第8話 恋3つ

「すみません、遅くなりました」


駿太が学校に着いたのは、2時間目が終わる10分前だった

職員室では、いままさに担任が母親と電話をしているところだった


「あ、来ました。一度代わりましょうか?」


担任は、怒るより先に駿太に受話器を渡した


「お母さん?」

『駿太!遅刻ってあんたどうしたの?!』

「出かける時に腹壊して…」

『そうならそうで電話しなさいよ!』

「ごめん。痛くてトイレから出られなかった」

『もう!母さんから話すから、もう一度先生に代わって!』


二人のやりとりを隣で聞いていた担任は、駿太から受話器を受けとると、一言二言言葉を交わして電話を切った


「すみません…」

「まあ、お前んちはこういうときにすぐ連絡してくれる家族がいるわけじゃないから仕方ないよ。今回は動けてよかったけど、一人の時に倒れたりしたらなあ…」

散々心配をかけただろうに、担任は怒るでもなく、

「まあ、4月からは受験生なんだから、体に気を付けろよ」

と言って、すぐに教室に行くよう命じた


「遅れてすみません」


駿太が教室に入っていくと、クラスメート全員が振り返った


駿太が席に着く様子を赤石がチラチラと見た

駿太が横目で赤石を見ると、赤石は「大丈夫?」と小声で聞いてきた

駿太はうなずいて、鞄から数学の教科書を取り出した


授業時間は5分ほどしか残っていなかった

その5分も結局集中できずに終わった


「鋏くん、大丈夫?」


授業が終わると、すぐに赤石が声をかけてきた

2つ前の席から昴流が振り返っているのが見えたが、駿太は赤石に向かって

「先生にも言われたけど、一人だとこういうとき困るよね」

と困ったような顔を見せた

「…困ったことがあったら言ってね。わたしができることがあれば手伝うよ!」


そう言った赤石の顔はいつもより赤らんで見えた


※※※※※※※※※※


自転車の立ち漕ぎの踏み込みを強くして急いで家に帰ってきたのに、フフはいなかった

駿太は魚肉ソーセージとオニギリを持って祠に向かった


「フフ!」

「駿太、来たか」


フフはふさふさの尾を地面に垂らして、祠の屋根の上に座っていた


「怪我は?」

「駿太のお陰で一発よ」

「栄養ドリンクじゃないんだから…」


駿太は祠の横に立ち、フフが眺める方向を見た

フフの視線の先には朴山神社の鳥居があった


「どこに行ってたの?」

「片割れを探しに行ってきた」

「それでどうだったの?」


フフは自慢げに駿太を見下ろして

「俺を誰だと思ってる?」

と言った


やっとフフらしい姿を見られて駿太は嬉しかった

しかしその表情が見られたのはほんの一瞬だった

フフはすぐに悲しそうに目を細め、

「いた、が…」

遠くを見ているようで、その実、自分の頭の中を覗いているかのような沈黙が流れた


「…いたが…どうしたの?」

駿太が恐る恐る尋ねると、

「俺の一存では決められない。チルヒメに会わなければ」

フフが祠の屋根から飛び降りた


「神社に行くの?」

「うむ。だが、結界をなんとかしなければ…」

「どうすればいいの?」

「無理に入ればこの身が焼けてしまう。無傷で入るには、中の住民に招き入れてもらうしかない」


駿太は頭をかきむしった

たった10日かそこらだが、駿太は今後の人生の全てをフフに捧げてもいいと思っていた


本当は、フフには役目など忘れてもらって、このまま祠にいてほしい

もしチルチメに会ってしまったら、きっと祠はお払い箱になり、駿太の役目も終わるだろう

その代わりに、朴山神社に狛犬が立つのだ


そんなのは寂しくて耐えられないと思った


同時に、駿太の頭の中に、フフの思い詰めた表情と昨日の怪我がちらついた


もし駿太が協力しなければ、フフは結界を越えるためにまた危険を冒すだろう


駿太は頭を掻きむしっていた手を止めた


「俺が朴山さんに、頼んであげる!」


駿太の顔を見たフフがまた誇らしげに笑った


※※※※※※※※※※


登校してきたばかりの赤石は、誰かに呼び捨てにされた気がして、辺りをキョロキョロと見回した


「赤石…さん?」


