12.光
それから二十年の間、僕達はあの図書館に何度も何度も通った。僕はアリアさんととても仲良くなって、近況報告がしてもらえるくらいにはなっていた。当時結婚したって話を聞いてから、妊娠、子育て、いろんな話を聞き続けている。
リックはあの胡散臭いって言ってた本を読んで何か気付きを得たのか、それ以来小説に限らず様々なジャンルの本を読んでるみたいだ。多分僕の体の仕組みとかどうでもよくなって、自分のループの切り方みたいなのを探し始めたんだと思う。まあリックもリックで大変だしな、と野放しにしてる。
今日も僕は似たような話を探していつもの本棚にいた。なんだか空いている本と本の隙間が気になって覗いた時、ちょうど向こう側から光が差し込んだ。
「……あ」
その目元にはどこか既視感があって動けなくなる。普通棚の向こうの人間と目が合ったってすぐ逸らすだろうに、なぜか向こうも動かなかった。ぐるぐると考えているとその人が先に動き出して、どうしてか僕の所に来た。
「あの、もしかしてレンさんじゃないですか?」
「っああ! もしかしてアリアさんの息子さん?」
既視感はアリアさんだったか。言われてみればすごくそっくりだし、やっぱりイアンにしか見えない。いつだかに考えていた想像が現実になったんだなぁ。その子はスラッとしていて、身長が大体五フィート九インチくらいだろうか? 平均的な高さだろうけど何故か高く感じさせる。体のバランスがいいのかな? 顔つきはアリアさんに似て切れ長の目なのに穏やかに見える。多分美青年の部類に入るだろうな。
息子さんは僕に会えてそんなに嬉しいのか、とてもキラキラした目を僕に向けてくる。
「母さんからよくお話を聞いてたんです、優しくて話の面白いお兄さんがいるよって。見た目が聞いてた通りだったからそうじゃないかと思って……」
彼は僕に迷惑をかけたと思ったのか申し訳なさそうに顔を俯かせる。むしろ僕の方こそ君の期待に応えられるようなやつか自信がないんだけど、とにかく彼に少しでも元気になってほしくて色々と話を振ってみることにした。
「そうだ、君の名前は? 君の話はたくさん聞いてるけど名前は聞いた事がないかもしれない」
「ルークです。明るい子になってねって気持ちを込めたって言ってました」
「名前通りになれたかい?」
「ご想像にお任せします」
ふふ、と笑みをこぼすルークくん。良かった、笑ってくれた。それに安心して僕も少し笑ってしまう。それからはお家での話やお友達との話、どんな本が好きだとか、たくさん話をした。僕らが飽きるほど読んできたような話が好きだというから、おすすめを教えてあげるととても喜んで「今度感想を伝えます!」と言ってくれた。
気付けば僕らは日が傾いて地面についちゃうくらいまで喋り続けていて、知らない内にアリアさんとリックが横にいた。
「どれだけ話し込んでるんですか。僕達がこの席に来てから三十分は経ちましたよ」
「あらあら、一時間じゃないかしら?仲良くなれて良かったわね、ルー」
アリアさんにそう言われて嬉しそうにするルーク。リックは呆れていて、あれは何か奢らされそうだ。
「待たせてしまってすみません! ルークくんも、引き止めてしまってごめんね?」
「いえ! 僕こそすみません。またお話ししましょう!」
「二人が許しても僕許してないですからね」
「悪かったって、なんか奢るよ」
アリアさんとルークくんにも「飲み物でも奢りますよ」と言うと、アリアさんはすごく乗り気で返事をしてくれた。
その後四人で飲み物を買いに行って、リックはアメリカーノを、アリアさんはモカを、ルークくんはラテを頼んだ。親子揃って甘いのを飲んでて微笑ましい気持ちになる。すごく幸せそうに飲んでくれるから奢った甲斐があるってものだよな。
飲み終わった後、二言くらい喋ってから別れていつも通りの空の旅に出る。
もう暗くなり始めた空の中、森の上を飛んでいる時にリックが聞いてきた。
「すごい仲良くなってましたね、あれイアンさんですか?」
「うーん、多分。アリアさんを見た時も似てるなーって思ったし、イアンじゃないかなあ」
