第14話 家族結成
「つまり――三人と結婚したい」
黙祷でも始まったのかというくらい静かになった。
「イエスの沈黙かな?」
「度肝抜かれた沈黙だよ!!」
「なにが疑問だ」
「疑問しかない! 三人と結婚なんて無理だろ」
「なぜ」
「だ、だって、そんなの法律が」
「なぜ結婚を国に認めてもらう必要がある。大事なのは当人たちの意志だろう」
「で、でもまだ十八歳じゃないし」
「それも答えは同じだ」
そう、これが俺の真意だ。
気づいたんだ。俺がすべきことは『妹たちを不幸にしないこと』ではない。
『妹たちを幸せにすること』だ、と。不幸が入りこめないくらい。
それに、俺はすでに答えを見つけていたんだ。末松さんが何気なくいったあの言葉の中に。
「本気の恋は刑法じゃ裁けないのさ」
俺はあの言葉をそのまま口に出した。
「つまり事実婚ということ?」
槙央が思案顔のまま問う。
「厳密には違うけど、当人たちの意志による部分だけはそう」
「現実的に考えて、できると思う?」
「現実的かと問われれば、そうじゃないだろう」
「良かった。そこはちゃんと分かってるんだ」
「それでも無理を通したい。そういう話だ」
槙央は目をつむり、思考を巡らせているようだ。仁夏は厳しい顔で黙っている。愛結はうつむき、表情はうかがい知れない。
俺は膝をついた。
「こんな提案、すんなり受け入れられないのは分かる。でも、頼む!」
俺は地面に額を打ちつけた。思いのほか強くぶつけてしまい一瞬くらくらしたが、卒倒している場合ではない。きっと卒倒しそうなのは義妹たちのほうだ。
俺と同じような境遇の義妹たち。彼女たちがいたから俺は孤独ではなかったし、支えることで、こんな俺でも必要としてくれるひとがいると実感でき、ある意味支えられてもいた。
彼女たちのおかげで俺はどうにか道を外れずに生きることができた。そんな大切な人たちの中から誰かひとりを選ぶなんてできるわけがない。
でもそれは俺のわがままだ。免罪符にはできない。だから精一杯の誠意を見せる。それだけだ。
喉が詰まるのを無理やりこじ開けて俺は言う。
「絶対にみんなを幸せにする! だから頼む!」
再び、水を打ったような静けさ。
――ダメ、だよなあ……。
諦めかけたそのとき、愛結が言った。
「わたしはいいと思うなあ」
俺は弾かれたように顔をあげた。仁夏と槙央も愛結を見ている。
「お兄ちゃんは、三人のことが好きなんでしょ?」
「もちろんだ」
「わたしも三人のこと、好きだよ」
「……三人?」
「うん。お兄ちゃんと、仁夏ちゃんと、槙央ちゃん」
と、恥ずかしそうに微笑む。
「だから、みんな仲よくがいいよ」
「ありがとう……」
なんか、もう泣きそうだ。
「聞きたいんだけど」
次に口を開いたのは槙央だった。
「その指輪ってもしかして、あの貯金で?」
「そうだ」
「……」
槙央は俺が百万円を目標に貯金していたことを知っている。それをどれだけ大事にしていたのかも。
「じゃあ、わたしも賛成」
槙央は意外なほどあっさりと表明した。
「日本ではつい百五十年ほど前までは複数と関係を持つのは珍しいことじゃなかった。世界には重婚禁止の国のほうが少ないくらいだし。本当に一夫一婦制が人類にとって最適かどうか、大いに疑問がある」
槙央は「しゃべりすぎた……」とつぶやいた。
「槙央もありがとう」
「興味深いから試してみたくなっただけ」
「それでもありがとう」
「どういたしまして」
と、視線をそらした。
「……え? え?」
仁夏が目を剥き、きょろきょろしている。
「もしかして、反対なのあたしだけ……?」
「まあ、そうですね」
槙央が答えた。
「嘘でしょ? そんなの無理に決まってるじゃん。絶対ギスギスするって」
「そうならないように頑張るから」
「とにかくあたしは嫌だからな!」
すると槙央が冷たい声で言った。
「じゃあ、仁夏さんだけ反対ということで」
「……え、待って。どういうこと? あたしだけ……?」
「だってそうなりますよね」
「ということは……、どうなるの?」
「どうもこうも――、仁夏さんだけただの義妹ということです」
「ちょちょちょちょちょー!?!? マジで言ってる? ねえ、マジで言ってんの?」
「マジですが」
「あたしだけ仲間はずれってこと!?」
仁夏は半泣きになっている。
「大丈夫。俺は仁夏を全力で愛するよ。ただの義妹として」
「その『ただの』が引っかかってるの!!」
槙央がなだめる――と見せかけて煽る。
「落ち着いてください、ただの仁夏さん」
「ただの仁夏さんってなんだよ!!!!」
「人目がありますから」
「で、でも、あたしだけ――!」
