陰キャチート非モテ転生者の嫁s

 アタシは冒険者が好きだ。

 ギルド長の娘として産まれ、冒険者と身近に接することのできる環境で育った私の側には、何時だって冒険者の姿があった。

 冒険者っていうのは、モンスターの討伐やダンジョンの踏破を生業にしている。それは歴史に残るような大型モンスターを討伐し人々を守ったり、誰も脚を踏みれたことのない秘境に到達するような、後世に語られる偉業を成し遂げるすごい存在だ。


 アタシはそういう、過去の冒険者の大冒険が大好きだった。お父さんや、ギルドのスタッフの人が語ってくれるそういう冒険譚に目を輝かせながら育ってきたのが、アタシという少女だ。

 だけど、冒険者という存在においてアタシが一番好きだったのは、


 冒険者が自由であるということだった。


 誰にも縛られることなく、探究心という誰の心にも存在している感情のままに世界の未知を詳らかにするそのあり方は、まさしく自由という言葉がもっともふさわしいとアタシは思う。


 ――でも、現実の冒険者はそんなアタシの想像する冒険者とは、少し違った。


 確かに、冒険者は自由だ。ギルドに所属さえすれば誰でも冒険者を名乗ることができ、依頼をこなすことで自分の力で生活をよくすることができる。

 色々な人が色々な理由で冒険者になって、大成する人もいれば道半ばで挫折する人もいる。

 そういう成功と失敗の裏表もまた、冒険者の醍醐味かもしれない。


 だけど、派閥という柵に縛られるのが正しい冒険者の姿なのだろうか。

 幼いアタシはそう考えてしまったのだ。

 もちろん、派閥というのは言ってしまえば冒険者の相互扶助を助長するシステムで、決して悪というわけではない。冒険者がパーティを組むのは自然なことで、それをより大規模にするのは当然の成り行きだろう。


 でも、そんなの幼い子どもには関係ない。現実と理想の区別がついていなかったアタシは、流石に冒険者の前でそれを口にすることはなかったけれど、内心ずっとそういった感情を抱え続けていたわけだ。



 ――そんな時に出会ったのが、ユイトという一人の冒険者だった。



 幼いアタシの日課は、冒険者観察だ。ギルドの受付のすみっコに陣取って、ギルドの中を行き来する冒険者を、ぼーっと観察するのである。

 特に意味は無いけれど、それでも習慣になっていたことだし――こうしている間はアタシが静かにしているので、周りが止めなかったこともあり――アタシは何時だって、そうやって冒険者を観察していた。


 多くの冒険者は、徒党を組んで行動する。会話の内容は、半分が今日こなす依頼についてのことで、もう半分が自身の所属する派閥に関することだ。

 前者はともかく、後者の話題がアタシは好きではなかった。そんな中に一人だけ、派閥の話をしない冒険者がいた。


 それがユイトで、ユイトが派閥の話をしないのは当然だ。だってユイトは、常に一人だったんだから。


 今どき、一人ソロで冒険者をするのは珍しいどころか、ほとんどありえないことだ。

 冒険者が派閥を作っているのは、冒険者でなくとも知っているこの世界の常識で、現代の有名な冒険者とは、個人ではなく派閥を指すのだから。


 だから、冒険者志望は目標とする派閥に入ることを目的にギルドを訪れる。

 だっていうのにユイトは、派閥に所属するどころか、ギルドのスタッフから「どの派閥に所属するのか?」と話を振られた時に、派閥に入ることは考えていないと遠慮して見せたのだ。

 それが、アタシが初めて見た「ユイト」だった。


 ――それから、ユイトは派閥に入ることなく冒険者になった。最初のウチは、勝手がわからずどこかで怪我したりして冒険者を諦めるか、下手をすると死んでしまうかもしれないとスタッフには思われていた。

 しかし、ユイトは思った以上に堅実に――それこそ、冒険者が見向きもしないような採取の依頼なんてものを最初に選んで――依頼を達成していった。


 採取の次は、ゴブリン。ゴブリンの次は、初心者の練習用ダンジョン。その次は――

 ユイトは、そうやって少しずつ依頼をステップアップさせていく。ただ、ステップアップと言っても段階はへんてこだ。普通、採取なんてやる前に初心者用の練習ダンジョンで冒険の感覚を養うし、ゴブリンの討伐なんてそもそも受ける冒険者がほとんどいないような、不人気依頼だ。

