第29話
ミリーが去って数日が経った。
この数日、俺は来たる試合に向けて必死に特訓をするはずもなく、食っちゃ寝生活をしながらキノコの成長を見守っていた。
「キノコでけー。まじでけー」
++サイズのキノコは+サイズの倍なので、本当に大きい。
大根くらいのサイズはある。
それが区画ごとにたくさん生えている光景は少し不気味で、でも胞子が飛び交っていて、とても幻想的でもある。
これだけ胞子が勝手に飛べば、本当にあっという間に森がキノコまみれになりそうだ。
キノコまみれになると言うことは、それすなわち俺の帝国が出来上がるということだ。
食って寝て、好きなものを眺めて、夜には毒キノコ++を大量に撒いておく。
ミリーも言っていたが、森の生態に変化が起こっているらしい。
原因はわからないが、俺のキノコ説がやはり濃厚である。
帝キノコ++ははっきり言ってかなりうまい。
どうやらそれは魔物にとっても同じみたいで、魔物は痺れキノコや毒キノコにも魅了されてしまうみたいだ。
胞子が風に乗り、香りとなって各地に漂っているのだろうか。
そうしてこのドラゴンステイの森に集まっているとしたら、やはり原因は俺を消さない限り魔物が集まり続けることだろう。
最初の数日は一レベルずつ上がっていたレベルだが、試合当日までにレベル18まで上がっていた。
レベリングは毒キノコを撒いておくだけなので、量だけ増やしたらこの結果だ。
魔物も増えているのでレベリングの加速が凄いことになっている。
正直やりすぎたんじゃないかと思う。
試合には負けたくないが、負けなければいいのだ。最悪逃げるという手段もある中で、やはり強くなりすぎた感はあった。
「まあ、いいか」
別に損はない。
そういう訳で、結構万全な体制で俺は試合当日を迎えたのだ。
ミリーからの土産は塩の他に、石鹸、衣類、リュックなどもあった。ミリーは非常に気が利く素晴らしい女性だ。俺に大量の帝キノコ++を渡しておいた。また新しい商売ができると嬉しそうにしていたな。彼女に利益が出るのは純粋に嬉しい。また塩も持ってきて貰えるし、winwinである。
貰ったリュックはミリーが背負うような大きな奴ではなく、中くらいサイズのものだ。
キノコを全種類入れるとぎゅうぎゅうになるサイズ感。
衣類はこの世界の平民がよく着る麻の生地を使った服を貰った。
パンツだけを履いて、俺はグリフィンとともに森の端へと向かう。
自分の脚だと最低一日半かかる道のりが、グリフィンに乗って上空を移動すると半日もかからなかった。
これは非常に便利だ。
森の上から森を見たのは、思えば初めてなのでその光景も新鮮だった。
グリフィンが森の端までついたとき、遠目に人の街も見えた。
「結構栄えているんだな」
予想外に街は大きかった。大きな建物もちらほら見えたので、文明は思ったより進んでいるのかもしれない。もしくは魔法があるので、全く違う文明の可能性もある。
世界が広がった気分だ。
高度を下げて、俺は人の集まる一帯へと近づいていく。
人が集まっているのは、もちろんフォーリア伯爵家の人間たち。約束の試合のためだ。。
「すまん。遅刻した」
「貴様!舐めているのか!逃げたかと思ったぞ」
まずい、ウォルフはカンカンに怒っている。逃げたと思われても仕方ないな。
伯爵家の親衛隊長殿を怒らせるのは非常にまずいのだが、朝風呂して、朝飯もしっかりたべて、黒羊ちゃんと戯れて、グリフィンの毛繕いをしていたら遅くなったんだ。
すまない。悪気はない。
森の自由さが肌になじみすぎて、急ぐってことを忘れていた。
「下郎、降りてこい!あと、貴様の背後に太陽があってまぶしい!」
背に太陽が来ていたようだ。
遅刻の上に、逆光まで利用するとは、俺は天才剣士の末裔かもしれない。
すまない。悪気はない。
「すまん、すまん。見下すのは気持ちがいいから、あと少しだけこうさせてくれ」
「……命が惜しくないらしい。炎魔法――火炎柱!!」
あろうことか、短気な親衛隊長殿はいきなり攻撃を仕掛けてきた。
地面から立ち上る炎の柱が俺たちを貫こうと舞い上がる。
俺が命令するより先に、グリフィンがさっと横に避けたので無傷ではあった。
「派手だねぇ」
