○_011 転移(時空置換)前 03

 俺とアニーは対面する形で小さな丸いテーブルに着いた。


 彼女とは俺がまだ統治統合政府群ガバメンツの軍人だった頃からの知り合いで警察機関との共同作戦ではよく顔を合わせていた仲だ。それ以来、親密な関係を築けている、……はずだ。


 ちょっと前にも仕事で世話になったばかりだった。



「アニー、後始末、そっちに任せて悪かったな」


「ま、こっちも損失ゼロで組織まるごと拘束できたし文句はないわ。おかげでしばらく業績ノルマを気にしなくて済むし」



 俺はコーヒーシュガーを一杯入れてスプーンでかき混ぜる。



「あいつらも根は悪い奴らじゃないんだぜ? ほどほどにしてやってくれ。じゃないと國木田クニキダのおやっさんにまたどやされる」


「あたしの仕事は逮捕まで。そっから先はあんたの元上官に言いなさいよ」


「やだよ、知ってんだろ? おっかないんだよ、提督。つうか、どんな雑用押し付けられるかわかったもんじゃない」



 俺は苦笑して、コーヒーをすすりながらアニーの顔色をうかがった。


 アニーは口だけ笑った作り物の笑顔でこちらをじっと見ている。これはご機嫌斜めだな。なんだろう?


 さらにアニーは、テーブルに頬杖をつき、身を乗りだしてきた。圧が強い、なんか怖い。



「ねえビリー? 何か言うことはない? 報告すること、でもいいんだけど」



 報告すること? まったくもって心当たりがないんだが。監視システムのログを少し戻してチェックする。お、これか?



「アニー。俺はちょっとぽっちゃりさんでも問題ない。少しくらい体重が――」



 バチン、と軽い平手打ち。左の頬が熱を持つ。アニーの右手は容赦がない。



「あんた、ほんとデリカシーないわね」



 俺は頬をさすりながら考えを巡らせるが思い当たる節はない。



「ごめん、降参。で、何の話を期待してんだ?」



 アニーが深くため息をつく。視線が冷たい。



「ねえビリー。ヴァイゲルフ猊下、知ってる?」


「ヴァ、なんだって?」



 やっぱり、とつぶやきながらアニーが話を続けた。



「連合祭府、第三教皇シルフォリニア・アーレイ・ヴァイゲルフ猊下」


「よく噛まずに言えるな。宗教屋のお偉いさんか? んな、俺から一番遠そうな奴なんか知らん、ん? シルフォリニア? ……シルフィ? あいつそんなお偉いさんだったの?」


「そ。たぶんそのシルフィさんよ。でどうなの?」


「どうってなんだよ。まあ、アニーに負けず劣らずの美人さん? まあ、色白でカワイイ系な印象?」


「色白でカワイイ、ね。さすがよくご存じだこと。世間じゃ顔どころか性別すら知られてなかったのに、つい1時間前までは」



 アニーがこちらに向かって手を上げる。平手打ちの追撃かと思って、片目をつむって身構えたが、予想は外れた。アニーの手首の端末を通してニュースの号外が空間に投影される。投影された映像には、俺と並んで歩く白い修道服の背の低めな女性が映っている。


 俺のマヌケ面が大々的に出ているのに対し、修道服の女性の顔は深いフードで隠されている。ははぁ、これが政治力の違いですか。


 俺がシルフィと歩いて何の問題があるというのか。いや問題なのはわかるけど。 シルフィが宗教屋のお偉いさんとか知らなかったんだからしょうがない。きっと、シルフィには監視システムが必要な事情があったんだろう。


 例えばアリバイ作りとか。世間じゃ絶対信頼、不落のアリバイといえば国家AIですら不正がきかない仲裁官監視システムビリーモニタリングなのだ。


 結局、シルフィを追ってたあいつらが敵対派閥だったのだろうか。宗教屋にしてはたちの悪い、えげつない兵器を使っていた気がするが。


 ふと感じた視線、いや死線!? そうだ今はアニーのご機嫌をどう回復させるか重要な局面だった!



「シルフィとは何でもねえよ? 派閥闘争で困ってるって言ってたからちょっと話を聞いただけだ。紛争解決が俺の職務だ、わかるだろ」



 そう、俺は自分の仕事をやっただけである、うむ、俺に落ち度はこれっぽっちもない。俺の落ち着きをアニーにアピールせんがため、優雅にコーヒーを口に運んでみる。


 アニーが映す投影像に記事の見出しが浮き上がった。



『ヴァイゲルフ猊下、婚儀に関するコメントを発表。お相手はあの仲裁官ビリー』



 俺は思わずコーヒーを吹き出した。鼻の奥がツンとする。


 なんで結婚の話になんかなってんだよ!





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