○_010 転移(時空置換)前 02
「これで大まかな改修は終わりか。コハル、
<了解でーす。相対座標の設定、確認、完了。収束準備始めますよ?>
俺は、超次元空間で
超次元空間は、人類が認識、滞在している実空間、いわゆる
素粒子制御技術と次元収束技術の併用により、ひと手間かければ物質の行き来が可能という特性を活かして物資の保管庫などに使われている。俺はそれを艦隊の整備ドッグ兼戦艦配備の空間として利用していた。
通常であれば戦艦のような大容積のものを超次元空間側へ次元収束させるなど正気の沙汰ではない。
<カウント始めます。 3、2、1、
機械と計器にあふれた密閉空間から、白を基調とする開放的な空間へと視界が切り替わる。俺のプライベートルームだ。監視システムのせいでプライベートという言葉の定義に一石を投じたいところではあるのだが。
さほど広い部屋ではないが、一人で過ごすには十分すぎる広さがある。宇宙船の外殻部にありながら安全性にも考慮された大型の窓からは映像ではない本物の星を眺めることができる船団のなかでも一等地の部屋だ。
ちょうど星間物質の収集に立ち寄ったのか、黄色や紫の星間ガスのグラデーションが暗い宇宙に映えていた。
「うう、腰が痛ぇ」
思わず声に出た。超次元空間で長く中腰で作業したのが響いている。自律ドローンにまかせてもいいが、自分でも手を掛けたいのは自己満足のためのわがままだ。足腰が痛いくらいは許容範囲。これくらいが健康にはいいだろう。なにより、働いてるって感じがいい。
<痛いんだったらやめたらいいじゃないですか? ビリーが手を動かすより、ドローンの方が数十倍も正確で速いんですから。健康にもよくありませんよ?>
「うるせえ、余韻が台無しだ、ちくしょうめ。あいたた……俺はおっさんかよ。いやもうおっさんか?」
悪態をつきながら背伸びで体がきしむ。まだ
これから訪ねてくるであろう
<ところでビリー。いまさら兵器まがいの
船団でも珍しい土壌栽培製のコーヒー豆を挽いてサイフォン式のコーヒーメーカーに仕込んでいると、コハルが言葉をかけてきた。火をつけたアルコールランプをサイフォンの下に入れながらコハルに答える。
「あ、火の使用税、値上がりしたんだっけかな。つうかよ、また小惑星サイズの捕食生物なんか造られたら面倒だろ? オーバーキルじゃ物的証拠を国家AIに出せないし。あいつらに
<とういうわけで、じゃないですよ全く。コハルは知りませんよ?
その言葉に極寒のジト目でにらんでくる少女の姿が思い浮かぶ。
「……うん知ってる」
そこに屈託のない幼い少女の声が割り込んできた。
<コユキ的には全く問題ないのでノープロブレムなんだよ! コハルおねーちゃん!>
<コユキはちょっと黙ってなさい。だいたいコユキは補給艦でしょうに>
「そこにロマンがあるんだろ? 主力艦が使えない!! 千載一遇のピィーンチ!!! そこに! 後方補給部隊から超威力の支援がドドドドッ!! くうぅー、イカす! かっこいいよなコユキ!」
<はい! すごすぎでかっこよすぎです! グレートでアメイジングなのです!>
「ほらね?」
<ほらね、じゃないんです。千載一遇のピンチって、どんだけ逆境好きですか。だいたいマスドライバーなんてただのでっかい遠投器ですよ? 質量兵器の価値は否定しませんが、それなら反応弾頭の一つでも積んだらどうですか>
「うわー出た。反応弾頭とか品のない。下品、下品。」
<はあ? 威力、効力、戦略、コスト、どれをとっても反応弾頭一択でしょうが!>
「脳筋威力主義はこれだから。」
<きぃーっ! 現時刻をもって価値観相違に基づくストライキを申し立てます!>
「いいけどさ。明日には復帰しろよ? 次の
むきぃーっ、と再びコハルの叫び声が聞こえた気がするが全力で無視だ。相手してたらきりがない。
そうしてる間に出来上がったコーヒーを二つのカップへと注ぐ。
「さてと」
俺はコーヒーの入ったカップを両手に取り上げ、ドアへと向かった。
<ストライキ中ですが念のため。アニーの接近を検知、訪ねてきたようです。ビリーのためじゃなくアニーためですから、念のため!>
「はいはい、ツンデレお疲れ、知ってるよ。ったくお前はもっと早く言えっての」
アニーが訪ねてくるタイミングはコハルが言う前からわかっている。
俺の脳内で認知されているのは、ドアの向こう側、尋ねてきたアニーが部屋の前で立ち止まっている姿だ。
アニーはサイドにまとめた髪を手ぐしで整えている。視線を自身の体に落として服の確認でもしているようだ。
彼女は軽く咳払いするとドアフォンのパネルへと細く白い指を伸ばした。パネルに指が触れる寸前、俺が内側からドアを開けてやる。
「よう、アニー、お疲れ久しぶり」
アニーのびっくりした顔がそこにあった。
肩に流れるプラチナブロンドのサイドテール。澄んだブルーの瞳は少し釣り目気味で、彼女の勝気な性格に好ましい。荒事専門の職にあるにもかかわらず、モデル顔負けのスリムな体。 ショートパンツに極薄のロングコートをおしゃれに着こなしている。うむ、今日も美人で何よりだ。
その端正なアニーの顔がつんと不機嫌そうに曇る。
「ねえ、ドアを先に開けるのやめてくれない?」
「これぞレディーファースト、古き良き時代の紳士のマナー、だろ?」
「ストーカーじみて、キモいんだけど」
「あれ、ドアは男が開けるんじゃなかったか?」
「シチュエーションが違うの。ビリーってホント、
アニーは肩をすくめて鼻で笑うと、俺の脇を抜けて部屋へと入る。
いれたてのカップをアニーに手渡すと、「コーヒーだけは別だけど」とアニーはしたり顔でつぶやいて見せた。
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