「義妹として大事にしてもらえばいいじゃないですか、ただのさん」
「苗字みたいに言うな!!」
仁夏は勢いよく挙手した。
「じゃああたしも! あたしも賛成する!」
「いいのか?」
「だってこのままだとあたしだけ損じゃん」
「ありがとう……」
「いいけどさあ……」
仁夏はしかめっつらで言う。
「でも、具体的にはどうすんの?」
「どうって?」
「だから、たとえば……、今日は誰と過ごすの?」
その問いが出た瞬間、場の空気がぴりっとした。
「まあわたしでしょうね」
そう言ったのは槙央だ。
「お兄を独り占めする気か」
「独り占めもなにも、わたしは兄さんと同居してますから」
「くぅっ!?」
「わたしもお隣さんだからすぐに会えるよ」
愛結が言った。
「あ、あたしだってバイト先が同じだし」
「いつもシフトが重なるわけじゃないですけどね」
「んくぅ!?」
「家も離れてるし」
「だ、だったらあたしが優先でいいよな!」
「ええ、どうぞ。わたしはひとつ屋根の下ですんで」
「くっそおおお!!」
仲よくやっていこうと言ったそばからこれだ。
仁夏と槙央の言い合いを見ていた愛結が、
「お兄ちゃんもケーキみたいに三等分できたらいいのにね」
と、笑顔で言った。背筋がぞわっとする。
――満面の笑みでなんちゅう怖いこと言うんだ、こいつは……。
ともかく場を収めなければ。
「今日、なぜこの場所を選んだか分かるか?」
三人がこちらを見る。俺はそれを指さした。
ライラックの花と、そして歴史的建造物――教会。
「中に入るのは無理だけど、せめて見える場所でって思ったんだ」
「お兄……」
仁夏の顔がゆるむ。槙央は教会に目を向けて言った。
「でもあれカトリック教会だけど」
「……え?」
「基本的にカトリックの信者じゃないと式は挙げられない」
――ここで水差すう……?
しかしいかにも槙央らしい言動だった。
「ま、まあ、気は心というか、な? とにかく指輪をだな――」
「サイズは大丈夫?」
「それは問題ないと思う。ちゃんと調べたから」
「……いつ?」
「ここ数日でな。愛結のは同居人の珠々さんにそれとなく聞いた。仁夏は、一緒に飯を食べるときリングをはずすだろ? そのときに。槙央は、寝てるときに紐を巻いて計った」
愛結がなぜか残念そうな顔をした。
「直接聞いてくれたらよかったのに……」
「それじゃあサプライズにならな――」
――いや、愛結ならワンチャンなるかもな……。
「……今度はちゃんと聞くよ」
「うん! で――」
これで一件落着。そう思ったとき、愛結がまた爆弾を投下した。
「指輪、誰からはめるの?」
再び空気がぴりっとする。
「え、誰からって……?」
「そーだよ!」
と、仁夏が言った。
「いくら平等ったって同時には無理だろ」
結婚式におけるメインイベントのひとつ、指輪の交換。そこまで考える余裕がなかった。俺が阿修羅でないかぎり全員同時には無理だ。
「じゃ、じゃあ」
「『じゃあ』?」
視線が三方向から俺を射抜く。
俺はベンチにハンカチを敷き、その上にジュエリーケースを三つ並べた。
「各自持ち帰って自分ではめるように!」
「セルフサービス!?」
「仕方ないだろ、牧師さんがいないんだから」
「問題はそこじゃないんだけど……」
「どうした、いらないのか」
「い、いるけどさ」
「じゃあ、ほら、みんなで仲よく。いっせーの――」
で! の声で三人はジュエリーケースを手にとった。
「はい、よくできました! しかし最後まで気を抜かないように。家に帰るまでが結婚式です!」
「遠足かよ……」
「ほら、だらだらしないで。解散!」
腑に落ちないような表情をしながらも、三人は帰っていった。
――みんな素直ないい子でよかった……。
三人の姿が見えなくなってから、尻のポケットに入っていた四つ目のジュエリーケースをとりだす。中には銀色のシンプルなリングがあった。
俺はそれを左手の薬指に通す。
少しだけ躊躇する気持ちもあったが、
――そりゃ!
と、気合いを入れて根元まではめ込んだ。
そしてその手を太陽にかざす。
――結婚、したのか……。
実感が湧かない。
――いや!
それはきっと妹たちだって同じだ。俺がふわふわしていてどうする。
あいつらに嫌というほど実感させてやる! 夫婦ってやつを!
そして証明する。決して切れない絆があるってことを。
俺は拳を握りしめ、決意を新たにした。
家庭環境が複雑な俺、歴代の義妹たちに惚れられているらしいのだが、全員を幸せにするにはどうしたらいい? 藤井論理 @fuzylonely
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