビリーこいつのおかげだし、はぁ。だから、私のこと気にせず、一発決めちゃって』



 有人格AIコハルと話していると、妹か従姉を相手にしているような変な気分になる、ビリーあいつの喉で話しているときはまだしも、端末越しに話すともう、妹とのおしゃべりと変わりない。人格があるのはいいとしても、あまりに不可解、そこに性差、つまりはを感じてしまっている。 


 いまだにわからないのがビリーあいつとの関係だ。ビリーを非難するその言葉は惚気にしか聞こえない、AIだというのに。ビリーとの馴れ初め、という表現が適切かはわからないが、それについては、そう短くもない付き合いの中でも聞いたことはない。

 聞けばあいつは教えてくれるという予感はあるけれど、逆にそのせいでどうにも気後れしてしまい、今に至るという感じ。


 局を通じてAI統括府に照合したこともある、が返ってきたのは、“権限不足”。伝手を使って別ルートから攻めてもみた。結果は変わらなかった。ウィザード級のクラックスキルがあればもっと別のアプローチもできるのだろうけれど、残念ながら私はビリーあいつが言うところの脳筋戦闘狂、ムカつくけれど、そんなことは私も十分知っている。


 現状、私のは手詰まりだった。だからってのもあったのかもしれない。このとき私に焦りや苛立ちがあったことは否定しない。



「OK、わかった。サンキューね」



 私は有人格AIコハルにそう答えると、自身のPAIに指示を出す。


 ――スチュアート、右腕の素粒子制御を、起動待機から攻撃待機へ移行、威嚇砲撃ワーニングショットの準備。

 ――本区画には攻撃行為に対する制限があります。統治統合政府ガバメンツへ攻撃許可申請を提出しますか?

 ――そんなの出すわけないじゃない。いいから、早く準備して。

 ――無許可での攻撃行為となります。実行しますか?

 ――だからやるって言ってるでしょ。威嚇砲撃ワーニングショット準備。

 ――了解Copy that


 PAIからの無機質な聴覚クオリア返答のあと、右腕に素粒子加速にともなうわずかな圧迫とジャイロ効果による鈍い抵抗を感じると帯状の光が一層強まった。カラーはブルー、MBHマイクロブラックホール生成による対象崩壊の攻撃準備。


 ――威嚇砲撃準備完了、ウェポンレディ。


 まあ、威嚇砲撃だから怪我はしないんだけれど。

 私はため息を吐く。そして、心の中で渦巻く感情に少しばかり身をゆだねた。



何が結婚しようぜだあ?バッカじゃないの!!やるならちゃんと考えなさいよ。まじめにやりなさいよ!何これ、何のコメディ?ドッキリカメラ?ほかの女との結婚話のついでにプロボーズ?って雰囲気最悪じゃん、返事できないじゃん、キレるしかないじゃん、こっちのことも考えろよ、何さらしてくれちゃってんの、なんでそうなんの?バッカじゃないの、バッカじゃないの、ホント!バッカ!コハル、コハル、コハル、コハル、うざいっての!なに?PAIと話してる?こっちに聞こえないからって二人で仲良くおしゃべりですか?へーそうですかって、みせつけてんじゃねーよ!AIとベタベタし腐りやがって、こないだなんて共同作戦の祝勝会とかいって?個室プライベート投影区画ホロルームに誘われたから?ひょっとしたらとかちょっと気にしてたのに、行ってみれば戦艦制御の戦略AIどもと飲み会パーティとか。ないわー、ひくわー、おまえの正気を疑うわー、たしかにAI艦隊あいつらのおかげだよ?そりゃ強かったよ?でも普通ないでしょ、AIと飲み会とか!しかも投影区画ホロルームにいる奴、ムカつくくらいにかわいい、みんな無駄に顔がいい、はいはい、ビリーのお好みでしょうよ、AIハーレムすごいすごい、そういやAIコハルんいなかったな、あの時もビリーでしゃべってたけど、どうでもいいや、AIコハルんとよろしくやってりゃいいさ、過去とか出自とかどーでもいい、まあ最近仲良くなって?妹みたいでかわいい子だと?思わなくもなくはないんだけど?もう関係ないか、何が目的とか、戦力評価とか、もう任務なんて心底どーでもいいわ! つかビリーてめえだよ、てめえ、本気ってなに、てめえの本気はこれなんか、AIコハルん相手に独り身じゃないとかよく言えるわな、もうそういうことなんだろ?そうかそうかそうですか、これって私に対するいつもの見せつけ、当てつけ、嫌がらせってわけか、ははーん、メンドーな生身の女はそんなに邪魔ですか、そんなにAIどもが大事ならあんたも情報世界あっちにいけ、もう身体捨てて逝け、死ね、死にさらせ、このクソったれのバカビリー!



