三ヶ月が過ぎました
西野ゆう
第1話
月に一度だけ運行されるこの列車に、手ぶらで乗るモノはまず居ない。
「忘れ物」をしなくてはならないからだ。
そんな列車に、俺は手ぶらで乗った。
昼間の空いた時間だ。ポールに軽く体重を預けて立っていることがカッコいいと思っている若者は気に留めず、私はシートの隅に座る。
ふと、向かいに座ったモノが目に入った。
なるほど、フォトフレームか。
フォトフレーム、ミニアルバム、古いスマートフォン。そんなありきたりなモノ、安くなっていようと、誰が欲しがるものか。
俺の心中にはお構いなく、終着駅でそのフォトフレームは、乗務員によって回収された。
三ヶ月後の「忘れ物市」で、どれほどの価値になっているのか。俺の「忘れ物」より高値が付くことはあるまい。俺は、安心していた。どうやら俺以上に高価なモノは忘れられていないようだ。
乗務員は、最後に俺を回収して行った。
俺に残された時間は三ヶ月間。誰からも捜されず、三ヶ月を過ぎたら売られるのだ。だが、捜されるのは余計に都合が悪い。逆に俺が捜す側なのだから。
幸いにも俺を見つけようとした者はいなかったようで、俺はずっと暗闇の中、商品として準備されていた。
「おやあ、今度は男か。最近では珍しいじゃないか」
高価な商品だけに行われるという下見会で、俺を値踏みするようにして見る悪魔が、その手に彼女の忘れ物の一部を手にしていた。
「見つけた」
思った以上に簡単だった。
俺は俺の隣に置いてあった七〇円のビニール傘を手に取り、その悪魔に喧嘩を売った。
「彼女の魂、返してもらう」
俺は二ヶ月前、余命宣告された。
そのことを聞いた彼女は、悪魔と取引をする列車に何か大切なものを置いて帰ってきた。
魂だ。
俺は彼女の様子を見て直感していた。
三ヶ月経てば彼女の魂は売りに出される。俺は、三ヶ月以内に彼女の魂を取り戻さなければならなかった。
だが、魂を取り戻すには、自分もその場に行かなくてはならない。
それは、悪魔たちが使う罠だった。忘れ物は、決して取り戻すことができない。それはもちろん承知の上、俺はその列車に乗り、俺自身を忘れ物として保管させた。
「随分と威勢がいいねえ、お兄さん。嫌いじゃないよ」
悪魔が笑う。
その悪魔の首めがけ、俺は傘を突き立てようとした。だが、簡単に傘は奪われ、逆に私の胸を突き刺した。
「何か勘違いしているようだけどね、彼女が売ったのはあんたとの思い出で、見返りは新しい人生だったよ」
なんということか。
俺は勝手に勘違いして悪魔に喧嘩を売り、勝手に寿命を縮めたのだ。たった一ヶ月だけだが。
「そもそも、あんたの魂は、この傘より価値がないのさ。誰からも捜されない死にかけの男に何の価値がある?」
そうか。そういうことだ。彼女も俺を捜そうとしなかったのだ。
悪魔は人が落ちてゆくのを見て楽しむ。
俺はまんまと悪魔の目の前で、どん底まで落ちていった。
三ヶ月が過ぎました 西野ゆう @ukizm
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