●_028 幕間 02 アニー・フォスター 02


 コツコツ、と乾いた音がした。

 

 顔を上げると、透明樹脂クリアボードの向こうに、いかにも好々爺然とした柔らかい笑みを浮かべている男性が立っている。

 その顔に覚えがある私は、思わず立ち上がり右手を挙げて敬礼する。



「マックイーン提督、閣下が面会を?」


「そんなにかしこまらんでもいい。元だよ提督職は。そも君は軍閥でもあるまい?」


「では、……マックイーン判事」



 目の前にいる白髪の老人は、ドナルド・マックイーン、かつて統治統合政府群ガバメンツ管轄の防衛艦隊を指揮していた将校だ。しばらく前に退役し、今では判事のひとりとして活躍している。軍部から法曹界への人事は珍しいが、国家AIの気まぐれな人事は今に始まったことではない。再利用リサイクルと言わんばかりに優秀な人材は使いまわされている。



「それもいささかこそばゆいな。まだ慣れていなくてね。好きに呼んでくれていい。どうだね居心地は」


「これが意外と悪くありません。私が捕まえた悪党共も、こんなに快適に過ごせていたと思うと感慨深いですね」



 私はつい口を突いて出てきた言葉に、自分の底意地の悪さを感じながら、肩をすくめて答えた。



「別に嫌味を言いたかったわけじゃないんだ、すまないね。私が来たのは、君の裁判について少し話をしたくて来たのだよ。私が裁判官を務めることになりそうでね」


被告人わたしとお会いになってよろしいので?」


「あくまで予定、というだけでまだ決まったわけではないからね」



 温厚そうな顔を見せる老紳士は、いけしゃあしゃあとそんなことを言いながら笑っている。しかし、判事付での裁判ということは、陪審員の判断にゆだねるということになる。少なくともAIなんかに決められるよりはましだ。



「ところでフォスター君、最後にビリーと話をしたのは君だ。何か聞いたり、受け取ったりしてはいないかね?」



 聞いた話ではビリーの消息はいまだに明らかになっていないらしい。



「聴取で話した以上のことは何も。これと言って受け取った物も特には」



 指でわずかににすり傷のついた指輪を後ろ手にいじりながら私はそう答えた。



「そうか」



 さみしそうな表情を浮かべたこの老人とビリーは特別な関係にある。ビリーが仲裁官に就く以前、彼の右腕として、直属の遊撃部隊を率いていたのがビリーだ。そして、仲裁官ビリーの抑止力ちからの代名詞ともいえる強力無比の無人艦隊、四季艦隊フォーシーズンズ。それを秘密裏に建造、結成したのがこの提督と言われている。


 そういう噂もあって口の悪い連中からは、仲裁官ビリーの飼い主と呼ばれ、国家AI群主導政策への偏重もあって、国家AIの指人形フィンガーパペットとも呼ばれている。



「ビリーが懇意にしていた君のことだ。私に何かできることがあればぜひ協力しよう」



 ほおを緩めた元提督が私を見ている。よく言えば人に警戒心を与えない、私からすれば胡散臭い、そんな顔だ。



「では裁判長殿、無罪放免は無理でしょうけど、保釈でもしてもらえたら嬉しいですね。ああ! 冗談ですよ、冗談」



 元提督が「では手配しよう」とでも言ってうなずきそうな雰囲気に慌てて冗談だと断った。この人物に借りを作るなんて監獄行きより怖すぎる。


 そのあとようやく本題の裁判の話を聞き、ビリーの話や世間話を少しした後、元提督は去っていった。

 

 私は独房に戻され、何をするでもなく、ぼんやりとその日を過ごした。



 その翌日、私は保釈された。



***



 私は言われたカフェで人を待っている。最近、人を待ってばかりな気がする。人を待つのは嫌いだ。



「アニー、随分と久しぶりよね。大丈夫? あの仲裁官ビリーに振り回されてんじゃない? こないだもニュースに出てたじゃん何とかって宗教の人と。あんなのとっとと切りなさいって、悪いこと起きる前にさあ」


「遅いよジェニー、久しぶり。で、その悪いことっての、現在進行形」


「言わんこっちゃない。何? ほれ、お姉ちゃんに相談してみなさいな」



 私は苦笑して無言で肩をすくめる。私の前にいるのは従姉のジェニファー。私より幾分年上で、資源探査の会社に勤めている。



「ま、お好きにどうぞ、私の人生じゃないしね。で、会社うちで見てもらいたい物って?」



 私はジェニファーに手渡した。



「何これ、金属の輪? ああ指輪ね。それにしても質素ね。今の若い子にはこういうのが受けるの?」


「若い子なんて嫌味? 私の趣味にも合わないし、それ貰いもの。ジェニー、ホントにここで大丈夫なの?」


「官営の資源探査じゃ、うちはトップなのよさ。備品だって一級品でぇす。心配ナッスィ~ング 」



 そう言って彼女は左手首のブレスレッドを操作し、指輪へとかざした。



「はい、オッケー。数十分もすれば解析結果が送られてくるよ。もちろん、アニーの気にしてた次元の揺らぎもばっちり」



 他愛もない話をして、お代りのコーヒーを注文しているうちに分析結果が送られてきた。

 


「なんかつまらない結果だったわね。わざわざ聞いてくるからさ、ほら、あの仲裁官がらみのスキャンダルとか出てくるんじゃないかと楽しみにしてたのに。じゃ、私は戻るけど、ここどうする?」


 と、ジェニファーが右手の甲にある任官タグを指差して言う。


「こっちで払っとく、お礼の代わり」


「あらアニーもご立派になったわね。ごちそうさま」


「こっちこそありがと」



 カフェを出るジェニファーを見送って、左手に戻ってきた指輪を眺める。

 

 指輪は何の変哲もないただの指輪だった。しいて言えば、永遠の意味を含むとかいう貴金属プラチナできていたことくらいだ。



「ほんと、あいつって」

  


 私はまだ指を通したことのない貴金属の輪を握りしめる。



「だから人を待つのは嫌い」


 

 誰に言うでもなく、私はひとり、呟いた。




※面白いと思った方は、♥、★、フォローなんかで応援していただけると嬉しいです! 


□■□■□■□■□■□


今後も章の間に宇宙船団サイドの視点の話を幕間として掲載予定です。

第2章「幼竜の遺志と籠絡の王女」の連載を予定しています。

続きが気になる方は、ぜひフォローをお願い致します!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超科学《オーバーテクノロジー》で無双は禁止! ポンコツAI(美少女)と最強宇宙戦艦(女サムライ)と巡る異世界紀行 襟田タダスケ @tadasuke_erida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