第六話 希望の家
6
『希望の家』。
それは、街の外れにあります集団ホームの名で御座います。
その昔は孤児院だったそうですが、その孤児院が閉鎖された後、地元の水道関係の会社が買い上げ、ホームとしました。
ざっと二年前の話です。
院の外見は殆ど変わっていませんが、中は改装され、孤児院の頃の面影は御座いません。
元はその名の通り、『希望』を与える場でした。
住む場すらなくした者達が、また立ち上がる為に羽を休める為の場でした。
「それが今や、だ」
そう言い、見るからに浮浪者の形をした男は煙草に火を灯しました。
旨そうに白煙を吐き出し、男は言葉を続けます。
「最初はな、俺らみたいなのを集めて施設にぶち込んでいたんだ。だが、俺らの間で悪い噂が立ち始めると、今度は外から集め始めたんだよ」
まあ、貧困ビジネスだな。と男は苦々しそうに言いました。
「そりゃ、俺らは日銭に困ってるさ。小銭でも欲しい。衣食住があれば良いと思うよ。だがよ、そういうのは違うだろう?」
『そういうの』。
実に抽象的な表現です。
それには何も答えず、和馬氏は口を開きます。
「それで、警察には話したのか?」
笑い、男は首を横に振りました。
「あいつらも同じだ。俺らを物としかみていない。話したところで、物が言うことを信じるやつはいないよ」
随分な物言いだな、と和馬氏。
そうでもねぇさ、と浮浪者風の男。
「どこの世界にもルールはあるのさ、坊や。これは警察が大っぴらに関わって良い事案じゃあねぇんだ。治安を護るのは警察だろうが、ルールを破った者を罰するのは、それを不快に思うのは別に居るんだよ」
浮雲か、と和馬氏。
そうとも限らんさ、と浮浪者風の男。
困ったように浮浪者風の男は笑い、口を開きます。
「それにな、それを問う時点で、俺らが求めるのはアンタじゃねぇんだ。その上、件の火事ときた。おっかなくて俺ァ何も言えねぇな」
昨晩の火事。
車が燃えたという、件の火事です。
「俺には手を貸さないと?」
そう言う和馬氏に不快の色はありません。
ただ、淡々と。
事務的に問うていました。
「形を見ろ。元々貸すほどの余裕はねぇよ」
のらりくらりと質問を躱す男を一瞥し、和馬氏は懐から煙草を取り出します。
「それならそれで結構だ。別にあの人と同じ道を歩もうとは思わない。俺は俺だ」
煙草を箱ごと音に向かって放りますと、和馬氏は鳴海女史にしたように、男に背を向
けて歩き出しました。
その背を見ていますと、何とも後味の悪さを感じ、浮浪者風の男は両手を挙げました。
「―分かった。分かったよ。どうしてそんなに生真面目なんだお前は…」
立ち止まり、チラリと和馬氏は振り返ります。
「この一件にゃ、大っぴらには暴力団なんかは絡んでない。そこに繋がるとある夫婦が主犯だ」
男の言を聞き、僅かに考えますと、和馬氏は口を開きます。
「多少は絡んでるとして、相手方の心証は?」
「よろしくないねぇ。特に周りの心証は最悪だ。なにせやり過ぎなんでな」
そうですか、と呟くと、あいさつもそこそこに、心此処にあらずといった様子で和馬氏は歩き出しました。
「もう何年も前だが、あいつは、スティグマ、とかなんとか言っていたな」
聞こえているのかいないのか。
反応無く去って行った男を見送りますと、浮浪者風の男は近くの寝床に戻りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます