第3話 馬鹿な僕の詩

 そんな僕にもそのうちに恋人が出来た。


 高校の頃、「メイク術を教えて」と言ってきた子のひとり。僕よりずっと運動神経がよくて、カッコいい子。


 僕はすごく嬉しかった。だって、「オカマ野郎」で「変態」の僕には、もう恋人なんてできるわけないと思っていたから。「普通の恋愛」なんてできないと思っていたから。


 だから、ちゃんとしっかり彼氏を努めようと思って頑張った。周りの友人みたいに「素敵な彼氏」になりたかった。それなのに、


「……ごめん、もう無理だ」


 いつ言われるかと、ずっとハラハラしてきた哀しい言葉。でも、実際に出てきたのは僕自身の口からで……。


 彼女の顔がさぁーっと曇る。うつむき陰る彼女の顔から、ポツポツと滴が落ちた。白いアスファルトが黒く濡れる。

 僕はぎゅっと手のひらを握りしめた。いつもみたいに、彼女のことを抱き締めることができないから。

 だけど……。どこか僕の心は凪いでもいた。それはまるで雨上がり。晴れ上がった星空みたいに爽やかで、畦道あぜみちみたいに泥々だった。


「君が必要なのは、僕じゃなくて、『彼氏』でしょ?」


 僕はそう言い捨て背を向け去った。

 湿った冷たい風の中に、すすり泣く声が聴こえた気がした。でも、たぶん気のせいだ。

 ただ、彼女のために短く切った僕の髪はなびくことなく揺れていた。


 ――彼女と付き合い始めた頃。僕たちの関係は恋人になっても、何も変わらないと思ってた。

 でも、僕たちは「普通の幸せなカップル」しか知らなかった。「可愛い僕と付き合う幸せな彼女」を知らなかった。

 だから、僕は「素敵な彼氏」を目指したし、彼女は「可愛い彼女」になろうとした。誰も望まないのに「普通の幸せな二人」を目標にした。


 僕は可愛い格好を、彼女は運動するのを控え始めた。

「いつでも走り出せるように」

 そう笑ってスニーカーを履いていた彼女のことが、大好きだったのに。「可愛い」靴を履くようになった。服も、鞄も、アクセサリーも。

 どんどん「可愛」くなる彼女は、僕が可愛い格好をすると不満げな顔するようになる。

「私が彼女なのに」

 僕は髪を切った。それでも、彼女は僕のことを見ていなかった。手を繋いでも、キスをしても、彼女の瞳は真っ暗で、僕の姿は映ってなかった。


 ……きっと僕たちは大事なものを見失ってしまったんだと思う。きっと何処かで落としてしまったんだろう。気づいた頃には、もう何処で落としたかも分からずに、僕たちはもうバラバラになった。


 破鏡不照。……本気になる結婚する前でホントによかった。割れた鏡はもう戻らない。


 ――ぷるるるるる


 突然、鞄の中でスマホが鳴った。

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