 ただ、難易度の順番としては決して間違いではないとアタシは思う。なんというか、この世界の常識とは全く違う、ユイトだけの基準で依頼の難易度を判断している。

 そんな感じだった。


 つまりそれは、ということの証明である。

 もしも、派閥に所属してユイトみたいな依頼の選び方をすれば、その時点で失笑され落ちこぼれの烙印を押されるだろう。

 それくらい、最近の冒険者にとって依頼を受ける順番というのはというものがあるわけで。命のやり取りが発生する職業なのだから、それも自然なのかもしれないけれど。でも、幼いアタシがそれに不満を持つことは、決しておかしなことじゃないと思うのだ。


 そうしているウチに、アタシは冒険者ではなく、ユイト個人を追いかけるようになっていた。

 ユイトは、自分の判断で選んだ依頼を順調に達成し続けていく。少しずつランクを上げて、最終的にアタシのお父さん――ギルド長が、アタシにユイトを紹介するに至ったのだ。


 こいつは、人付き合いに難はあるが、見込みのあるだと。


 多分、お父さんはアタシ好みの、アタシが理想としている冒険者を見出したから、アタシに紹介したのだろう。

 アタシが普段から、“今”の冒険者に対する不満を漏らしているからこそ、時代に逆行するような冒険者であるユイトに目をつけたのだ、とも。


 ああ、でもお父さん。

 アタシはその時、口には出さなかったけれど、こう思っていたんだよ?



 そんなの、とっくの昔に知ってるっての。



 ……って。

 言わなかったのは、お父さんがユイトを見出してくれたのが嬉しかったから。

 でも、それはユイトが冒険で結果を出して、ランクを上げたからお父さんの目に止まっただけのこと。アタシの場合はそうじゃない。

 たとえアタシは、ユイトが冒険者として一流になれなくっても、ユイトから目を離さなかっただろう。ユイトには他の人にはない特別な力があって、いずれその力で世界を変えてしまうわけだけど。


 アタシは、アタシだけは――ユイトのそういう特別なんて関係なく。

 ユイトの自由な生き方に、それを貫こうとするあり方に、心惹かれていたんだから――――




 私は特別な存在です。

 魔王の娘という、この世界に混乱をもたらす悪の親玉の血を引いた世界で唯一の存在として産まれてきました。

 それは決して、私が望んだからというわけではなく。

 ましてや、私は父のような世界に敵対するような存在になりたいわけでもありませんでした。


 ただ、当たり前に生きて、普通に生きれればそれでよかったのです。

 ですが、それを周囲は――そして何よりお父様は許してはくれませんでした。


 世界を敵に回す父に取って、部下ですら心許せる相手ではなく。私ですらもお父様の大切な存在にはなれなかったのです。

 お父様にとって私は、いうなればスペア。世界を壊す存在である自分の身になにかが起こった時、その後を引き継ぐための駒でしかなかったのでしょう。


 だから私にその意志がないと知った時、お父様は何の感慨もなく私を捨てたのです。

 そうして私は、奴隷という立場になりました。

 流石に私という存在は特別な立場だったのか、劣悪な環境に置かれることはありませんでしたが、その分私は鎖に繋がれたまま、永遠に牢獄へ閉じ込められることとなったのです。

 どれだけの時間が経ったのかわからないほどに時間が経ち、ただ与えられる食事を口にするだけの存在となった私は、しかしこうも思いました。


 これは仕方のないことなのだろう、と。


 特別な存在とは、その特別さ故にその特別さに縛られ、身動きが取れなくなるものだと思ったのです。世界の敵であることに囚われた父がそうであったように。

 私もまた、私の特別に囚われたまま朽ちていくのだろうと、そう思っていました。



 ユイトと呼ばれる人間が、私を救い出すまでは。



 ユイト様は冒険者でした。いくら魔王の娘という立場であっても、“Sランクの冒険者”という肩書が、人類の英雄とイコールであることくらいは、私にもわかります。

 そんな方が私を助け出した以上、そこにはなにかの意味があるのではないかと考えるのは、果たして不思議なことでしょうか。


 結果から言えば、そこに大きな意味などありませんでした。

 ユイト様は、言葉少なに私を助けたことを成り行きだと応えました。助けることが目的ではなく、たまたま助けることになっただけだ、と。


 ――理解できませんでした。

 ユイト様には世界を一人で変える力があって、実際彼はその力で私を囚えていた組織を滅ぼしたというのに。それだけの力があるならば、その力に縛られて“特別”であることを定められているのが当然ではないかと私は思ったのです。

