犬の目はキラキラしていた

 Day25 キラキラ



「ギャンっ」


 父親に思い切り蹴り飛ばされた犬が悲鳴を上げた。ガンっと物置の中の荷物に当たって床に落ちる。短い手足はビクビク震え、泡を吹いていた。

 犬を抱き上げようとしても体が震えてうまく動かない。肩に衝撃が落ちて自分も床に転がる。ガツっガツっと鈍い音と痛み。体を丸めて耐える。声を出したらもっと酷い目に遭うから。


 痛みが止むと、父親の昏い声が上から降ってきた。


「捨ててこい」


 そう言って出ていく。いなくなったのに物置の中は酒臭くて、どこからか覗かれてる気がした。


 ***


 クラスの奴らに踏まれたランドセルを背負い直して、誰とも合わないように川の草むらの中を歩いてたら鳴き声が聞こえた。草のあいだにある、フタの閉まったダンボールがカタカタ動いて中からキュンキュン聞こえる。

 フタを開けたら、茶色くて小さい犬が入ってた。犬はキラキラした目で俺を見上げて笑った。犬が笑うなんておかしいけど、笑った気がした。

 伸ばした俺の手を一生懸命舐めて尻尾を振ってる。抱き上げたらもっと尻尾を振って顔を舐めだした。小さい体は温かくて柔らかくて、とても大事に思えた。


 父親は犬なんて許さない。でも、どうしても連れて帰りたくなった。


 帰ってくるのは夜だ。庭の物置に隠しておけばいい。そうして連れ帰り、物置にタオルを敷き、皿に入れた水と食パンをあげた。

 犬は水もパンも夢中で食べて、嬉しそうに尻尾を振った。離れるとキュンキュン鳴くから、自分の代わりに服を置いてみるとおとなしくなった。静かにと言い聞かせて、父親が帰る前に物置の戸を閉める。

 父親はいつものように酔って帰ってきて、テレビを見ながらまた酒を飲んでた。俺は布団の中で丸まって犬の名前を考える。茶色くて小さくて黒い目がキラキラしてる犬。すごく良いものだけでできてるみたいだ。


 朝、まだ寝てる父親を起こさないように、こっそり皿に水を汲んで食パンを一緒に運んだ。物置を開けたら嬉しそうに飛びついてきた犬は、キラキラした目で俺を見て尻尾を振った。


 学校へ行ってからも犬の名前を考えた。どんな名前がいいだろう。聞いたことある犬の名前を思い浮かべても、あのキラキラした目には合わない気がする。もっとすごく良い名前がいい。

 家に帰ったら散歩に連れて行こう。首輪はないけど、紐を結べばいいかな。それとも抱っこして川に行って放したら、好きに走れていいかもしれない。


 帰りの挨拶が終わってから、走って家まで帰った。まっすぐ物置にいったら、犬はやっぱり飛び出してじゃれついてきた。

 思いっ切り撫でてからランドセルを置きに家に入ると、父親がいて胸がズキンとした。バレたかもしれないと思ったけど、何も言われない。テレビを見てる父親の横を静かに通ってランドセルを置いた。

 紐は探せないから抱っこして川に連れて行こうと決める。足音を立てないように玄関に戻って靴を履いた。

 物置を開けたら、犬は飛び出してきて足元でグルグル楽しそうに回った。散歩に、と言おうとしたら目の前が暗くなる。

 人影。後ろに気配。


「コソコソしやがって」


 怒りを含んだ声。冷や汗が流れて動けない。

 犬はキラキラした目で父親を見上げて、キューンと鼻を鳴らした。



 ***



「っぅぐぉ」


 思い切り蹴り上げた父親は汚い声を出して床に転がり、体をビクビクさせて吐しゃ物をまき散らした。

 父親の背を越した俺と、酒のせいで足腰がおぼつかない父親。黄色く濁った目は焦点があっていない。


 俺は蹴り続ける。父親が口から泡を吹くまで。

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文披31題短編集 三葉さけ @zounoiru

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