陰キャチート非モテ転生者(裏)

 大賢者ユイト。

 その男は世間からそう呼ばれている。

 Sランク冒険者にして、救世の英雄。この世界に混乱をもたらした魔王を討伐した賢者であり、一人でこの世界のパワーバランスを崩すと言われるとんでもない存在だ。


 そんな彼には、ある特性が存在した。

 のである。冒険者として登録し、Sランクという地位を手にしているもののそれはあくまで単独での依頼達成の成果であり、決して派閥の推薦や政治的な理由でその地位を手に入れたわけではない。


 ただただ純粋に強かったから、冒険者の頂点にまでたどり着いた。

 そんなこの世界の歴史を紐解いても例を見ない、特異な立場の人間だった。


 もちろん、それほどの強者ならば自分の派閥に組み込んで他の派閥との勢力争いに利用したいと考えるものは大勢いる。

 だが、それができなかった理由が二つあった。

 ユイトが印象に残らない顔をしていたからだ。どことなくぼんやりとしていて、のっぺりした顔立ちのユイトはとにかくこの世界では目立たない。

 見た目が極端に悪い訳では無いが、この世界の美的センスからすればイケメンと認識されることは絶対にない顔立ちをしていた。――無論、その価値観は現代にも言えるのだが。


 だから、ユイトがユイトであると派閥の人間は認識できなかった。実際に相対してみると、噂される実力に反して『平凡』という印象を抱くのもよくなかった。

 そうこうしているうちに、ユイトは単独でのAランク到達という今まで誰も成し遂げなかった偉業を達成し、派閥の“下”に組み込むことが不可能となった。

 派閥がユイトを取り込む方法は二つ。派閥ごとユイトの下について頭を垂れるか、ユイトを完全に対等な“身内”として取り込んでしまうかの二択である。


 前者は論外だ。そんなことができるプライドの低さなら、自由を名目として謳う冒険者家業で、派閥による勢力争いなど発生していない。

 後者に関しては、方法としては“アリ”な選択肢だった。身内として取り込むということは、ユイトと恋仲、もしくは夫婦になることで既成事実を作るということ。

 名目上、派閥は相互扶助の集団である。そこに情を理由に参加しても建前上それを咎めることは不可能だ。


 だが、残念ながらこれも失敗に終わった。

 有り体に言ってその方法はハニートラップである。ユイトは生粋の陰キャオタクだった。いきなり美人な女性に言い寄られて、それを素直に受け取ることができなかったのである。

 彼にとって女性との出会いは、向こうからいいよって来るものではなく、窮地を助けたことによる吊り橋効果などで、「フラグ」が立つことを言う。


 オタクというのは厄介なもので、自分に都合の良い女性との出会いを恋愛と考える傾向があり、残念ながらユイトもその例から漏れなかった。

 というより、対人関係において地の底以下の自己評価であるユイトにとって、女性にチヤホヤされるということがいまいち現実として受け入れ難かったのである。

 きっと彼女たちは自分を利用するつもりなんだ、そう考えて“出会い”にカウントすらしないのは、いっそもはや女性に対して関わる気があるのかというレベルだ。


 ――まぁ、実際ユイトの考えは当たっているのだが。


 ともかく、冒険者が派閥にユイトを取り込むことは失敗した。せめてユイトが自分で派閥を作ると言い出せば、スパイを送り込むこともできただろうが孤高をヨシとする――ようにしか周りに見えなかった――ユイトは派閥を作ることもなかった。

 そのままSランク――世界的な英雄に与えられる称号、一般的に冒険者とは隔絶した地位にあるとされる――の称号を与えられ、冒険者はユイトを諦めざるを得なくなった。


 そして、そこで変わるように現れるのが「国」である。

 当たり前といえば当たり前だが、個人で世界のパワーバランスを左右できる存在は危険だ。排除するか、自分の勢力に取り込むかの二択を国は判断しなくてはならない。

 そして残念ながら前者は不可能だった。それだけユイトが強かったのである。世界に混乱をもたらす魔王が二人に増えても困るだけ。

 世界の各国はユイトを自国に取り込むべく動き出した。



 ――が、概ね冒険者派閥と同じ理由で失敗した。



 そんな時である。

 ユイトがとある犯罪組織を攻撃したのは。

 その組織は、奴隷販売、薬物販売、他にも様々な犯罪を手広く行う言ってしまえばこの世界の「癌」のような存在だった。しかし古い歴史を持つその組織は国の中枢にも浸透しており、百害あって一利すらない存在でありながら排除は実質不可能と言っていい存在だった。

 それを攻撃できるのは、どことも繋がりを持たないクリーンな存在であるユイトだけ。


 しかしなぜ、いきなりこの時期に?