 それともまさか、ユイト様はそんな特別を放棄して、自分の思うがままに力を振るう。そんな――お父様よりも魔王じみた存在なのだというのでしょうか。


 ですがそれは、それではもはやそれは人とは言えません。

 災害、もしくは天災と呼ばれるような、神の引き起こした災いと何ら変わらない存在ではないでしょうか。


 結局、私はユイト様に助けられ、奴隷という身分のもと彼に引き取られました。ユイト様は私のご主人さまとなったのです。

 そのことに、私は色々と思う所もございました。そもそも特別であることに疲れ、生きることにも疲れていた私にとって、誰が主人となるかなど些末なことであったのが一番大きいのですが。

 見極めよう。そういう思いも心の何処かにはあったのかもしれません。

 そうしてご主人さまと暮らしわかったことは――



 ということでした。



 確かに、ご主人さまには力があります。Sランクの冒険者となり、世界を変えるほどの力が。

 ですがご主人さまは、積極的にその力で他人と関わろうとしなかったのです。私を救ったことも、私を奴隷にした組織を破壊したことも、本当にただの“成り行き”でしかなかったのです。

 はご主人さまは人付き合いが苦手だから、極力人との関わりを避けているだけだと言っていましたが。

 私にしてみれば、ご主人さまは他人と関わらないことで、誰かにとって特別となることを避けているように思えてなりませんでした。


 特別を決めるのは自分ではなく、他人です。他人がその人を特別だと思うから、その人は特別になるというのが私の考え。

 父は魔王としての力をふるい、人類と敵対したことで人類から『魔王』と呼ばれ特別視されました。

 その娘である私は、娘であると周囲から認識されることで特別視されました。


 ですが、父に見捨てられ奴隷となり、ご主人さまのもとへたどり着いた時、私はのです。ご主人さまの側に、私が魔王の娘であるということを知る方はいらっしゃいません。

 ご主人さまを敬愛しているは私を同志と呼んで、対等な関係で接してきます。

 故に私はこの時、特別な存在である『魔王の娘』から、特別な存在ではない『ご主人さまの奴隷』となったのでした。



 そしてこの時から、私の中でご主人さまがへと変わっていったのです。



 ご主人さまはこうも言っていました。自分は特別な存在などではなく、自分の力もある意味のようなものなのだと。

 ですが、だとしても、ご主人さまにその力があったからこそ、私は救われたのでしょう。

 ご主人さま以外の誰かにその力が宿っても、きっと私は救われなかった。

 だって、傷ついた私の心を救ったのは特別な誰かではなく、誰にとっても特別ではない、ご主人さま――ユイト様というただ一人の人間の意思によりものだったのですから。




 ――ギルド長の娘は、ユイトにチートがなくともユイトに心惹かれていただろう。

 ――奴隷少女は、チートを手にしたのがユイトだからこそ、ユイトに心惹かれたのだろう。


 だから、この世界においてきっと彼女たちがユイトを好きになったのは必然だったのだ。


 ユイトは異世界に転生し、陰キャで非モテなオタクから、そうではない存在へと変わるチャンスを得た。その中で彼は“モテる”ことが非モテ陰キャの対極と考え行動を起こす。

 そして、陰キャの非モテオタクにとって、からして。だから彼はハーレムを望み続けた。

 つまり、変わろうとし続けたのだ。


 結果はどうアレ、その過程において、彼は二人の少女との出逢いを果たす。


 確かに非モテの陰キャがチート転生者になったからといって、誰からもモテるわけではない。だが、その中でも行動することを、変わろうとすることをやめなければ、周囲や環境は変化するかもしれない。


 大賢者ユイトは魔王を倒し、世界を救った。


 だが、彼の中で起きた変化は、そんな歴史に名を残すような大偉業ではなく。

 きっと――もっと身近なところにあったのだろう。

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陰キャがチート転生者になったからって、モテるわけじゃないと俺は学んだ。 暁刀魚 @sanmaosakana

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