第四話 鳴海優

4  『鳴海優』


事件の触りを語り終わった辺りで御座いますが、此処で暫しお時間を。

あと一人、重要人物がおりまして、その方のご紹介をー。

さて、その御方と言いますのは、『街』に御座います警備会社に勤めていらっしゃいます。

その名を『イージス』。

本社は海外に御座います、民間軍事会社の日本支社ですな。

幾つかイージスの日本支店はありますが、この街にありますのが日本での第一支店、つまりは日本支部本部となります。

イージスの支店自体は数えるほどしか国内には御座いませんが、提携している警備会社は相当数となっています。

その辺りは良いとして、問題はその日本支部の長。

名を鳴海(なるみ)優(ゆう)。

支部長代理を務める若き才媛で御座います。

この若き才媛と縁がありますのが、何を隠そう和馬氏。

この二人、元は同じ事務所におりました。

当時の代表が職を辞した際、和馬氏は事務所を引き継ぎ、鳴海女史は海外から鳴り物入りで入ってきた民間軍事会社へ。

何故、一方は場末の探偵になり、片方は新進気鋭の外資に入ったのか。

それは、以前の事務所と言いますのが、『探偵業』と『警備業』のー実際にはそれに類似したものですがーを生業としており、その警備部門の最高責任者が『イージス』との繋がりをもっていたのです。

言わば、鳴海女史はその後継者。

後継者と言えば和馬氏も同様なのですが、イージスという後ろ盾まで譲り受けている鳴海女史と違い、彼は後ろ盾と言える物を譲り受けてはおりません。

否、実際は譲り受けられるようなものではなかったというのが本当の所ですがー。

ともあれ、この違いは古ぼけたビルにて閑古鳥の鳴く探偵事務所を営む和馬氏と、真新しいビルで、国内規模でテリトリーを広げている鳴海女史という格差を生じさせました。

鳴海女史に関してはこの程度でしょうか。

問題は、この二人の関係性です。

これだけの格差があれば嫉妬や妬みもありそうなものですが、和馬氏にはそんなものはありません。

もっと言えば、既に住む世界が違う。

世界が違いますがー。

―互いに同じ後継者。

どこまでもそうでしかない。

そういう認識の二人が集う場所が一つ。

『街』にある探偵社と警備会社の中間にあるマンションの一室。

その昔、二人がまだ同僚であった頃から、事務所が所有し、今は鳴海女史の所有となったセーフハウス。

その扉を開き、和馬氏は、リビングでくつろぐ鳴海女史を見ました。

「大分遅かったわね」

ソファーでグラスを傾けながら、鳴海女史は和馬氏を迎えました。

「例の警部補が中々帰らなくてね」

「ああ、あの幼なじみの。公安の」

元公安ですな。

しかし、こちら側では公安時代の印象が強く、今なおそう呼ばれ、そしてそう見られています。

「今は組対だ」

微かに笑い、鳴海女史はソファーに身を横たえました。

「余計にタチが悪いわね。貴方の天敵じゃないの」

彼は友人だ、と言いながら鳴海女史のグラスを取り、そのままテーブルに置きました。

「つれないわね」

そう言いますと、気だるそうに鳴海女史は体を起こし、手のひらサイズのデバイスを和馬氏に渡しました。

「すまない。調査は此方の領分なのに」

「構わないわ。人海戦術は私の領分だから」

苦笑いを返し、和馬氏は対面の椅子に腰をおろします。

「それで?どう動くの?」

鳴海女史の問いに、さて、と言葉を返しますと、テーブルにある酒瓶に手を伸ばしました。

「探偵の出る幕はないが…放っておけば先代に顔向け出来ん」

「依頼がなければ動きようがないものね。でも、浮雲の名前を出されたら、こっちは弱いわよね」

上等なラム酒。

余り気が乗らず、ラベルを一瞥すると、テーブルに酒瓶を置き、和馬氏は立ち上がります。

「余り飲み過ぎるなよ」

立ち去ろうとする和馬氏の背を見つめ、鳴海女史は言葉を投げかけます。

「他に手助けは必要ない?」

「手が必要な時は遠慮無く呼ぶよ、鳴海」

片手をあげ、和馬氏は部屋を後にします。

「鳴海…ね」

一人きりになった部屋の中で、酒瓶を片手に鳴海女史は再度ソファーに身を預けました。

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