3話


「らーめんサーカス団の団長の愛娘にして白浜姉妹の姉、それが私」


彼女はまた自慢げに話している。


そして妹の方はポスターに、少し小さく載っていたが中々綺麗で女王様気質のような見た目をしている。


「家族経営のサーカス団か、珍しい」


今の時代、令和にそんな夢溢れる事業があったのだなと私は少し驚いた。


「珍しいより私以外に見たことないんだけど」


彼女は唐揚げを食べながらそう言った。


「そして妹が居るのか」


彼女は目を光らせてスマホをずっとスライドしている。何かを探しているようだった。


「すごい綺麗なんだからね、うちの妹。ほら見てよ」


彼女は自分のスマホの画面を私に見せてきた。


ジャージに棒アイスを食べており、耳にはピアスをしているショートカットの女子高校生がいた。


不良、ヤンキー、ギャル、どれを取ってもそのままの意味で通用出来そうな人相だ。


「貴女の妹は不良なのか」


彼女は少し不機嫌になった。


「ちょっとお兄さん?この子れっきとした真面目な猛獣使いだからね?」

「猛獣使いだったのか」


あの見た目で猛獣使いは些か、いや、大変な誤解を産んでしまう。急に笑顔になり妹のことについて話してきた。


「すごいよ!熊とかライオンとかに乗ったりして、本当にすごいんだから!本当にお兄さん知らないの?」


彼女は不思議そうに聞いてきた。私は知ったかぶりをしてやり過ごせる程に賢くはない。


「知らないものは知らないな」

「私達って、結構有名人じゃない?」


うーん、と頭を悩ませているようだ。


「まだまだ知名度が低いのではないか」


また彼女は不機嫌になった。私はつくづく人の機嫌をとるのが下手クソみたいだ。


「お兄さんって、ズズッ、今流行っているものとか絶対に知らないでしょ」


私に偉そうに指を指して、ラーメンを丁寧に啜っている。器用なことをするものだ。


「私は流行りものには疎いんだ、すまない。ここの街にも引越したばかりでまだ何も知らないんだ」


流行りものはもう廃れてしまった頃に私は知る。


そして私はこの町、氷見区に引っ越したてで、この町のことを何も知らない。


興味のある事ばかりし続けていると、こうも世間知らずになってしまうのかと自虐的に考えてしまった。


「あ、そうだったんだ。私達のサーカス団はこの地域しかやっていないしさ」


なら尚更私は知らない、そしてまた彼女の表情が変わった。


「で、お兄さん普段何してるの?」

「あまり大したものじゃない」

「えーほんとにお兄さん社会とかに反してないよね?」


笑って白浜さんは冗談を言う、そしてまたラーメンを啜った。


冗談のつもりだろうが、私にはそういった世間一般で言われるよろしくない知人がいる。


「私はむしろ役に立っていると思いたい」

「じゃあ社長とか?」


メディア露出が出来る程の職についている訳でもない、そして私は人の前に出るのが蕁麻疹が出るほど嫌いだ。


「本当に大したものじゃない」


彼女は飽きた子供のように駄々をこねている。全く、見ていて飽きない娘だ。


「なんで教えてくれないの?私の事を教えるからお兄さんの事も教えてよ」

「私は私立霧中むちゅう大学の社会学部心理学科の学生でーす」


私立霧中大学という所はこの地区では偏差値49の絶妙なバランスの大学である。学部は社会学部、文学部、社会福祉学部の三つだが様々な学科がある。


大学にはもう5年前以上から居る。最近満員電車に我慢出来なくなった。


だから、他の地区から私立霧中大学がある地区の氷見区に引っ越してきたのだ。


お陰で愛車でイギリスの70年代のバンドの曲を聞きながら出勤しているので、気分が良い。


ここまで話してきたが簡潔に言うと。


「私はそこの教授だ」


彼女は目を丸くして今世紀1番驚いたのではないだろうか。


「えっ?!な、なな何の?」


私は淡々と言った。


「心理学のだが」

「いや教授!私色んな講義に出てると思うけど本当にいました?!」


急に教授呼びしないでくれ。やはりお兄さん呼びが1番心地よい。


私はあまり大学内をウロウロはしない。行く所はトイレと研究室と講義室、そして食堂だけだ。


「私の講義はサメ映画を通して心理学を学ぶものだ」


サメ映画というのは素晴らしい。


CGの粗さ、役者の演技のバラツキ加減、どれを取っても何故こうなったのか、どういう思いでこれを作ったのかという謎を心理学で解いていけるからだ。


「ずっとタメ口で聞いてましたね。すみません教授…というか、なんですかその講義。絶対に学とか必要ないですよね」


また彼女は敬語になり、寒気がする呼び方で私を呼ぶ。


講義についてはどれだけ言ってもいいが、私を貶すのは許さない。


「いや、そのままでいい。そのままの口調でいい。そして私はお兄さんでいいんだ」


そうだ、私は教授だが教授と呼ばれる事に嫌気がさしているのだ。


30代で何故教授になれたのかというテレビの取材を学長に無理やり受けさせられた。


まるで私が孤高の天才かのように報道されていた。

それをあの世間的にはよろしくない知り合いに見られて馬鹿にされた。


「変なの。で、講義についてなんだけど」


私は唐揚げを丁寧に食べた、一旦落ち着いてから話そう。まだ彼女は信じられないとでも言いたそうな顔で質問してきた。


「それについては話さない。君が講義に来れば分かることだ」


私の講義は地味に人気がある。単純に映画を見たい学生が大半だ。


「はいはい絶対に行くからね。で、お兄さんは他に何の講義しているの?」

「何故B級映画は人々の心を掴むのか。心理学においてこのサメ映画のサメの心情描写は変である等か」


映画は監督の経験を映す鏡だ。映画がつまらなかったら、その監督やその制作陣の人生がつまらないのだ。


つまり人生こそ映画だ。


面白い名作や旧作は今でも見れるし、歴史として名を残す。これは歴史上の人物にも当てはまる。


しかし、それが駄作や凡作ならどうだろうか。ひっそりと殺されていき、やがて忘れ去られていく。儚いようでそれが正しい。


私はそんな駄作や凡作が死ぬほど嫌いだ。今まで見てきた駄作達のトップは日々更新されている、逆もまた然りだが。


だからこそ、講義でこんな人生は歩むなと映画を通じて学生達に教えたいのだ。


それこそが私達先人のやるべき事だ。


「サメ映画に脳を侵食されているのに私より頭良いなんて…酷くない?」


そんな私の思いを置いて、彼女は文句を垂れている。

サメ映画で頭は良くなる。注意深く見てどこがおかしかったのか等の考察力を蓄えられる。


「ならサメ映画を見るんだ。見るべきなんだ」

「下手な宗教勧誘より怖いよ」


その苦笑いの意味は何なんだ。


「サメ映画を見ると、全てのストレスから解放されるんだ」


彼女はきょとんとしている。白浜さんはサメ映画を見たことがないんだろう。


なら、教えて差しあげよう。


「あまり練られていないであろう脚本に、芋臭い演技。生物学的におかしいサメ。全てが愛おしく馬鹿げているからだ」


まるで講義をしているかのように話してしまった。これでは彼女が私の講義に来ないじゃないか。


しかし、彼女の反応は意外にも良かった。


「そ、そんなに言うんだったら見てみようかな」

「そう宣言したならば絶対に見なさい」


私は目を見開いて圧をかけた。


「いやだから怖いってば」


彼女は唐揚げを食べながらそう答えた。

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