2話
箸で彼女はラーメンをすくい、レンゲの中に入れて息をふきかけて熱さを飛ばしている。
「その人は、ふー、大学で会った人なんですけど。ふー、一緒にいてすごく楽しいんですよ」
彼女の話は飯を食べるついでに聞くのにちょうど良かった。
「ふー、飲み会のイッキコールでまだ19なんで飲んじゃ駄目なんですけど、飲まされる雰囲気になった時に彼が飲んでくれたり...」
「出席だって彼に代返を1回だけ頼んだ事もあったりして、ふー、結構頼りになる人なんです」
ただの惚気じゃないか。
「そこから段々好きになっていっていたといいますか」
「皆にも平等に優しくて、ふー、ご飯に皆で行った時もすごく楽しくて…」
白浜さんは猫舌なのだろう。会話の途中途中で、彼女の吐息が隣から聞こえる。
ラーメンは豚骨をベースにしたスープに麺は細麺で、基本的なラーメンの具材は入っているようだ。
隣の白浜さんはそのネギとメンマを麺と共に食べているようだった。
「だからこうやって服の系統を好みに合わせたり、喋り方だって大人しい感じにしているのにぃ...ふー」
「モテる要素が沢山あるから全く振り向いて貰えないんです…ふー、あっちぃ!」
なるほど、この男からはロクデナシの匂いがする。
そして彼女は舌を火傷した。痛そうな顔をして、必死にお冷を飲んでその痛さを紛らわせようとする。
「時間はあるからゆっくり食べなさい」
「へへ、お母さんじゃないんだから。あーこの笑い方気持ち悪い」
彼女はお冷を飲み干した後に、初めて心のそこから笑っていたのに、急にまたあの憂鬱そうな顔に戻った。
その笑顔にどこに気持ち悪い要素があるのかよく分からなかった。
「変ではない。普通だ」
「わっ、お兄さん。そんな気の利いた事言えるんですね」
この娘は私を頭の固い木偶の坊とでも感じていたのだろうか、酷い話だ。
他人の笑い方も自分の笑い方だって、ただの生理現象だ。
「私はそこまで堅物ではない」
「へへ、じゃあ相談です。今の状態で私はあの人に好きになって貰えるのか」
また彼女は美味しそうに食べている。彼女は可愛いが、悩みは可愛くはない。
「...付き合っても、この綺麗な私だけが好きなら意味ないから」
「それは捉え方による」
事実はとても単純なものである。これも捉え方による違いだ。
「捉え方...私バカなんで、もっと詳しく言ってくれないと分からないよ」
彼女は私の言った事に興味津々のようだった。
「その状態を嘘か、または着飾っているか。悲観的に考えるか楽観的に考えるかの違いだ」
彼女は何を言っているんだろう、この人は…と思っているのだろう。
「貴女がどうなりたいかが肝だと思う」
彼女は目を見開いた。そして、しばらく黙り込んだ後に霧が晴れたようなすっきりした顔になっていた。
「えっと、急に年の功を見せつけてくるじゃん。私はやっぱり好きな物着た方がいいかな」
年の功なんて言い方はやめてくれ、私はまだ39歳なんだ。まだ私はヒヨっ子なのだ。
そして彼女の今は快晴といった言葉が似合うだろうか。
「ありがとうねお兄さん。でも、話していたら1つ相談したいことが出来ちゃったんだけど」
彼女に対して最後まで追求せねば気がすまなくなった。次は何だろう。
「あの人の周りには可愛くて、性格良い女子ばっかりいるんだよね。それも沢山」
元の憂鬱に戻った。あぁ、彼女の感情にはどれだけ幅があるのだろうか。
「私とは全く違う清楚で家庭的な子に、いつも誰にだって冷たいクセに急にアイツの事独占しだしたり、色気で誘惑しているクセにアイツの事になるとウブになる人だったり…」
「ちょっと改めて考えたらライバル多すぎるんだけど」
しかし、私が思った以上に憂鬱には戻っていないようだった。
「自分がその立場なら嫌になりそうだ」
「へへ、それな。私は性格悪いから絶対にあの子たちの悪口言いませーん」
中々興味深い考え方だ。
人柄をよく見せたいが為に誹謗中傷をしない。それはつまり、元の性格が悪いということになるのか。
「開き直った」
「ぶーぶー私は可愛いんだからね」
それは事実だった。整った顔立ちに、今は明るい表情で人懐っこそうな雰囲気のいかにも人脈が広そうな人物だ。
だが、ふと疑問が出てきた。
「可愛い人は自ら可愛いと自称するのか」
私は彼女の返答を待った。
「じゃあ私のこと可愛いと思ってる?」
彼女は唐揚げを食べながら答えた。頬が膨らんでいて、小動物のようだった。
「私が言ったらセクハラにならないか」
若い女の子の容姿に関する事を発言したら、もうそこでセクシュアル・ハラスメントと認定されるらしい。
「それは…そうだわ」
この娘は私にどうしても可愛いと言って欲しいのか。
「じゃあこの服装は可愛いと思う?」
正直、とても可愛いと思う。めちゃくちゃにタイプだ。
その花柄の少し膝上のスカートが清楚と色気の割合を、丁度よくしている。綺麗な鎖骨がよく見えるセーターのような上の服もめちゃくちゃにタイプだ。
しかし、私はセクハラを避けなければならない。
「嫌いな男はいないだろう」
これは裏を返せば全員好きだという意味合いもある。
「うわ、中々に賢い言い回しだよそれ。やっぱりお兄さんモテるでしょ」
白浜さんは頬杖をついて、私に箸を向けて喋った。
学生時代はモテていた…という訳でもなく。
オススメの映画を教えていたぐらいだ。
そのオススメした映画は魚類と人間の共存を目指していくといった内容だった。勿論、全員に一切口を聞いて貰えなくなったが。
「勉強と映画にしか興味なかった」
「つまらない青春送ってたんだ、お兄さん」
唐揚げを食べながら、彼女はニヤニヤとしている。
「貴女はどうだったんだ」
「結構告白とかされてきたし?でも好きじゃなかったから全員振ったけどね」
「貴女もつまらないじゃないか」
彼女はショックを受けて、唐揚げを食べるのをやめて、虚しい顔でメンマを食べている。
「私達、案外似た者同士なのかもね…」
年齢も見た目も性別も性格も生まれ育った街も違うというのに、なぜだか親近感が湧く。
そして私はこの店の貼ってあるポスターを眺めた。
そこには昭和から貼り続けているであろう年季の入ったポスターがズラリと貼ってあった。
しかし、その中にとても新しい紙質のポスターが1枚貼られていた。
サーカスのポスターのようで、綱渡りをしている女性がそのまま空中を飛んでいる写真が使われていた。
その女性に見覚えがある。そう、私の隣に座っているこの娘だ。
「白浜さんはらーめんサーカス団の綱渡りをしている人か」
私がそう聞くと、彼女はとても驚いた様子で箸を机に置いた。
「なんかすごい急だし、気づいていなかったの?お兄さん」
彼女は中々に壮大な人生を送っているに違いない…と私の
少し幼稚か。
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