陰キャチート非モテ転生者(終)
ユイトには三人の理解者がいる。
一人は、彼を重用し、色々なしがらみから彼を守りながらもSランクの冒険者にまで導いた“ギルド長”。
ユイトはたしかに目立たないし、ハニートラップをことごとくスルーする鉄壁の陰キャ力を有する。だが、それにしたってもしもユイトに関わったギルド長が私欲のために動く人間だったら、もう少しユイトに関する干渉は増えていたはずだ。
ギルド長はユイトに対人関係で難があることを、長年の経験から即座に見抜いた。その方向性が周囲から距離を取るタイプだったことから、周りの影響でユイトがダメになることはないだろうということも見抜いたが、それでも一計を案じた。
ユイトの存在を周囲に知らしめなかったのである。普通のギルド長ならば、ユイトのことを喧伝し周りに自分の功績だと吹聴したかもしれない。
だが、このギルド長はそうしなかった。
結果としてユイトは、有名になるまでの間を一人で過ごすことができたし、そうすることで女性との出会いこそなかったものの周りに悪感情を抱かずに済んだ。
もちろん、ユイトが女性との出会いを求めていることはギルド長も把握していたが、それでも変な女にのめり込むよりはずっとマシだと、そう考えたのである。
そして、ギルド長はそんなユイトを慕う女性に心あたりがあった。
当時八歳になる、自分の娘である。
そんな幼い娘になんてことを……と思うかもしれないが、ギルド長と出会った当初のユイトは当時まだ十二から十三程度の若造である。
年の差は五歳程度。異世界の常識で考えなくとも、十年後、二十年後ならばごくごく普通の年の差だ。
ユイトは女性――というか人とのコミュニケーションを苦手としていたが、唯一例外があった。幼子である。これはユイトがロリコンだからというわけではなく、むしろ逆。
女性として意識しない相手だからこそ、気兼ねなく付き合いを持てたというわけだ。
そして、ギルド長の娘はユイトに対して非常に懐いていた。
母親を幼くして亡くした娘にとって、ギルドというのは自分の家のようなもの。しかし、そんな家を利用する多くのモノは、荒くれ者や如何にも強そうな冒険者である。
スタッフは自分に優しくしてくれるが、冒険者にとってギルド長の娘は「いないもの」と同義だった。そんな中、唯一優しくしてくれたのがユイトであり――なによりユイトは冒険者ギルドにおいてもっとも娘と年の近い冒険者だった。
常に冒険者のことを間近で見てきていた娘にとって、冒険者は憧れの存在であり、ユイトはその中で最も身近な存在だった。
何かあれば、常にユイトのそばにピッタリとついて歩く娘を、ユイトもまた妹のように大切に接した。そうする中で、娘の中にユイトの存在がどんどん大きくなるのは無理からぬことである。
娘にとって幸運だったのは、そんな中でユイトが自分のことを「妹のような存在」として意識し続けていたことだろう。
普通それでは、恋愛はうまく進まないと多くのものは思うかもしれない。
だが、ユイトの場合はそうではないのだ。下手に「女性である」と意識してしまうとそのことが枷になって、相手との間に壁を作ってしまうのが陰キャオタクであるユイトの生態だ。
女として成長し、ユイトがそれを意識する前に刈り取る。それこそが対ユイトの必勝法。
妹としての立場のまま成長した娘は、ユイトとの出会いから十二年後。
二十歳。この世界において適齢期とされる年齢になったその日の夜に、一息にユイトを自分のものにしたのである――
そして、三人目。
ユイトが助け出した奴隷少女。彼女こそがユイトの三人目の理解者であり――ユイトに本気で恋をした二人の少女のうちの一人であった。
奴隷少女には秘密があった。
魔王の娘であるという秘密が。
人々を害し、世界に混乱をもたらす魔王は、魔族の頂点であると同時に魔族という存在の中でも最も悪辣とされる存在であった。
その矛先は時に、同族であるはずの魔族にすら向けられていた。故に、魔王はこう考えたのだ。「いつ、魔族が娘を旗頭に自分を攻撃するかわからない」と。悪辣な魔王は、猜疑心まで持ち合わせていた畜生だったのである。