魔法がかっこいい。俺の魔法は最初、木を揺らしたりするだけだったぞ。
いきなりこんなかっこいい魔法を使えたら、俺の森での生活もだいぶ様相が違っていただろう。もっと中二病くさい男になっていたに違いない。
「かわされた!?5大魔法最速の炎魔法だぞ……。逆光で狙いがズレたか?」
ズレてなんていなかった。そして、確かに速い。
5大魔法ってやつの片りんを一瞬感じた。
これほどのスピードで、炎が飛んで来たら普通はただじゃすまない。
俺の素早さで避けることはできないだろう。
ただし、避けたのはグリフィン。どうやらグリフィンには余裕のスピードだったみたいだ。
「ずるいぞ!降りて戦え!」
「馬鹿野郎!こっちだって、そうするつもりだったわ!」
「なっ……!?この俺の馬鹿だと」
思わず怒号が出てしまった。
相手が年下だろうと関係ない。
俺は理不尽を言われると、腹が立つんだ。
本当に降りるつもりだったわ。
サラリーマン時代は理不尽だらけだった。
理不尽を受ける度に我慢をしてきた。
森の中でくらい理不尽に抗いたい。今後、俺に理不尽を働くやつには腹パンをくらわす。
グリフィンに指示して、地面へと降り立つ。
大きな翼で舞い降りると、一帯に軽く砂堀が舞った。
ドラゴンの離陸の際もこんな砂埃が起きた。やはりグリフィンも存在としてはそういったレベルの魔物なのだろうか。いや、流石にドラゴンとは次元が違うか。それでも強いには違いない。
だって、周りの人間の表情が固まっているから。
「これは、グリフィン……」
一週間ぶりに会うフレイア・ウォルフは、先週見たかっこいい鎧を身に着けていた。
鷹のくちばしのような兜も身に着けている。
森であんなものを着るつもりは毛頭ないが、ログハウス内に飾り付けるように持って帰る予定だ。インテリアにすごく良さそうだ。
「貴様、まさかグリフィンを使役しているのか?ずるいぞ!試合にグリフィンを使うなど!」
「馬鹿野郎!そんなの俺の自由だ!」
「なっ……!?またも俺のことを馬鹿だと」
無茶苦茶言いやがる。
勝てそうになかったら余裕でグリフィンと手を組んでボコボコにするだろ。当たり前だ。
何を言ってんだ、こいつは。
すぐにぼっこぼこにして追いはぎしてやってもいいのだが、俺に駆け寄ってくる人物がいた。
「眷属様!!」
横からダイブして、抱き着いてきたのは伯爵令嬢のミロである。
二回目の再開だというのに、随分と懐かれてしまったものだ。前回は大雨の中でドレスが泥だらけになっていたが、今日は綺麗なままの姿だった。
良い香りも漂ってくる。
こうしてみると本当に貴族のお嬢様って感じだ。
後ろには爺やと呼ばれている執事も控えていた。義手をつけているのは、先週盗賊に襲われて片腕を落としたからだ。爺やのケガだけ壮絶すぎてドン引きである。
「こら、俺はダイチだ」
「そうでした。ダイチ様!お会いしたかったです。塩も、パンツもお持ちいたしました!」
「そうか。お前は役に立つやつだな」
「ありがとうございます!」
ちょっと褒めただけなのに、随分と嬉しそうである。
今日から魔法の特訓を見てやる約束である。
こいつは褒めて伸びるタイプと見た。機会を見ては積極的にほめてやろうか。
それにしても、塩がいくらあっても困ることはないどころか、非常に助かる。
ただし、パンツはミリーからもすでに貰っている。パンツが被るのは非常にまずい。手に余るパンツは、この森において大きな枷となることだろう。
「今からお前のとこの親衛隊長をボコボコにするが、それでもいいか?」
「手加減する必要はありません。あいつはいつも父上ばかりにこびへつらって、私を見下すのです。嫌いです」
随分とストレートだな。だが、森では何を言ってもいいんだ。それが森ルール。
「お前、嫌われてるらしいな。モテない男は哀れだ」
視線を向けて、フレイア・ウォルフにびしりと言ってやった。
「落ちこぼれと変態が。好きにほざけ」
「ミロは落ちこぼれなんかじゃない。お前たちごときが理解の及ばぬ大器なだけである。そして俺は変態ではない。服を着たくないだけ。できればパンツもはきたくないだけだ」
「そういうのを変態ってんだよ!」
まともってのがそういうことなら……俺は一生変態でいい!