でも正直、リアムの時ほど確証がない。先にアリアさんと知りあってたからっていうのもあるだろうけど。そう伝えるとリックも納得したのかそれ以上は聞いてこなかった。
それからまた数日本を読み進めるだけの日々が続いて、今日、また図書館に行く。今回こそはイアンかどうかを確かめようと密かに決意を固めて、リックを抱えて空に飛び立った。今日はやけに風が強いなぁ、なんて思ったのがやけに印象に残っている。
飛び始めて十分くらいしてからだったか、特になんの前触れもなくリックは突然質問を投げかけてきた。
「そういえばルークくんでしたっけ? あの子がイアンさんだったらどうするんですか?」
そうだ、僕の目的はイアンと心中する事。なのに僕はイアンと出会った時のプランをいまだに考えていなかった。それを言われて思い出して言葉に詰まってしまう。
イアンだとしたら……でもルークくんにイアンとしての記憶はない訳で、彼にも彼なりの人生がある。アリアさんという素敵なお母様がいて、本が好きで、お友達も多い。そんな彼を記憶もないまま僕の身勝手に付き合わせるわけにはいかない。
「とりあえず記憶を取り戻してもらいたいかな……イアンとしての記憶が戻ってからでないと、どうにも」
「……まあ、そうですよね」
リックは賢いから僕が少し言い漏らしたとしても大抵理解してくれる。きっと、僕の考えてる事や気にして悩んでる事もお見通しなんだろう。でもイアンもたまに僕の考えてる事を言い当ててくる事があったな……それに、僕はイアンの事なら大抵理解できたつもりでいる。どうして分かったんだったかな……。
そんな風に考えていたら図書館の前に着いていて、ぼーっとしながら裏手に降りる。図書館に入れば今日はアリアさんが受付でバチっと目が合った。話したかった人が見えて嬉しくなり会釈をする。
「こんにちは、そろそろ来ると思ってたわ」
「アリアさんには敵わないですね。これ、返却お願いします」
本を渡せばアリアさんは手慣れた手つきで返却の流れを済ませ僕らに言った。
「そういえば今日ルークが来てるの。良かったらまた相手してやってくれる?」
「もちろんです! この前もすごく楽しい時間になりましたし、今日も会えるか楽しみにしてきたんですよ」
そう伝えるとアリアさんは嬉しそうな顔をして僕達を館内に送り出してくれた。リックとはすぐに分かれていつもの棚に行けば、そこに探していた影はあった。
「あ、レンさん! こんにちは!」
彼は僕を見つけるなり、それはもう花でも咲くんじゃないかってくらい明るい顔で駆け寄ってきた。僕もそんな彼が可愛らしくてつい釣られて笑ってしまうんだけど。
僕の元に着くなりこの前教えた本の感想を教えてくれる。あの本のこのキャラクターの心情描写がよかった、この風景描写が良かった、あそこと、ここと、って子供みたいに必死に伝えてくれるもんだからつい頭を撫でてしまう。しまった、と思った時には彼の矢継ぎ早な声も止まっていた。
「あ、いや、つい親戚の子供を思い出しちゃってね。嫌だったよね、ごめんね?」
そう謝りながら彼の顔を覗き込めば、彼の顔は何故か真っ赤になっていた。いや、なんで? 赤くなる要素あったっけ?
一人困惑していると焦ったようにルークくんが声を上げた。
「あの、頭撫でられたのが久しぶりで、嬉しくなっちゃって! すみません……!」
恥ずかしそうに顔を手で覆いながらそう言ったルークくん。まあ喜んでもらえたならいい……のかな。どうしていいか分からずに見つめていると、「そういえば」と僕が一番聞きたかった話を始めてくれた。
「あの、なんか教えてもらった本を読んでたら、おかしな話なんですけど既視感を感じて……ティムさんは……っあれ?」
彼の口から出るはずのない名前を聞いた時、僕の時が止まった。彼は自分の口が勝手に動いたみたいって驚いてる。まさかリアムが言ってた、あの言葉を本当に……?
たったひとつの 瑞奏 @mizuka_2713
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