○_012 転移(時空置換)前 04


『ヴァイゲルフ猊下、婚儀に関するコメントを発表。お相手はあの仲裁官ビリー』


「ブフッ!」



 俺は思わずコーヒーを吹き出した。鼻の奥がツンとする。そんな俺に向かって、静かにほほ笑むアニーが聞いてくる。



「じゃあ婚儀ってのは?」


「いやホント、なんだろうね」



 なんで結婚の話になんかなってんだよ!



「何か言うことは?」


「俺の嫁はアニーだけで満足です!」


「嫁って何、そういう冗談キライなんだけど。じゃ、シルフィさんとお幸せに」



 立ち上がろうとするアニーを引き留める。



「ちょっと待てって! おう、そうだ! アニー! 証拠がある! ちょっと待っててくれ」



 俺は急いで部屋の隅から小箱を取って戻ってくる。息を整え、アニーに向かって、静かに小箱の中身を開けて見せた。アニーが小箱の中に視線を落としたのを確認してからゆっくりと言葉を紡ぐ。



「アニーが言ってた結婚指輪ウェディングリング。大昔のロマンチックな習慣ってやつ? 結婚しようぜ! アニー!」


「……最低。なんで今なの。ごまかすためにプロポーズ? 幻滅しかないんだけど」


「いやだから、これ本気なんだけど?」



 アニーは何かブツブツつぶやいているがよく聞こえない。


 と、俺の周囲の超次元空間に配備している春季艦隊スプリングスのAI達が通信越しにヤバいヤバいと騒ぎ立てる。


 冷めた瞳でアニーが右拳を胸元に上げると、青色の帯光が拳を包み、赤や緑の素粒子制御の幾何学パターンが駆け巡る。そして拳自体が青白く鈍い光を放ち始めた。



 それ、素粒子対消滅による放射光ですよね、アニーさん?

 頼みますから、そんなもの船内でぶっぱなさいでください?

 周囲3キロメートルが跡形もなく対消滅してしまうんですけど?!

 


「コハル! 緊急展開! 対物障壁最大抗力、斥力場を重ねろぉ!」



 いくら強力な兵器であっても当たらなければ問題ない! 多少プライベートルームがグチャグチャなるだろうが許容範囲だ。命あっての物種、俺の中に眠る生存本能をトップギアに入れる。障壁を展開すべく、勢いよく左右の手を前に突き出した。



「さあコハル! 対物障壁と斥力場の重ね掛けだ!」



 ……おかしいな障壁が出てこない。その間にもアニーの拳の光が徐々に強まっていく。



「障壁出てないんだけど? ねえコハル? おーいコハルさん? いや助けてコハル様!!」


<はぁ。拒否ですよ拒否。そもそもストライキ中ですし。もうアニーが不憫でなりません。ビリー、ここは紳士的にアニーの制裁を受けるべきなんですよ>


「バカ野郎! あいつの重力子砲グラビトンショットなんか食らえば素粒子レベルで崩壊だ! 俺と心中したいのかよ?」


<ビリーと心中ですか。……まあ、それも悪くはないかなー、なんて。>


「何言ってんだコハルおまえは! 宿主保全の精神はどこ行った!」



 なおも鋭い眼光を切らさないアニーが、ひきつる表情のまま口を開く。



「ああ、コハルんと話してるのね。はたから見たらイタい独り言にしか見えないけど」


「うるせえ、有人格AIコハルが頭の中にいるからな、俺は独り身じゃない。早まったことはするなよアニー」


「へー、独り身じゃない、ね……。有人格AIをPAIピーエーアイにしてるって時点でまあ変態アレだけど、AIに罪はないわよね。ねえコハルん。あたしの手持ちの演算ユニット、鉱石ハード系なんだけど、それでよければ警備局うちに来る? AI権利保障の認可付きだから法的にも問題ないわよ」


「お前コハ――」



 そこで俺の声が途切れた。喉が絞れるような違和感とともに、ハスキーな少女の声がから紡がれる。



『アニー、ありがと。でもコハルはビリーこいつにちょっとした借りがあるのよね。そもそも大脳皮質をしてるんだし』


「あは、笑えない冗談」


『だからコハルは不本意ながらビリーこいつの最期に付き合うって決めてるの』


「コハルんってば、AIなのに律儀よね。せっかくの星団クラスター級の演算資源リソースがもったいない」


『その演算資源も、超絶認めたくないけどビリーこいつのおかげだし、はぁ。だから、私のこと気にせず、一発決めちゃって』


「OK、わかった。サンキューね」



 アニーの拳の光が一層強まる。

 俺は喉の拘束が解けたのを感じて声を上げた。



「勝手に人の声帯つかうな!! そして黙れこの戦闘狂の脳筋ども――『全くうるさいですよビリー』



 またも喉を奪われた。

 近づくアニーが拳を引く。

 待て待て待て待て!

 気が付けば青い燐光、アニーのこぶしが視界を占める。


 視界が暗転、ブラックアウト。


 次の瞬間、青い空と緑の草原、つまりはハピタブルでの風景が映し出された。その風景が暗くなって今現在の視界へと切り替わる。



「どういうことだ? アニーに殴られた直後にこの惑星ハピタブル? 一切の間も空けず? これは座標指定の時空置換か?」



 訳が分からない。俺は一瞬、途方に暮れた。まったくなんてタイミングだ。プロポーズの成否は置いとくとして、無認可での時空置換は大罪だ。最悪、永久監獄に送られる。


 AI裁判ではなく、監視システムビリーモニタリング参照による陪審員裁判になってしまえば勝ち目はない。これは可及的速やかに動かねばならない。


 さてどうしたものかと悩んでいると、コハルの声に現実へと意識を引き戻される。



<いやー、間一髪でしたね。本気でこのままビリーと心中かー、とか考えましたもん。いつにも増して酷すぎるプロポーズでした。さて、というかですね、ビリー>


「俺は今、アニーの無実をどう証明するかで思考が忙しいんだ。ちょっと黙れ」


<アニーの無実ですか? さすがにそれは無理でしょう。いやいや、そんなことはどうでもいいんです>


「よくねえよ!」


<ビリーの身体に危険が迫ってまして。敵性生物の存在を複数確認してるんですが。どうします?>


「どうします、じゃねぇんだよ……。はあ? 敵性生物だあ?」





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