「そろそろ試合をしようか。こっちも暇じゃないんでな」
俺はウォルフと、その後ろに控える親衛隊を眺めた。
あいつらの引き連れている馬車の中からおいしそうな匂いがする。
甘味がある。
俺のするどい嗅覚がそう訴えかけてくるのだ。
試合に勝ったらそれも奪い取ろう。勝ったやつが正義。勝ったやつが総取り。当たり前だよな?
「貴様がグリフィンを使うというのなら、こちらも魔物を使う。来い、ペガサスども!」
ペガサスとは親衛隊の馬車を引っ張る角の生えた馬のことみたいだ。
馬車が3台あり、2頭で場所を引っ張っているので合計6頭もいた。
蹄が地面を蹴るけたたましい音がして、ペガサスたちは一目瞭然に駆け出す。
戦闘の影響がなさそうな範囲まで遠のき、そこでこちらを見守る。
どうやら全速力で逃げたらしい。
「……見捨てられたな。モテない男は哀れだな」
哀れ、親衛隊はペガサスに見捨てられた。
魔物の格なのだろうか。ペガサスたちは最初からグリフィンに委縮していたからな。
「くそが!貴様ら、俺を手伝え!」
今度は親衛隊たちへの号令だった。
しかし、誰も前に進みだそうとしない。それどころかちょっとずつ後退る始末。
「……また見捨てられたな。モテない男は哀れだな」
「くそが!もう知ったことか!グリフィンごときがなんだ。貴様らまとめて焼き殺してくれるわ!」
試合だってことを忘れたような発言だ。
焼き殺すとか言っちゃてるよ。危ない人だよ、この人。
「炎魔法――ファイアーアロー!」
空間に生み出された無数の炎の矢が弧を描いて俺へと飛んでくる。いきなりすんごいのが来たな。
俺はあたりの木を植物操作と植物成長で盾を作ろうとしたが、直前でグリフィンの前にだけ作ることにした。
俺自身は、両腕のガードで全て耐えて見せた。
ステータスを見ると、HPは1も減っていない。
俺の受けステータスはもともと高い。それがレベル18となって、今では更に高くなっている。
レベル11の時でさえミリーが驚いていたのだ。今じゃ驚愕レベルの数値だぞ。
飛んでくるときに、直感で安全そうだなと思ったが、本当に安全な魔法だった。
5大魔法とは?
