10.新発見
「ティムさん、あの白い建物が図書館です」
いつの間に興奮が冷めていたのか、平常運転の声色でリックが教えてくれた。見えた建物は相当な大きさで、想像していた三倍、いや五倍くらい大きい。
そんな考えが伝わったのか、リックは図書館の中にある本や歴史について詳しく教えてくれた。
「ここは少し……えっと、僕の二つ前の時、八十くらいまで生きたんですけど。その人生の……三〜四十歳くらいの頃にできた図書館で。ちまちま小さい図書館を建てるよりもデカいのを一つ作って集めようって言い出したやつを先頭に作られたんです。だから本も各地のいろんな本が置いてありますよ」
なるほどなあ、リックの話を聞いてる限りでは物好きのための本も多くありそうだ。僕達が今から探すのは悪魔の生態についてと悪魔の殺し方。なかなかに骨が折れそうだけどこれだけ広ければ当たらない事はないだろう。
そっと地面に降り立ってリックを解放する。苦しかったりしないだろうかと密かに心配していたんだけど、僕の予想に反してリックはピンピンしていて早く図書館に入りたいって顔してる。
僕は紐を服のポケットにしまってから、リックに追いついて一緒に入館した。中は緑に囲まれていながらも森の切れ目で日当たりがよく明るい印象だった。リックが内装に見惚れている僕を置いて先に進もうとするから、引き止めて場所のアテはあるのかを聞いた。
「普通入り口付近には話題の本やよく読まれる本を置きます。悪魔関連の本なんて読む人も少ないし奥に置きっぱなしが関の山ですよ」
リックって結構ズバッと言うよね。正論の雨に為す術なく、僕は素直に返事をしてリックの後ろをついて回る事にした。というかはぐれたら最後、再会できない気がする。そう考えていた僕の前にいきなり現れたのは本棚で、慌てて周りを見渡しても見慣れた黒髪の姿はない。考えてた次の瞬間にそれが実現するなんてそんな事あるかよ……。
仕方がないから周りになんの本が並んでいるかを確認しながら奥へ進む。最悪来た方向は分かるから入り口で待てばいいや……と思いながら歩いていると、司書さんのような人とすれ違った。その人は女性でまだ若かったけど、なんとなくイアンに似ていたからついイアンのお母さんはあんな人かなぁなんて考えてしまう。そしたらそのイアンは無類の本好きになりそうだ。たまたま目に入った本はいかにも幼い男の子が好きそうな冒険譚で、きっとこんなのを読むんだろうなって微笑ましい気持ちになった。あと何年かかるだろうな、僕の大望まで。
「あ、ティムさんいた」
ぼーっと考えていた時に突然リックの声が聞こえた。後ろを振り向けば本を三冊ほど持っている。わざわざ内容を確認して選んでいてくれたのかな? と思って聞いてみると、どうやらそうではないらしい。
「司書のお姉さんに聞いたりもしたんですけど、今ここにあるのはこの三冊だけらしいです。そもそも悪魔って小説で描かれる事は多いですけどそれを研究しようって人が少ないらしくて、そんな本あまり見ないって言ってましたよ」
あれ、案外広まってないのか。リックの話が正しいのであれば、言い伝えでしか悪魔ってものが知られてないって事だ。そうなると、誰かが本に纏めようとするまで待つしかない。
「じゃああと十年くらいは待たないといけないかもな……イアンがいないと始まらないから、結局時間は必要なんだけどさ」
「十年ですか……ならその間に別の事を調べたり、僕達から誰かに研究するよう仕向けたりした方がいいですね」
「仕向けるって」
でも実際リックの言ってる事は正しい。仮にこのまま十年待っていたって本が出てくるとは限らないし、十年っていう人間からすれば結構長い時間を棒に振るわけにはいかない。そんな非効率的な過ごし方をするくらいなら他の人間に影響を与えて少しずつでも何かできた方がいい。人がいる場所で作戦を練るのも気が乗らなかったので、またリックを僕ごと括ってリックの家に帰ってから考える事にした。
リックは帰りも行きとはまた違った景色に見えたのかキラキラした目をしていた。僕もそんな表情に癒されながらゆっくりと家路を辿って、橙色が町も人も全てを照らす時間に帰り着いた。もうすぐ青だけが存在する時間になる。黄昏時、だったっけ。どこかで聞いたように会えるはずのない人と会えたらいいのに。そんな事考えるなんて、僕は相当なんだな。
家に着いてからリックは、僕が考え事をしている間にさっさと紐や本を片付けてコーヒーを二人分淹れてくれていた。とりあえず本を読んでから考えましょうか、と言って僕の返事も聞かずに読み始めてしまった時には少し戸惑ったけど、まぁいいかと僕も本に手を伸ばした。
僕が開いた本は悪魔がどういう存在なのか、言い伝えにはどんなものがあるのか、それと最後の方に小さく召喚方法が書かれていた。これだけ恐ろしさを書いておきながら召喚方法を載せるなんて正気か? でも召喚方法なんかより気になった事があった。
「ねえリック、そっちに悪魔の特徴みたいなのって載ってた?」
「載ってますよ。黒い翼、牙、ツノ、長い爪を持っていて人間を悪の道に進めようと唆すって書かれてます」
「こっちも同じようなことが書かれてたよ。あとは召喚方法とか。なんか唆すって言うより人間が自ら唆されにいってる感じに見えるけどな」
「間違いないですね、大昔は知らないですけど今はそういう感じだと思います」
そう言ってページをめくろうとしたリックがふと手を止めた。
「ティムさん、翼はありますけどツノとか牙ってあるんですか? 爪も短いし」
あれ、そういえば。大前提としてその悪魔の特徴が足りてないんじゃないか? 僕。
「爪は削ってるかな。ツノと牙は……多分ないと思う……」
僕の中に違和感が広がっていく。なんだろう、どうしてか分からない。
でも僕の言葉を聞いたリックはいたって普通の顔で、首を傾げながら僕の中の『当たり前』を壊してきた。
「じゃあそもそも悪魔じゃなくて別の何かな可能性もありますよね?」
それを聞いて、僕の中に燻ってた少しと言うには大きい不安が吹き飛んだ。もちろんじゃあ自分は何って不安は増えたけど、それ以上に「ちゃんと死ねるかも」って思えたから。
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