かくして、この世界にはびこっていた人類の“悪”を介して人の世界へと追放された娘は、奴隷として闇に葬られるはずだった。
そんな時に、ユイトが彼女の前に現れたのである。
紛れもなく、それは救済だった。
ユイトは助け出した奴隷を、正しく面倒を見てくれる組織へ預け、最後に行き場のない自分を引き取ることになった。誘拐された奴隷は、きちんと故郷へ返されるのだが、奴隷少女だけは故郷がわからなかったのだ。
少女が頑なに故郷を口に出さなかった、というのもあるが。
ともあれ、そうしてユイトの屋敷へと奴隷少女はやってきた。最初のウチ、奴隷少女はユイトを警戒していた。少女を地獄から救い出してくれた恩人でこそあるものの、どうにも「壁」を感じるからだ。
ユイトのほうが、少女に遠慮しているのである。
仮にも奴隷の主人なのだから、少女を好きにしてもいいというのに。
その理由は、ユイトの邸宅を度々訪れる、幼い少女が教えてくれた。
ギルド長の娘である。
ユイトは人付き合い、特に女性とのコミュニケーションが苦手なのだ、と。何か裏があるのではないかと警戒していた奴隷少女にとって、その事実はあまりにも想定外のもので――
――そして、可愛らしいものだった。
アレ程の力を持つ賢者が、女性が苦手だというのだからおかしな話で。
だというのに女性との出会いがほしいというのは、あまりにも人間臭い話だ。それまでまったく人間性を垣間見ることのできなかったユイトという存在が、一気に自分と同じ――種族こそ違うけれど――生きている存在なのだということを認識させてくれた。
それから、おっかなびっくり主人としての命令を出すユイトに、積極的に奴隷少女は応えた。この人は一人でも生きていけるが、それでも自分はこの人を放ってはおけないのだと。
五年。それだけの時間をかけて、奴隷少女はゆっくりとユイトの隣に立つようになった。
もちろん、男女の関係になってずっと側にいたいという気持ちもあったが、ギルド長の娘とのとある「計画」のため、奴隷少女はユイトとの契約が終わった五年目に、一度彼のもとを離れた。
そして、彼がこの五年間、予てより準備していた異種族との友誼――もとい、人外少女との出逢いを裏から助けるべく、動きだしたのである。
結局最後まで、奴隷少女は自分が魔王の娘であることを周囲に明かさなかった。
どれだけユイトが愛しくても、ギルド長の娘が自分に優しくしてくれても、自分が人とは違う存在であることを周りに明かすことが怖かった。
ずっと秘密にしたままでもいいと、そう思ったからでもある。
ギルド長も言っていた。人は己のすべてを相手に打ち明ける必要など無い、と。ギルド長の場合、奴隷少女の正体に何となく気づいていたかもしれないが、それは奴隷少女にとっては関係のないことだ。
そうして魔王をユイトが討伐した時、再び奴隷少女はユイトと相対した。
魔王の娘として、ユイトによってすべての柵から開放された――ユイトに恋する一人の乙女として。
その後、ついにギルド長の娘と奴隷少女は計画を実行に移した。
ユイトは女性が苦手だ。女として相手を意識することが苦手だ。だが、一度懐に入ってしまえば、一線を越えてしまえば流石に相手のことを意識して、正面から対応することもできる。
それが、ユイトにとっても身近な存在であればなおさらだ。
かくしてユイトをギルド長の娘はいただいて、二人はここに結ばれた。
しかし、娘はとても強欲だった。幸せは自分だけで手にしていいわけじゃないと、本気でそう考えたのである。
ギルド長の娘は、奴隷少女と結託してユイトを襲った。
一度自分が一線を越えれば、ユイトは警戒しなくなる。後は奴隷少女の思いをきちんとユイトにぶつければ、善良なユイトはそれを無視することはできない。
娘がそれを許容しているのだからなおさらだ。
ギルド長の娘と奴隷少女が出会ってから、互いが互いに、ユイトが好きだと理解し合ってから。長年温め続けてきたその計画は成就され。
――かくしてここにユイトは二人の少女を娶り、彼自身の思い込み。陰キャオタクはチート転生者になってもモテないという考えを、払拭することとなるのである。
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