 不思議に思いながらも各国は考えた、「ユイトは生粋の善玉である」と。それまで多くの政治的なアプローチを退けてきたのも、ユイトが潔癖なまでの善性を有していたのだとすれば納得がいく。

 犯罪組織への攻撃も、その一貫だとすれば当然だ。


 そして、ユイトと犯罪組織、二つを天秤にかけたとき国はユイトの方を選んだ。世界中にはびこって甘い蜜を吸うだけの犯罪組織と、手に入れれば世界のパワーバランスの頂点に立てる存在。どちらを選ぶかは考えるまでもないことである。


 かくして世界は、こぞって犯罪組織の攻撃を始めた。

 あちこちで同時多発的に起きたこの犯罪組織討伐事件は、ユイト争奪戦の様相を呈したこともあって、瞬く間に解決へと向かった。

 わけもわからないまま数百年に渡る長い歴史に幕を閉じることとなった犯罪組織には同情するが、そもそも数百年の間働いた悪事と考えれば、因果応報以外の何物でもなかった。


 こうしてユイトに対する“ご機嫌取り”は無事成功したわけだが――――



 それから五年、ユイトは拠点としている街の屋敷に引きこもり、表舞台から姿を消す事となる。



 世界中がその時、思いを一つにした。「どうして――――」と。


 だが、五年が経ったある時、その“引きこもり”の理由を全世界は知ることとなる。

 五年後再び表舞台に姿を見せたユイトは、精霊の里と呼ばれる場所に訪れ、そこに住まう精霊たちを助け友誼を結んだ。

 各国がその意図を測りかねているうちに、ユイトは続けざまに魔界、天界とも友誼を結ぶ。


 魔界と天界は、この世界を挟んで表と裏に存在する異界と呼ぶべき場所。

 互いに不干渉を是とし、人間界たるこの世界に影響を与えることはなかったが――彼らの協力を得ることは、ある大事業をなす上で必須の行為だったのだ。


 最後にユイトは竜の里を訪れ、こちらもまた友誼を結ぶ。そして、それを察知したかのようにこの世界に混乱をもたらす存在、『魔王』が動きだしたのだ。

 魔王。人とは異なる種族。魔族として産まれたその強大な存在は、人間の攻撃を通さなかった。

 魔王を倒すために必要なのは「精霊の涙」と「竜の鱗」。それを天使と悪魔、更には人間の魔技師が協力して錬成することのできる特別な武器が必要だった。


 そう、ユイトはその準備を魔王が気がつく前に終え、魔王の討伐に打って出たのだ。


 激しい戦いの末、魔王は敗れた。

 ユイトは名実ともにこの世界を救った賢者となり、もはやその名声は、一つの国にとどめておくことすら不可能になった。

 あの五年間の沈黙も、全ては魔王を討伐するためのもの。


 そう、ユイトはこの世界を救うために神が遣わした救世主であったのだ。俗事になど目もくれず、人の世の悪を砕き、秩序を取りもどす。

 彼はそのためだけに現れたのだ。


 彼を自分たちの勢力に取り込もうなど、あまりに身勝手な話だったのだ。

 そんなことに興味を示さないユイトの立場からすれば、あまりにも自分たちの行動は滑稽で愚かなものだっただろう。


 人類は反省した。

 私欲を滅し、世界を救った大賢者ユイト。

 その生き方に信仰を見出し、新たな秩序の柱として祀るのだ。ユイト自身はそれを受け入れないだろうが、そうすることこそが人類の新たな道なのだと信じて――――




 ――――それから少しして、ユイトが拠点としている街のギルド長の娘、そして自身が討伐したはずの魔王の娘と結婚するという話が、全世界に広がった。




 人々は思う。

 「何で――――」と。

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