○_013 敵性生物との闘い 01


 心なしか視覚と実感クオリアにズレがある。かるく酔いそうだ。



「俺の視神経からだで遊んでたな、こんちくしょうめ。で、ハルカゼ行けるか?」


<位置情報に不安がまだ残りますが、暫定的にビリーと相対座標をリンクさせます。誤差は±0.3メートルってとこですか>


「許容範囲だ、しくじってもせいぜい片手が吹っ飛ぶくらいだろう。それくらいのリスクは背負ってやる。頭が飛ばないよう気張っとけ!」



 ハルカゼと相対座標のリンクが確立される。演算資源リソースの節約のため認知から外していた仲裁官監視システムビリーモニタリングの処理情報を自身に取り込み知覚する。


 自身の認知、体の内側、血管を流れる赤血球と分子マシン、神経を流れる電気パルスとAIシグナル。

 イオン放出による筋収縮と強化筋素材の変形、そして表皮と防護皮膜スキンコートが触れる大気を感知した瞬間、体の外側へと知覚が拡張した。


 俺の脳機能構造体ブレインマップの一角に存在する万物未来演算システムFATES、その限定使用による対象圏内全物質に対する可能性のリアルタイム時空演算。


 草も大地も、大気でさえも関係ない。


 周囲に存在する全物質の、原子配列と電子構造、素粒子の角運動量スピンと対称性、超弦スーパーストリングの振動と次元収束、それらのすべてを多次元多階層的に知覚する。


 ぼんやりとした霧の中に立っているような、視界のはっきりしない認知の中で、やがて霧が集まり色が付き始めると輪郭のある物体が見え始める。自分を中心として、放射状に知覚そのものが徐々に広がっていく。まるで時空間と自身が一体化した感覚。

 演算圏内の立体像が直感として確立される。目で見るよりも手で触れるよりも生々しい実感クオリアが顕在意識の中に生成される。



 なるほど、コハルのいう敵性生物はこれか。確かに人型をしたそれが背の高い草に隠れるようにして俺達に迫りつつある。

 

 敵性生物は全部で五体。前に三体、後に二体。なんと知性があるのかフォーメーションを組んでいる。


 前中央の一体が立ち止まりざま、こちらへ何か仕掛けてきた。不意にこちらへ飛んでくる飛翔体。一瞬身構えたが、光学兵器と比べれば何てない速度だ。太ももに飛んできたそれを右手で掴み取る。



<なにやら飛翔体が来ましたね>


「来る前に警告だせよ。で、こりゃなんだ?」



 手でつかんだものを確認する。



「細長い棒の先に尖った金属のキャップ? 反対側についてるのは……安定翼か。放物線軌道で推進機関は無し。射出カタパルト式の、おっと!」



 思ったより早く、二体の敵性生物が正面と背後に飛び込んできた。二体が同時に長い刃物を繰り出してくる。


 光刃フォノンブレードじゃなく物理刀身マテリアルブレードでよかったと思いながら、スキンコートを起点に両腕に発生させた対物障壁と斥力場でブレードをはじき返した。


 ふたたび前方から飛翔兵器の影が二つ。それに合わせるように刃物もこちらに向かってくる。


 刃を弾くよりは避けた方がいいと判断し、飛翔兵器を手で掴みつつ、バックステップで距離を取る。



<警戒。前方に熱源感知>


「おうおう、休む暇もねぇな!」


<発熱体が急速接近。光学兵器じゃないですね、プラズマでしょうか? むむむ? 火の玉?>



 理屈はよくわからないが火の玉としか言いようのないものがこちらめがけて飛んできている。


 燃焼性のガスか液体を飛ばしているのか? それなら対物障壁で燃料を防げは対処できるはず、と右手を突き出し対物障壁を前方へと拡張展開させる。


 ズン、と手に伝わる振動、火の玉が弾け飛び対物障壁など無視するように、炎が周囲に渦巻いた。



「わっちち、今の何だ、炎に質量感じたぞ、しかも対物障壁超えてきやがった!」


 

 スキンコートのおかげで、ちょっと熱い、程度で済んでいる。だが、なんだこれは。火炎そのものが飛来した上、対物障壁に干渉せずに燃え広がるなど、不可解を通り越して馬鹿げた話だ。



<いやー、興味深い現象ですね! ワクワクが止まりません! あ、次来てますよ?>


「なに悠長にしてんだ! 宿主様の危機ピンチだっての!」



 とコハルに苦言を呈しつつ、熱源反応があった空を見上げると、先ほどよりもはるかに大きく、人よりも大きな炎の塊が、しかも複数、落下地点をずらしてこちらに落ちてくる。



「今度は間髪入れずの面制圧か。さっきの奇襲から砲撃への連携といい、手順は悪くないな」


<ですね。実地での機転と応用に重きを置いているのでしょうか戦術パターンの自由度が高そうです。敵はまあまあ優秀、準惑星ドワーフ級ってとこですか>


「ドワーフ? おまあえにしちゃ評価甘いな、って、そんなことはどうでもいい!」



 どうすんだこれ!



「ちくしょうめ! ハルカゼ! 第四砲塔、主観収束コンバージェンス!」



 俺の命令にハルカゼが行使で応える。


 右肩上部に、超次元空間との移送界面トランスバウンダリーが現れる。物質変換であぶれたエネルギーが光となってあたりを照らし、砲身が実空間に収束し始める。



<……第4砲塔、収束完了。ウェポンレディ>



 ハルカゼの物静かな声が手続き完了を俺に知らせる。


 俺の右肩口に上空へ砲身を向けて現れた第四砲塔、その口径は俺の腕より数倍太い。大型のロケットランチャーを肩に担いでいるようにも見えるだろう。だがプラズマを源とするこれの威力は桁が違う。



「所詮は火だ、プラズマで掻き消せる!……よな?」


<いけるんじゃないですか? さっき物理障壁越えてきたこと考えると微妙かもですけど。あれあれ? もしかして、またビリーと心中しちゃうドキドキなシチュですか?!>


「緊張感のなさすぎだ! 役立たずのポンコツめ!」



 こうなりゃヤケクソだ。射線上に火の玉以外のはないよな? 念のため威力少し高めの設定で、飛来する火の玉を打ち消すべく指令を下す。



「プラズマキャノン、発射ファイヤ!!」



 砲身から強烈なオレンジの光が放たれる。


 ボッ、と気体膨脹による鈍い音が響いたときには、空へプラズマの帯が伸びていた。恒星フレアにも等しい高エネルギープラズマの奔流。その輝光であたりが黄一色に塗りつぶされる。

 射線上の物質すべてを蒸発させる領域破壊兵器。当然、射線上にあった火球は跡形もなく消滅した。



「はあ。何とかなったな。あちらさんの攻撃手段は打ち止めか。後方に控えがいるようだしさっさと終わらせよう」



 気になることは山ほどあるが、まずは相手の無力化だ。俺は人差し指を敵性生物に向ける。



電撃銃スタンショット



 スキンコートの指先から暴徒制圧用の電撃が放たれる。体を痙攣させながら、5体の敵性生物はその場にくず折れた。




――――――――――――――――――

脚注っぽいの

万物未来演算システム:Future of All Things Estimation System, FATESフェイツ。演算処理により、超弦理論に基づき微小領域に内包されている高次元の弦振動から素粒子の量子状態を計算し、その結果としての電子や核子、その集合である原子、そして物質の未来予測を可能とする。あくまで入力に対して出力を行う仕組みシステムであり、人工知性、AIとは異なる。



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