11.どこか重なる人
三冊のどれを読んでも悪魔の倒し方や悪魔の終わりについてがなかった。それはつまり、悪魔は死ねないかもしれないって事だろう? でも悪魔じゃないなら、今よりは死ねる可能性がある。そもそも怪我をしたことがなかったから自然治癒があるのかも分からないし。
怪我が瞬時に治ったりしないのであれば死ねる可能性はだいぶん上がるだろう。死ねるのであれば別に自分の存在が何かなんてどうでもいいし、暇つぶしに調べる程度でいい。そう思ってリックに刃物を借りた。
「掃除面倒なんでキッチンでお願いします」
普通もうちょっと驚くだろうに、まあリックにリアクションを求めるのも見当違いってものか。そんな事を考えながら指先に鋼を押し当てて引く。もちろん切れ味の良いものだったので薄い皮は簡単に裂けた。そこからは想像通り見慣れた赤い液体が流れ出てくる。一秒、二秒…………三十秒経っても指先に変化はない。つまり、僕は悪魔なんかじゃなかったんだ。喜びで頬が緩んでいるのが嫌ほど分かる。リックに見られたら気持ち悪くて引かれるかも。
思ったより出血の止まらない指に布を括って止血しながら、リックのいるリビングに戻った。
「あれすごい切れ味いいね。おかげで全然止まらないよ、よく研いでるの?」
「まあそれなりに。止まらないって事は違うんですね」
みたいだね、と返事をしながらこれからについて考える。正直死ねそうだし、流石に僕の体の仕組みも十年以上あれば分かるだろうし、どう考えてもイアン待ちになる。そもそも死んですぐに生まれ変わるものなのかも分からないし、そうだとして十やそこらのイアンに『一緒に死んでくれ』はないだろ。となると、軽く見積もって二十年近くは必要な訳だ。
こういう時に長生きって不便というか損だよなあと思う。ただ生きて待たないといけないこの時間は何回経験しても心にくるものがある。今回はどうしようかと考えていた時リックが疑問を口にした。
「でもなんで長生きできているのかが分からないといざ死ぬって時に失敗しそうで怖くないですか?最悪イアンさんだけ先に、なんて事になるかもしれませんよ」
リックは僕の心が読めるのかもしれないと思った。さっき後回しでいいと思ったのがバレているのかな……いやまさかね。
「確かにそうだね。でも他に同じ経験をしてる人がいるかも分からないのに本にして出すやつなんているかな? ましてや死ねるかどうかなんて死んでからでは筆を取れないのにさ」
「もしかしたら創作という体で出してる人がいるかもしれないじゃないですか。どうせ十年二十年かかるんだし片っ端からあとがき見て小説読むのもアリでは?」
ど正論、お見事としか言いようがない。創作として出せばそこまで異質扱いされないだろうし、魔女狩りみたいな事は起こらないだろうな。その手があったか。
「アリだな。じゃあ明日また図書館に行って借りてこよう」
話が纏まった途端にお互いどっと疲れがきて、どちらからともなくフラフラと寝室に行き、僕は毛布を借りて眠りについた。
次の日、起きた時には太陽が大分高いところにいた。リックはとっくの昔に起きていたらしく、起きたのを見るなりコーヒーと朝食を出してくれた。宿屋かここは。
「ごめん、ありがとう。起こしてくれてよかったのに」
「昨日無理言って飛んでもらったからそれで疲れたんじゃないかと思って……別に借りるだけなら時間もかからないからいいかなと」
ああ、それを気にしてたのか。そういうの気にしないタイプかと思ってたしなんなら僕が全然気にしてなかったんだけど、思ってたより人に気遣えるんだ。そう思うと途端にリックが可愛く見えてしまって、向こうもそれなりに生きているのに子供にするみたいに撫で回してしまった。
「ちょっと、なんですか」
「ははっ、いや、子供みたいにしゅんとしてるからさあ。可愛いところあるなあって」
ふふっと笑えば少し照れた表情で「しゅんとしてないです、やめてください」なんて抵抗してくる。分かんないんだろうな、結局それも可愛い事。
リックを揶揄いながら美味しいご飯を食べて、また図書館に行く準備をする。リックは僕が疲れるんじゃないかと心配してたけど、大丈夫だよって宥めて紐を結んだ。飛ぶまではずっと心配そうな顔で不安そうにしていたけど、地面とお別れしてそれなりの高さに浮いた頃には昨日のようなワクワクした顔になっていた。昨日と同じルートで図書館に向かって、入り口から少し離れた所に降りる。入り口のお姉さんにざっくりと内容を話して場所を聞けば親切にもその本棚まで案内してくれた。
そこからはリックと手分けして各々本を探し始めた。昔と比べて今は不老不死が人間の夢というかロマンみたいになりつつあって、そういった創作は想像以上にあるから思ったよりも時間が潰せそうだ。貸し出し限度の十冊はすぐに決まってリックを探していると、昨日目に留まったお姉さんがいた。
「あらこんにちは。一気に十冊も借りるなんて本がお好きなんですね」
そのお姉さんがあまりにふんわり笑うものだからリアムの顔が過ってしまって、目頭に込み上げてくる熱いものを抑えるのに必死になる。困ったな、ただの世間話がしたいだけなのに。
今にも目の際に上がってきそうなそれをどうにか抑えて、笑顔で言葉を返す。
「ええ、一度読み出すとどうにも止まらなくて。お姉さんは一気にこんなに借りた事あります?」
「まさか! ないですよ、一番多くて六冊くらいだったと思います」
面白い方ね、と笑いながら話してくれる。その姿がいつか数回だけ会った事のあるイアンのお母さんに重なって、もしそうだったらいいのにと思ってしまう。
どうせこれから何年も通うことになるんだし仲良くなっていて損はないかな。そろそろリックと合流もしたいし、今日は名前だけ聞いておこう。
「また来るので次もお話ししてくれます?」
「ええ、もちろん。あなたとのお話し楽しかったわ」
そう言われて少し嬉しくなる。柄でもないんだけどな、女性に笑いかけられて惚れるとか。いや惚れてはないけど。
「僕はレナード。レオでもレンでも好きに呼んでください」
「レナード? 素敵な名前ね! 私はアリアよ。レンって呼ぶわね」
「あなたこそ素敵な名前じゃないですか」
アリア、か。そういえばイアンも歌うのが好きだったよな……もう何を聞いてもイアンの事を思い出してしまっていけないや。
その思考ごと振り切るように、アリアさんにまた、と挨拶してその場から離れた。リックもそろそろ戻ってきてておかしくないんだけど、どこにいるんだろう? 分からないからてきとうに歩いていたら、案外リックはすぐ見つかった。
「リック。何見てるの?」
僕が声を掛けるまで気配にすら気付かなかったようで、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせて僕の方を振り向いた。
「びっくりした…………いや、なんか世界のバグ、みたいな本があって。運命がどうとか書いてあって胡散臭いんですけど、なんか関係ある気がするんですよね」
「何それ面白そう、借りていこうよ」
僕もパラパラめくって読んでみると、確かに運命がどうとか神様がどうとか書いてあった。でも悪魔とか羽が生えてるおかしな人間がいる時点で信じざるを得ないもんな……。結局その本含めて二十冊借りて、紙の重みを感じながら昨日よりゆっくり家に帰った。
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