●_026 暗中飛躍する聖女


 ウィドマン大聖堂の執務室、普段はシュテッテン司教が使っている広い個室の扉の前にマルテンスを見送った聖女カテリネが立った。扉が開き、若い聖職者の男が頭を垂れてカテリネを出迎える。



「いかがでしたか? カテリネ様」


「全くおかしな話ですね、まったくどうなっているのでしょう。きしし」


「何か楽しいことでも? そのような笑声しょうせいをお上げになられて」



 そう言って聖女の前に若い聖職者の男がひざまずいた。聖女が右手を粗放そほうに出すと、男はうやうやしくその手を取り軽く口づけをして、後ずさりながら立ち上がる。


 その姿に聖女は満足げな笑みを浮かべる。



「全く楽しくありません。予定通り王国が大いに勝利しました。ですが、あまりに終戦が早い。そのうえ和平などと。これでは帝国を、世界を崩せないではありませんか。アルミナ領での計画を早める必要があります。まったく我慢がなりません」


「お顔は楽しそうですが?」


「きししししし。思わず喜びが漏れてしまいましたね。帝国で見たあの生意気な行商人、それと得体のしれない神帝篭絡の王女。そして王国には御業みわざを使いし黒の道化、ですか。

 まるで群雄割拠の英雄譚、この世は夢物語へと転じたのでしょうか。それとも、ようやく神も絶望を前にして重い腰をお上げになられたので? 思わぬ方向へと世界が動いているようです。……まあ、今更ですけれど」



 きしし、と笑いながら聖女は執務室の一角へと歩を進め立ち止まった。聖女の前にあるのは、脂が分厚く太った年配の男。聖職服を着て、膝立ちの格好で神に祈るよう胸の前で両手を組んで顔を上げている。その身体からだは石像かと思うほどに微動だにしていない。



「神が絶望されることはあるのでしょうか。シュテッテン司教様、是非にあなたのご高説をうかがいたいのですが」



 そう言って聖女が太った司祭にほほ笑んだ。しかし聖女の眉間には嫌悪の皺があらわとなっている。その聖女に向かって太った司祭の口だけが不自然に動き出した。



「神が絶望されることはない。そもそも問いが間違っている。神はすべてを見通し、先の世までご覧あそばせ我らを導いておられる。故にこの世に絶望など生じえない」


「なるほどなるほど。人の身からすれば絶望に満ちたこの世界ですけれど、神の見る絶望とは別のところにあるのかもしれませんね。ところで司祭様、将軍の言う黒の道化、事の顛末を知っている方は貴方様以外にどなたか? 是非に真実を」


「拙僧だけだ」


「それは僥倖。是非に首から上をご自由に」



 聖女の言葉に、太った司祭の顔がすがるように歪み、絞り出すような声で言葉を放った。



「待て、カテリネ。誰にも話さない。だから考え直してくれ」


「知っていること自体が問題なのです。現に黒の道化については教えてくださったではありませんか」


「拙僧はあくまで祓魔が必要になるかもしれないと本山へ伝えただけだ。それを後から来た貴様が無理やり拙僧の口を開かせたのであろう!」


「ですからそのことを申し上げているのですよ、口の軽い愚鈍な司祭様。ご存じですか? 帝国に神帝さえ籠絡するという人外の王女が現れました。愚かな貴方はぺらりぺらりと話すでしょう? 寝所で私に話して下さったように」



 聖女は赤毛のおくれ毛を指で触りながら、見下すような眼を司祭に向けた。司祭の顔がみるみる紅潮し、憤怒に顔が醜く歪む。



「調子に乗るなよ、売女ばいたの小娘が! 今に思い知らせてやる!」


「きしし。その小娘に自由を奪われその体たらく。全く説得力がありません。くだらないお話もここまでにしましょう」



 司祭の顔が青白くおびえた表情へと急変する。



「献金でも、奇蹟認定でも、教皇様への口添えでも、何でもする! 何でもしてやる! だから、命だけは!」


「どこまでも俗物ですね。枢機卿団にも上がれない司祭など何の役にも立ちません」


「何が望みだ。なんでも――」


「私の望みをかなえてくださるので? でしたら、私に天罰をくださいませ。そして世界に天罰をお恵みくださいませ」


 聖女カテリネは細い両腕を大きく広げ天を仰いだ。


?、だと? 何を言っている、妖気に当てられ気でも触れたか」


 

 優しい笑みを浮かべた聖女が、司祭の耳元に口を寄せ、優しく声をかける。 



「理解できませんか? その程度なのですよ貴方は。さて、司祭様。是非に罪を告白し、是非にあなたの愛する御神のもとへ。さすれば汝、全てを悟れるかもしれませんね?」



 司祭は、膝立ちの姿勢からふらりと立ち上がると執務用の机に座り、教団公認の印が入った羊皮紙にペンを走らせ始めた。その様子を見て、もう興味はないとばかりに無表情で身を返した聖女は、若い聖職者の傍へと歩み寄る。



「将軍の話が本当であれば、その黒の道化、奇蹟部隊へ加えたいところですね。しかしどうやら表へ引きずり出すのも難しそうですし、どうしたものでしょう。戦焔イグニスに都市の一つでも焼いてもらいましょうか」


「ご随意に」



 若い聖職者が頭を下げる。



「ササキ、貴方はいつもつまらないですね」



 そう言って聖女は首を振った。だがその顔はわずかにほころんでいる。



「では本山の私室までお願いできますか?」


「はい、喜んで。御肩失礼いたします」



 若い聖職者の男が、聖女の肩へと手をのせる。ぼそりと何かをつぶやくと、二人の姿が一瞬の閃光を放ち、執務室から跡形もなく消え去った。




※コハルがウザかわいい! カテリネ様がかっこヨイ!

そう思った方にレビューや★で応援いただけたらとっても嬉しいです!


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今回で、第1章「黒の道化と救国の将」は終了です。

次回、宇宙船団サイドの幕間です。

第2章「幼竜の遺志と籠絡の王女」の連載を予定しています。

続きが気になる方は、ぜひフォローをお願い致します!


作者は、将軍閣下がお気に入りです。カッコいい老将おじいちゃん万歳!


皆様のご意見、ご感想、お待ちしています。




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