声をかけてきたのが駿太だとわかると、赤石は「おはよう」と言い、鞄を机のフックに引っ掛けるために前屈みになり、耳の横に垂れてきたさらさらの髪を耳にかけて駿太を見た


「実はまた朴山神社に行きたいんだけど」

「そうなんだ?まだ何か知りたいことあるの?」

「いや、いいところだったから、今度犬の散歩にでもいこうかな~って」


犬と聞いて、赤石の目が輝いた


「こないだ言ってた拾った犬?飼うことにしたの?!」

「う、うん」

「名前は?何歳?どんなワンちゃん??」

「フフっていう名前で、歳はわかんないけど、成犬だよ。真っ白でもふもふしてる」

「性格は?」

「うーん…なんかえらそうだよ」

「何それ」


赤石が朗らかに笑った


「前も食いついてたけど、赤石…さんって犬好きなの?」


駿太が顔を覗き込むと、赤石は目をそらして、

「名前、さっきの呼び方で、いいから…」

「え?」

「名字、呼び捨てにしてたでしょ?」

「あっ、返事なかったから嫌なのかと思って」

「ううん。大丈夫」

「じゃあ、赤石…」


赤石の耳がみるみるうちに赤くなっていくのを見て、駿太もつられて恥ずかしくなった

思えば、同じ小学校から上がってきた女子以外を、そんな風に呼ぶのは初めてだ


二人で照れていると、昴流が近づいてきた

駿太はとっさに身構えた


「最近、仲いいな、お前ら。何?付き合ってんの?」

「つつつつ付き合ってなんかないよ!」


赤石が大袈裟に手を振った


駿太は、冗談でも探りでも、赤石を困らせる昴流に無性に腹が立った


「お前、こないだからそればっかだな」


思わず強い口調で言ってから、しまったと思った


「…そればっかって?」

「だから、好きとか付き合うとか…俺と赤石…が、普通に友達として仲良くなるのがそんなにダメなの?」

「別に。そうならそうって言えよ。何ムキになってんの?」

「ムキになんかなってねーよ!」


駿太の声に、クラスメートの視線が集まった


「…ムキになってんじゃねーか…」


昴流はそう言って、皆の視線から逃れるように教室を出ていった


※※※※※※※※※※


駿太は赤石と共に朴山ほおやまのクラスへ向かった

朴山はフフを連れていくことを快く了承してくれた


「散歩で来てるひと結構いるよ。階段が好きなワンちゃんがいて、飼い主さんも運動になるからって。あ、糞だけ持ち帰りお願いします」


朴山の口調は、先日よりグッと親しく、くだけたものになっていた


「もちろん。早速だけど、今日でもよかったりする?」

「一度家に帰ってから連れてくるってこと?」


朴山は一瞬眉をひそめたが、すぐに、

「じゃあ4時くらいかな?」

と笑顔で言った


放課後、直接祠にフフを迎えに行った


「ペットのフリをしていくというのか?」


駿太の作戦を聞いて、フフはばうわうと吠えた


「その方がスムーズでしょ?」


駿太の説明に納得したフフは駿太より早く階段をかけ下りると、自転車の横でお行儀よく待っていた


「どうやって乗ればいいんだ?」


フフは大型犬の部類に入る

前かごには入らないし、後ろの座席に座らせるのは危ない気がした

考えた末、後ろ脚で立たせ、肩に前脚をかけた状態で行くことにした


耳元にフフの吐息を感じながら、海が見える坂道を自転車で下った

行きは、ほぼ下りか平坦な道しかないため、朴山神社までは10分もあれば到着する


山の田舎道には人っ子一人歩いていなかったが、町ではすれ違う人々は皆、駿太の自転車を目で追った


母親と散歩中の子供が「おっきいワンちゃん!」と指をさした


「本当に犬に見えるんだね!俺だけじゃなかったかあ」

「当たり前だろ。犬なんだから」

「でも珍しいと思うよ。真っ白で毛も尻尾も長くてさ。昔から日本にいた犬種なのかな?」

「そういう意味では、狼に近いかもしれないな」

「言われてみれば」


駿太は図鑑でツンドラオオカミという白くて毛の長い狼の写真を見たことがあった

それがフフの容姿に一番近い感じがした

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

犬神様は半身を探してる @hanazanmai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