 そんな複雑な思いをのせて、ビリーの顔面に思いっきり威嚇砲撃を喰らわせてやった。


 すると、拳の先でビリーが消えた。



「え?」



 目の前の出来事に理解が追い付かない。

 私の眼には不可視ステルス技術も通用しない。その眼が私に、ビリーはそこにはいないと知らせている。


「スチュアート! ちょっと何やってんの、威嚇射撃って言ったでしょ!」


――解釈不可能。威嚇射撃を行いました。MBHマイクロブラックホール砲による周囲への影響はほぼゼロです。


「じゃあ何でこんな――」


 と言いかけて、私は左手で鼻と口を手でふさいでいた。仄かな植物由来の刺激臭に体が反応した。幸い臭覚器官からの情報には毒劇物はないようだ。


 突然、警告音がけたたましく鳴り響く。部屋の照明が、白から非常用の赤橙色せきとうしょくへと切り替わる。赤く薄暗い部屋で私は、入口の脇へと走り寄り、壁に背をつけ身を小さくする。



『無許可区画での時空置換が検出されました。対象区画を緊急閉鎖します。該当区画にいる方はその場を動かず待機してください。置換に伴う有害物質混入の危険性を考慮し強制排気を実行――上位権限により排気を中断』

 


 艦内アナウンスを聞き流しながら、壁に耳を当てると、鈍く重たい足音が複数まばらに聞こえる。数は4か5。重装の外骨格鎧冑エグゾスーツか。

 

 私のすぐ横で、聴覚機能がイカれるほどの爆音が鳴る。凹んだドアが室内へ吹き飛び、先ほどまで座っていたテーブルを押し倒す。

 入口の脇で爆風にあおられながら、腕で顔をかばう私の眼に、白煙を抜けて四つの機銃が現れるのが見えた。その銃口から、閃光をともなって轟音と銃弾がぶちまけられる。

 

 私は、右腕の砲撃口径を指先に絞り込み、MBH砲を、壁越しに襲撃者を横に薙ぐよう連射した。

 

 私の指差した先で、拳大の円孔が次々と流れて連なり、鈍い音とともに分厚い壁が穿たれる。幾つもいた穴からは廊下の白い光が漏れてくる。その穴から覗く光景に、機械の部品パーツ潤滑剤ルブリカントが飛び散るのを見て、私は手ごたえを確信した。しかし。

 

「右だ」


 廊下から低い声がした。指揮官をやり損ねた。


 放ち続けている私の攻撃を意にも介さず襲撃者たちが室内へと雪崩れ込んでくる。黒い外骨格鎧冑エグゾスーツの襲撃者は、追加装甲が削れるのもお構いなしに、壊れた機銃をその場に放棄し、背から新たに取り出した銃で私に狙いをつけてくる。

 私の続くMBHマイクロブラックホール砲撃により発生する消失痕、しかし、鎧冑がいちゅう本体に損傷ダメージが通らない。

 

 私は攻撃を停止し、ゆっくりと両手を挙げた。

 現状の武器手持ちで対素粒子兵器装甲を突破する手段はない。 


 プン、と軽い音を立てて、室内が通常照明の白へと戻る。


 目の前には、私に銃口を向けた黒灰色ダークグレー外骨格エグゾスーツ兵が並んでいる。その後ろから、同じ色の戦闘服を着たサングラスの男が前に出た。胸の認識章には死神グリム・リーパーの鎌が交差したマークがえがかれている。



