選べない。

 花火大会の日。

 俺は美優と水戸、どちらも選べなかった。

 気だるい身体でベッドに横たわり、薄暗い部屋の中でなにもない天井を見上げる。


 ◆


 美優は毎日俺を起こしに来たし、前以上にくっついてきた。そんな美優のことを内心嬉しく思いながらも、俺は水戸の方を横目でチラチラ見ていた。


「光ちゃんっ」とびっきりの笑顔で美優が腕を組んできて、

「あーん」を給食でされたりもして、

「光ちゃんはスゴいよ! 」人目をはばからずに美優が俺をほめてきて、一緒に登下校する。


 そんな日常がものすごく嬉しくて、他の男子が俺にわざとぶつかってきたりしても気にならなかった。


 美優が俺にしてきたことをネットで検索する。時には質問する。でも、答えはどれも同じだった。

【好意がある】

【好かれてる】

【そんなこともわからないなんてバカか? 釣り質問か? 】


 美優が俺のことを好き?


 そんなの幸せ過ぎて死にそう。信じられないけど信じたくて、気持ちが追いつかない。


 水戸からは毎日連絡が来ていた。内容は俺のことを心配するもの。男子が俺に嫌がらせしているのを水戸は気にしているのだ。


【松田くん大丈夫? 】

【なかなか助けられなくてごめんね】

【私が彼女を引き受けなければこんなことにならなかったよね……】


 水戸が悪いことなんて一切ないのに彼女は謝る。水戸の心がキレイ過ぎて俺はいたたまれない。


 水戸と関係を解消して美優に思いを伝える。これが正解か? やれることは全部やって悩んで、身を切るような思いで諦めるって決めたんじゃないのか?


 ある言葉が俺の心を締め付けて離さない。



 情報通の水戸も知らない織田家の事情。 

 美優の祖父はかなりの大金持ちだ。そして、あのじいさんはヒッソリと孫娘を溺愛している。


 中学に入る前のあの日、美優は誘拐されかけた。美優のお母さんは実家とは縁を切っているけど嗅ぎつけられたらしい。


 一緒にいたのは俺、声を出すことも、守ることもできなかったのも俺。


 俺は隣にいた美優が連れ去られるのをただ茫然と見ていた。

 2人組の男の片割れが俺に手をかけようとしたとき、美優は必死に拘束を振りほどいて俺を庇ったのだ。俺ができたのは「美優っ!!! 」と叫ぶことだけ。

 通りがかった圭吾が腹から声を出して助けを呼んだことにより、美優は誘拐されずに済んだ。


 事件の1か月後、美優のじいさんは俺の家に来た。このことは美優も美優の両親も知らない。知っているのは俺と母さんだけだ。


「単刀直入に言います。孫から離れてください」


「はい? 」

 母さんは高そうなスーツを着た、いかにも大物そうな綺麗な白髪のじいさんを睨み付けた。


「あの子にはそれなりの相手を用意するつもりです。母親の二の舞はさせない。優秀な孫に見合った有能な人間を。失礼ですがご子息ではつとまりません」


「はい?」

 母さんの2度目の問い返しはドスが効いていた。殺気さえ入っていそうな。

 その隣で俺は何も言えなかった。


「この1ヶ月、勝手ながら調べさせていただいた。光太郎くん、君はとても孫によくしてくれている。努力家で孫をとても好いてくれているのもわかる。

 でも、君に美優の隣は任せられない」


 母さんが俺を見ているのがわかる。視線を感じるから。

 俺の頭は真っ白で、口の中はカラカラに乾いている。何か言わなきゃいけないのに言葉が見つからない。

 ええと……こういうときはどうしたらいいんだっけ?


「何も言わないのか? 何も言えないんだろ? 

 君は予想外の事態に弱い。柔道も実力はあるのに初対面の相手には絶対に勝てない。それがどんなに実力差のある相手でもだ。別に私は特別なことを求めているわけじゃない。娘の結婚も今は許しているし相手も認めている。経済力を問題視しているわけじゃないからだ」


 俺を見つめるじいさんの瞳は真剣で、俺は金縛りにあったように微動だにせず見つめ返す。


「私が重要視しているのは対応力。自分で考え、判断し、行動する力だ。

 厳しいことを言うが君にはそれが欠けている。それでは美優は守れない。今回のことで自分でもわかっているんじゃないか?」


 図星過ぎて心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。


「このまま孫を想い続けても、美優は君を選ばないだろう。たとえ選んだとしても、それでは美優は幸せになれない。持っている人間には醜い欲望も集まるからな。

 心からあの子が好きなら離れてくれ。それができないのなら、それは君が美優のことを本当に好きじゃないということだ」


 俺は何も言えず動けなかった。

「突然やってきて失礼した。私がここに来たことはあの子たちは知らない。ボディガードを内密につけるようにしたから今後の警備は心配いらない」

 そう言って、美優の祖父は帰っていった。



『本当に好きなら離れる』

 俺の心に呪いのように刻み込まれた言葉は、今も俺を締め付けて離さない。


 考えても、努力しても、柔道で勝てないのは変わらなくて。

 剣道でもそれは同じで。

 それでも美優は可愛くて、愛しくて、守りたくて。


 俺は彼女から離れることを決めたんだ。


 だって、俺は美優がめちゃくちゃ好きだから。

 美優以上に好きになれる相手なんてきっと一生現れないから、水戸を利用してでも離れようとしたんだ。


 考えて決めたことなのに、結局俺は動けない。選べない。

 どっちつかずのクソだ。あの日から何も成長できていない。


 暗くなった窓の外からドォンと花火の音が聞こえ始める。美優にも水戸にも【熱が出た。ごめん、いけない】メッセージを送ってある。


 スマホの画面が光り振動するのと、インターフォンが鳴ったのは同時だった。

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