第4話 静かにうつろう

「……それで?

 どうだったの、その合コンは?」

 ふと思い出したように口を開くヤヨイ姉さん。

 思わずページをめくる手が止まる。凝った首をぐっと伸ばして、身体を起こす。目をあげると、棚いっぱいに並んだ漫画。

 ここはヤヨイ姉さんの部屋。僕はたまに押し掛けて、こうして気になる漫画を読み漁る。

「ん~~?別に~。

 ……いてっ」

 テキトーな生返事を返すと、蹴りで応酬してくる理不尽な姉。……別に良いことなんてなかったから、ここにいるんだってば……。



 ――あの後。元カノと別れた直後にかかってきた電話は、男友達からの合コンのお誘いだった。


『欠員が出たので、もし暇なら来てくれ!』

 突然、言われてびっくりしたけど、気分転換に参加した。


「女の子を泣かした日に、別の女の子とイチャイチャする男なんてサイテーっ!」


 まぁ、姉さんの意見はごもっともだけど、僕だって人間だもの。ずっとウジウジ過ごしたくない。……あの子だって、さっさと僕のことなんて忘れればいい。


「ふぅーん。まぁ、でも、そういう弟の動向はしっかり知っておかなきゃいけないよね、姉として!

 ……だから、もっと詳しく話して」

 ニヤニヤと嬉しそうな姉さん。でも、僕はまた寝転がって読みかけの漫画を読み始める。


「……あら、もう話してくれないの?」

 背中が重く温かい。肩越しに、きゅっと腕を回された。耳元へ囁きかける甘い吐息がくすぐったい。

「そんな風に、ほったらかしにされたら、お姉ちゃん寂しいなぁ……。淋しくって、哀しくって……。


 ついつい、その漫画のネタバレしちゃうかもなぁ!

 えーっと、あのねぇ、ミツキが読んでるその漫画はねぇ、そのミステリアスな彼の正体はね~……」


「――っ!わかった!ごめん!ストップ!わかった!話すから!」

 バンっと漫画を閉じて、立ち上がる。「乱暴に扱わないでよぉ」と頬を膨らましながらも、満足げなヤヨイ姉さん。あぁ、もう、いつも彼女には敵わない。

 でも、ホントに面白い話は特にない。


「……別に、話すようなことはなかったの!特別、好みな子もいなかったから。

 それなりに楽しく話して、とりあえず連絡先だけ交換して、それで……おしまい!何にもなし!」

「なーんだ。でも、ミツキなら、モテたでしょうよ。こんな可愛い顔をしてるんだから」

「は?姉さんがそれ言う?

 僕とおんなじ顔してるくせに?」

 そう言い返すと、姉さんは黒目がちな二重の瞳をいたずらっぽく細めて立ち上がる。


「え?誰が可愛いって?

 あらっ、ホントだ!あーたしったら、可ー愛いっ!」

 白々しく鏡に向かってにっこり笑う姉さん。芝居じみたその口調に、苦笑いを浮かべながら、何故かふと思い浮かんだのは幹事だった男友達の一言。



「ワンチャン行けたな」


 それに他の男もどっと盛り上がる中、僕ひとりだけがゾッと青ざめた。

 合コンの後の、男オンリーな二次会。

 タイプな子がいなくて、ほどほどに楽しんでいた僕とは違い、他の男性陣はみな好みの子がいたらしい。連絡先を交換できたことで盛り上がっていた。


(……馬鹿みたい)

 こぼれそうなその一言を冷たいビールで押し込んだ。苦い香りが鼻を抜け、喉の奥がカッと熱くなる。

 連絡先の交換くらい付き合いとしてするでしょうに。


「繋がりを切られたわけじゃないなら、まだチャンスはあるってことだろ。

 チャンスがあれば、ラッキーだし、なくても、特に問題無いし。次に行きゃいいんだよ、次、次!」

 ……あぁ、彼らもそうなのか。友人たちの思わぬ側面にがっかりする。瞳の中には、理想の夢しか映ってない。

 口をつぐんで、唐揚げの皿に添えられた鮮やかな緑のチシャの葉レタスをそっと頬張る。彼らの話題に口を挟まず、ニヤニヤ笑って grin like a Cheshire cat 、その場を濁した。要は、猫を被って、白バラを赤く塗ったわけ。




「――まぁ、しばらく彼女が出来そうにないならさ。また、あたしと双子コーデでデートしようぜ」

 姉さんはベッドに乱暴に座ると、ニッと白い歯を見せた。その片手には、彼女激推しの恋愛少女漫画。僕が初めて読んだ漫画はそれだった。……優しく思慮深い主役二人に憧れた。


「ヤヨイ、ミツキ!お風呂空いたから、入っちゃってー」

 廊下から母の声がした。

「一緒に入る?」と笑う姉さん。ゆっくり入りたい僕は、姉さんに先に入ってもらって、もう少しここで漫画を読むことにした。せめて、今は夢を見たくて。


 ――窓の外では雨が降っている。静かな雨音は穏やかで、幸せな気持ちに満たしてくれるような気がした。

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そこに映るは苦い夢 おくとりょう @n8osoeuta

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