仲裁官ビリーれると思って張り切ってきたのにハズレか。しかし、あんたがいるとはな、特別武装機動班  特機  フォスター 壊し屋 。今日は非番か?」



 室内を見回しながらそう言った男は、サングラスを下にずらしてその隙間からこちらを覗き見ている。


 私はゆっくり数歩あるいて、幸いにも割れずに床に転がっていたコーヒーカップと、その横に落ちていた白い金属の輪を拾い上げる。

 空のカップを掲げて男に言う。


「そ、非番。コーヒーでもどう? 土壌栽培の高ランク品」


「魅力的なお誘いだが、すまんな、こっちは仕事でね。殺害指令キリングオーダーを受けている」


「そう残念。実行部隊アンティーフがなぜ?」 


「答える権限が俺にはない。区画内の人物を照会、OK。お前にゃ不要だろうが規則だ聞いてくれ。――任官ナンバー8AC723048A7A9、アニー・フォスター。あなたは万物未来演算システムFATESによる不可避事象IF案件、イベント0D0F49B34CAにおける措置対象に指定されました。人類絶滅回避に関する超法規的措置により、あなたの人格権および生存権に関するすべての権利は剝奪されます。あなた個人に非はありません。あなた個人に罪はありません。人類存続のためあなた個人の存在を消去します。安寧なる死を期待します。――運が悪かったんだろうよ。準備はいいか」



 私は左手にある指輪が、ひんやりとした感触から体温になじんでくるのを感じながら返事を返す。



「いつでもどうぞ」



 男が大きめの注射器の様な機材を操作しながら私に近づいてくる。実物は初めて見た、彼らが呼ぶところの措置装置ディバイス。無苦無痛で措置対象を死に至らしめ、対象を起点にネットワークを遡って対象に関する情報を破壊クラックし、対象個人が生存した記録、その個人史ごと消去せしめるという馬鹿げた自律機械オートマトン


 不可避事象対策機関オイフェは最優先での作戦実行権限を持っている。措置対象わたしに拒否する権利はない、そもそも生きる権利を剥奪されている。


 あいつ、何してんだろ。私がこんな状況だってのに。

 あまりに急激な状況変化、その最後に訪れた諦めの虚脱の中、ふとそう思った。


 左手を開き、その手にある指輪に視線を落とす。

 あいつは結婚指輪ウェディングリングだなんて言ってたけれど、プロポーズだったら婚約指輪エンゲージリングでしょうよ。ホント、ずれてるバカなやつ。


 視界がぼやけてくる。微睡まどろみでの処理落ちのように、思考がとぎれとぎれになってくる。


 体が重金属のように重い。瞼が自然と落ちてくる、逆らい無理やり目を開く。


 不鮮明な視線の中に男の靴先が見えた。


 あいつは悪あがきするんだろう。たとえ体が動かなくとも、相手が死神グリム・リーパーでも。このあいだの作戦でも。そして初めて会った時も、そうだった。あいつはいつもそうだった。


 ――左腕、慣性制御による打撃準備完了。

 

 あるはずのないPAIスチュアートからの応答に、ためらう間もなく私の左腕は動いていた。



「あああああああああ!」



 言葉にならない声をあげながら、指揮官へと左腕を振るう。

 指揮官の男が、壁まで吹き飛んだのが見えた。

 視界が乱暴に揺れ、気づけば床に顔が押し付けられている。

 頭の中に響くロックオンの警告音。



「反抗反応? 思考抑制はどうなっている」



 眼球を動かすとあのサングラスの男が見えた。サングラスが歪んでいる、ざまあみろだ。サングラスの奥の視線は受け取った情報を読み込んでいるようだが、私の眼の性能ではその内容までは捉えきれない。

 男が右手を軽く挙げた。警告音が消える。



予測分岐ブランチの消失か」



 男は手をゆっくりと降ろし、私を見下ろしている。



「お前の警備局お仲間が迎えに来るそうだ。覚悟を無駄にしちまって悪いがな。それとPAIのメンテはちゃんと受けろ」



 薄れる思考の中、立ち去るサングラスの指揮官と外骨格エグゾスーツ兵の後ろ姿を捉えて、私の意識はぷつんと切れた。



 ――問題ありませんか、アニー。




 そして私は拘束された。






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―――――――

脚注っぽいの


不可避事象: The Inevitable Future (IF)。万物未来演算システムFATESによって予測された人類絶滅のきっかけを生む必然の出来事イベント。それに関わる人や物も含まれる。


不可避事象対策機関:Organization for the Inevitable Future with Human Extinction, OIFHEオイフェ、不可避事象を排除し人類の永続を目的とする機関。その実力行使部隊には正式名称は存在しないが、通称、Anti the Inevitable Future、ANTI-IFアンティーフと呼ばれている。


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