第七話 見えぬモノ

7 『見えぬモノ』


―厄介ね。

事務所に戻り、デスクの前に腰を下ろす真一に向かって、呟くように八雲嬢は言います。


「この手のってのは、とにかく厄介よね。明確な解決方法もないし…」


そう言葉を紡ぎ終えると、事務所入り口に背を任せ、八雲嬢は髪をかき上げました。

チラリとそちらに視線を向け、


「殺気立ってるねぇ」


一言そう言うと、真一はPCの電源を入れます。


「胸くそ悪いのよ、こういうのは」


いやはや、顔の造形が整った女性が睨付けるというのは恐ろしいもので。

元から面相の恐ろしい方が凄むのとはまた違う恐ろしさですな。

そんな恐ろしさを受け流し、真一は飄々とした様子で口を開きます。


「それには概ね同意しよう」


少しー違う。


遠回しな否定。


更に八雲嬢の視線に鋭さが増します。


「こうなるからあんまり仕事をしたくなかったんだけど?」

「悪かった。今のは俺が悪い」


顔を上げますと、真一は困ったように八雲嬢に微笑みかけました。

しかしながら、この程度では八雲嬢の表情は変わりません。


「詫びと言っては何だが、これを見てみろよ。少しは気も晴れるだろう」


真一がデスクトップを半回転させますと、八雲嬢の眼がそちらに。

画面には人名と土地の名前がずらり。


「人物名は言わずもがな被害者達、つまりはホームの入居者名。偽名の可能性も多大にあるがね。次の土地の名前は、それぞれの住所か、或いは斡旋された仕事名の隠語だろう」


潜ったの?と八雲嬢。

得意な友人がね、と真一。


「持つべきモノは有能な友人だな。だが、残念ながらこれ以上のデータはネットに繋がった端末にはなかったそうだ」

「紙媒体ってこと?」


どうだろうな、と言って真一はキーボードを叩きます。


「流石に紙媒体のみと言うことは無いと思う。このIOTのご時世でもあるしね。スタンドアローンな端末を利用しているのだろうが…そんな知恵があるようにも思えないところが気がかりだな」

「つまり?」

「そこまでデータ管理を徹底しているのなら、幾ら俺の友人でもデータを抜くのは難しい…まあ、ゼニを詰めば別だろうが…となれば、抜けたデータは、それ用のモノなんだろう」

「ミスリードの為のもの…」


八雲嬢は頭を抱えました。


「入れ知恵したのがいるのね…」


恐らくね、と応え、真一は画面を切り替えます。

画面に映ったのは監視カメラの映像でした。


「ホームのカメラ映像?よく潜り込めたわね。これも罠か何か?」

「いや、恐らくは違う。此処が潰されても自らに手が回らないのだろうな」


嫌になるわね、と八雲嬢。

まあまあ、と真一。


「問題はカメラの総数だ。実に50ある」

「50!?正気の沙汰じゃあないわね」


ああ、と頷き、真一は画面を消しました。


「つまりは此処の従業員は足きり要員なのだろう。故にこの数のカメラで監視を行われていると俺は判断する」


ため息交じりに、PCの側に置いてある真一の煙草を八雲嬢は取りました。


「それで、どっちを狙うのよ」


そうだねぇ…、と嘯く真一を一瞥し、八雲嬢はガラムに火を灯します。

パチパチと火種が弾ける音。

独特の香りのする紫煙を吐き出す八雲嬢を見つめ、真一は口を開きます。


「君は動くなよ」


真一の言葉に、わかってるわよ、と吐き捨てると、八雲嬢は深く紫煙を吸い込みました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある女の告白と、とある男達の事情 ネイさん @Neisan-naisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