4話
ラーメンの具は段々と少なくなり、今はチャーシューもネギも無くなりつつある。私はメンマは最後に食べたいので、麺だけ食べていく。麺だけでも美味い。
「話は戻るが、貴女はサーカス団に所属していると言っていたがそれは本当か」
私はサーカス団や遊園地等の娯楽施設を使用したことがない。
しかし、個人としてとても興味がある。
「疑っているの?酷いよお兄さん」
「私、運動神経だけはいいんだから。お兄さんは綱渡りの時に空中でジャンプ出来る?」
綱渡りなんぞ、一般人ですら出来ないのにその状態でジャンプをするなど自殺行為に等しいが彼女は易々とやってのけるのだろう。
「専門外だ」
彼女は自分が思っていた回答より少しズレていたせいか、またふくれっ面になった。
「お兄さん時々ずるい時あるよねー大人ってやつはこれだからねー」
もうすぐ君も大人だ、といった平凡な返しなんて貴女は求めていないんだろう。
だが、歳を食っていても子供のように公共の場で騒ぐ成体がいる。中身の話で言えば、大人と子供の基準なんて物は存在出来ないのかもしれない。
「私だけがずるいのだ、他の大人を巻き込むんじゃない」
彼女は少し微笑んでいる。
「ふーん、じゃあ公演見に来てよ。あ、待ってその次の公演の方がいいや。今度のは来ないで」
「何故?」
見に来い、やっぱり見に来るな。どっちなんだ。
「次の公演でウチのサーカス団よりも大きい所に行くかどうか決まるの。お兄さんには相談に乗ってくれた恩もあるし、どうせなら、そっちの豪華な方に行って欲しい」
なんだこの娘、良い奴だった。普段の公演のも見てみたいがやはり、豪華な方が良いに決まっている。
「分かった」
「じゃあ、そこのサーカス団の場所と時間書いておくから絶対に来てよね」
彼女はテーブルの近くに調味料が沢山置いてある所にアンケート用紙とボールペンがあった。
その2つを使い、サーカス団の場所と時間帯に近くの駅まで書いていた。
「そのサーカス団に入る事になったら、大学はどうするのか。辞めるのか?」
この娘が私の講義に来れなくなるというのは本当に悲しい、そもそも貴女は私の講義に出るとさっき言っていたではないか。
あれは嘘だったのか。
「いや、通信だよ。大学側が通信を勧めてくれているからそっちに行く。でも、もう好きな人とか友達、家族とは離れ離れになっちゃうよ」
通信か、それなら私の講義をリモートで受けられるな。飛びっきりのB級サメ映画をプレゼンしてもらおうか。
しかし、それについて気がかりなのは好きな人にいつ告白するのかだ。
私はその現場を観察して、サメ映画の安い恋愛よりも濃厚で繊細な青春を噛み締めたい。
「そのらーめんサーカス団での最後の公演を気に彼とは会えなくなるな」
彼女はしばらくして黙った。
ずっと真顔、物思いにふけっているとでも言うのだろうか。
「…やっぱり告白した方がいいんだ。うん!お兄さんの言う通りにちょっくら告白してきますか」
そんな軽いノリでは言っているが、目は覚悟を決めている者の目をしている。
久しぶりにこんな若者の目を見た。これはとても面白い事がおきそうだ。
「私は勧めたつもりはないが」
だが、あくまでクールに振舞おう。
年甲斐もなく、はしゃぐのはやめよう。それはかっこ悪いからだ。
「お堅い人だね。絶対に公演見に来てよね!ふー、ふー…お姉さんお会計よろしくお願いします!」
彼女は最後の一口、二口を食べて店員に会計を頼んだ。
あぁ、素の彼女だ。私には観察眼があるから間違いない。
「それじゃあね!次に会う時はもっと綺麗に私らしくなっているから、ちゃんと目に焼き付けておいてよ」
彼女は私に手を振った後に店員に金を払い、店を出た。
彼女のいない店内はしんみりとしていて、雑音しか聞こえなかった。
氷見区は治安の悪い所だと聞いていたが、案外そうではないのかもしれない。
時たま堅気ではない人物が通りすがるが気のせいだろう。
最も特色すべき部分は美男美女が多いという事だ。
それは無論、私の所属している大学もそうだが、それと同じぐらいミステリーな現象も多い。
それは彼女も例外ではなかった。つまり白浜蓮芸はそのミステリーな現象に引っかかったのだ。
簡潔に言えば、彼女は神隠しにあったということだ。
彼女は自身が所属しているサーカス団の最後の公演で、綱渡りのフィナーレで傘を持ち、そこから飛び降りるという演目の最中に色が反転した
謎なのはその膜を通過した瞬間に彼女の着ていた衣装が全て落ちていったのと、どうやってそんな人間離れした事が出来たのかという事だった。
最初は観客も演者もピエロもそういう演出だと思ったらしいが、身内の誰もそういった事は聞かされておらず、その公演が終わった後も彼女は姿を見せなかったと言う。
今でも捜索願いが出されており、行方不明扱いされているが、未だに見つかってはいない。これは氷見区だけでは留まらず、全国規模でニュースとなった。
あの日から貴女は今どこにいて何をしているのですか。
私は未だに白浜さんと会える事を夢に見て、貴女に会えることを期待してあのラーメン屋で唐揚げ定食を頼んでいる。
そろそろ脂身で胃が辛くなってきました、胸焼けだって酷い。
サメ映画だって見ると宣言していたじゃないか、そして私の講義を受けると言っていたじゃないか。
あの日から私は今ここにいて貴女を待っているのです。
早くあのラーメン屋の扉から憂鬱そうに出てきてきなさい。
またあの変人のお兄さんと相席しちゃった…と、その好きな奴に話す話題にしてもいい。
早く出てこないと私が憂鬱になってしまうだろう。
それでも、それでも、白浜蓮芸は未だに行方不明だった。
憂鬱そうなヒロインと相席しました 坊主方央 @seka8810
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