第五話 動き出す朝
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さて、秘密の夜会を経て、場面は夜が明けた公園管理事務所へ。
自宅内の事務所スペースへの扉を八雲嬢は少し手で開けますと、続いて勢いよく杖で薙いで開きます。
「真ちゃん!あの娘、起きたわよ…って…」
拍子抜けしたように、八雲嬢はPCに向かっている真一に眼を向けました。
「なに、寝てないの?やめなさいよ、体力無いんだから」
おまけに昨晩は一騒動ありましたので、真一は見るからにフラフラです。
「で、めぼしいのはあったの?」
まぁな、と呟き、真一は背伸びを一つ。
「前々からあった案件の一つだな」
「手が長いのも問題ね」
「小言は勘弁してくれ…それで、あの娘の様子はどうだい?」
「今のアンタよりは大分良いけど、ちょっと熱があるわね。もう朝食も済んでるし。貴方待ちよ、ダーリン」
「ならば行こうか。八雲も眼を通しておくかい?」
差し出されたタブレットを嫌そうに八雲嬢は受け取りました。
「眼ぇ通してから行くわ。あの娘は縁側辺りに居るわよ」
八雲嬢の言葉の通り、涼は縁側におりました。
さながら日向で眠りにつこうとする猫のように穏やかな表情で御座います。
しかしながら八雲嬢の言うとおり、顔色が青白い。少々体調が悪いようで。
「あっ…おはよう…御座います」
自分に向いている視線に気がつきますと、気恥ずかしそうに涼は挨拶し、立ち上がろうとするのを真一は手で制しました。
「そのままで。少し良いかな」
涼の隣に真一が腰を下ろしますと、ポツポツと涼は語り始めました。
父の名は『義臣』、母の名は『久美』。
彼女が生まれ、最近まで済んでいた所は隣の県にある港町だそうで。
その町を夜逃げ同然で逃げ出したのが一月程前。元々金回りの悪い家だったようですが、いよいよどうにもならなくなったそうです。
ここまで話しますと、涼は言葉につまりました。
「…ここに来て、それでご両親と別れたと?」
涼は首を横に振りました。
「ふむ、そもそもだが、どうしてこの街に来たのか、心当たりはあるかい?」
真一の問いかけ。
それを聞きながら、涼は眼を伏せました。
「よく…わかんない…わかんないけど…」
ううん、と涼は眼を伏せたまま、頭を振ります。
「違う。わかんないじゃない。もう何も考えてなかった。だって、どうしようもないじゃない?」
此方を見ずに話す女の子の口調が激しくなっていき、真一は額を掻きます。
ふと背後に気配を感じ振り返りますと、騒ぎを聞きつけた八雲嬢が、タブレットを片手に静々と背後に忍び寄っていました。
「お父さんもお母さんも、白々しいくらいそう言うことには触れなくてさ。だから、私も触れちゃいけないのかなって。それでいいのかなって。そう思ってからずっと寝てたように思う。もう、何も考えたくなかったんだなって今は思えるけど…」
吐き出すように語る少女を尻目に、八雲嬢はタブレットを真一へと返しました。
「余りいい展開じゃないわね。まだこの娘に話聞くには早いんじゃない?」
ぽつりとそう真一の耳元で囁きますと、
「お退き!」
真一の腰の辺りを杖で叩いてどかしてから、難儀そうに八雲嬢は涼の隣に腰を下ろしました。
「…っと、乱暴な…。最後に一つ。これだけは教えて欲しい」
慌てて立ち上がった真一に、眼を潤ませた涼の視線が向きます。
「君ら親子は、この街に流れ着いた。そして、とある施設に入った筈だ」
ビクッと涼の肩が震えました。
そっとその肩に手を添え、八雲嬢は文句こそ付けませんが、真一を睨付けます。
「頷くだけで良い。そこの施設の名前は」
―希望の家。
真一の言葉に、涼は小さく頷きました
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