以前、イノシシの魔物に突っ込まれたとき、危機感を感じた。
あの時はおそらく受け止めきれなかったのだろう。そういった直感が俺にはあるみたいだ。
「なあ」
「……うっ」
あれだけの魔法を受けて無傷の俺の眼光に、ウォルフがひるむ。
攻撃が通らなくて怖いか?だが、まずは質問に答えて欲しい。
まさか現実に、自分がこんなセリフを吐く日がくるなんて思っていなかった。
しかし、純粋な疑問となった今、言うほかないだろう。
「今の、まさか本気か?」
「こんのおおおおおおお」
怒涛の攻撃というべきだろう。
直進してくるもの、地面から湧き出るもの、空から降り注ぐもの。
その全ての炎が俺に襲いかかる。
そして全く意味をなさなかった。
いや、それは誤りがあるな。
やつは、俺のパンツを焼き払った。
よかった。これでミロの持ってきたパンツが役に立つ。
「俺の受けステータスは96。お前の魔法じゃ、俺の尻に火をつけることはできなかったみたいだな」
上手いこと言っちゃったので、ちょっと嬉しくて頬が赤くなった。
唖然とするウォルフ。
俺は試合を決めるために、駆け寄って顔面にパンチを入れてやった。
「あいでっ」
地味に後ろに倒れ込むウォルフ。
どうやら俺のパンチはそんなに強くないらしい。受けのステータスの伸びはいいが、攻めはあんまりなんだよなー。
これでぶっ飛んでくれてたらかっこよかったが、できないものは仕方がない。
腹パンが理想だったが、鎧があるので生身が見えている顔を殴った。
「俺を殴った……」
「勝負ありでいいよな?」
「……くそ」
そう受け取っていいみたいだ。
「これで許してやるから、もう二度と主人であるミロに舐めた態度をとるなよ。それと俺のことを変態ということも許さない」
返事はないが、了承したとみなしていいだろう。
了承してないなら、またボコボコにするだけである。
俺は振り向いて、ミロに向かって拳を突き上げた。
これから修業を見てやる少女に、雄姿を見せられてよかった。無様に逃げ回る姿を見せたらどうしよう、とかちょっと不安だったからな。
「ミロ!」
「勝利おめでとうございます!これからは師匠と呼ばせてください」
「ああ、わかった」
師匠か、いい響きだ。
「その前に、パンツを頼む!」
「ああっ、はい……」
ミロは爺やに告げて、爺やが急いでパンツを捕りに行った。すまんな、世話かける。
「師匠、うしろ!」
ミロが慌てた声を出すので、俺は急いで振り返った。
そこではウォルフが特大の火炎玉を作っていた。
こいつ、やりやがった。不意打ちを狙ってこんな特大魔法を。
しかし、おそらくそれも俺の受けステータスを超えることはできないぞ。
受けてやってもいいが、爺やが持ってくるパンツに飛び火しても困る。
素早く痺れキノコ++の胞子ばらまいて、魔力を流してウォルフを痺れさせた。
魔法が解除されて、直立のまま前にずどんと倒れ込む。
支えるものがないので、倒れた勢いだけでかなり痛そうだ。
不意打ちするほうが悪いので、同情はしてやらない。
近づき、耳元で伝えてやる。
「一週間は動けないから、せいぜい反省しろ」
「くそ……」
まだ懲りていないのか。
「何をされたかわからないだろう?俺の魔法は少し変わっていてな。痺れさせるんじゃなくて殺すこともできた。まあ、これは温情だ」
ここまでは事実だ。
毒キノコ++の胞子ならウォルフを殺すことが出来た。
ここからは脅しを入れておく。
「お前はもう俺の魔法の影響下にいる。これからどこにいたって、遠隔で殺してやってもいいんだ。ただ、無益な殺生は好きじゃない。俺との約束、覚えているか?」
ウォルフは自由の効かない体で、それでも精一杯に頷いた。何度も。素直でよろしい。
再度確認のために告げてやろう。
「ミロには礼を尽くす。俺にも礼を尽くす。家では服を着ない。いいな?」
「ふ、ふえ……」
「いいな?」
ウォルフは頷いた。
倒れているので、鎧をいただく。
抵抗がないので脱がしやすくて助かる。
親衛隊たちがいる方へと近づくと、彼らは俺を恐れるように体をのけぞらせた。
「甘味」
「はい?」
「甘味があるだろ!」
「は、はいい!!」
「分けろ」
「はっはい!!」
遠ざかった馬車に甘味を捕りに行ってもらい、俺は鎧と乾燥フルーツを手に入れることが出来た。
良い一日だった。
爺やが持ってきたパンツを履き、グリフィンに乗っかった。
「ミロ、行くぞ!」
駆け寄ってきたミロを引っ張り上げてグリフィンの背中に乗せる。
「3日後には返す。その時、迎えに来な!」
爺やにそう伝えて、俺たちは出発した。
「植物魔法は最強だ。音楽魔法はその次くらいに強くなるだろう」
「はい!」
変な期待を持たせて、俺とミロは空高く飛び上がる。
「しっかり捕まれよ!振り落とされるな」
「はい!」
俺とミロは拠点へと向かって飛び立つ。グリフィンが凄まじいスピードを出して空高く飛ぶ。風が凄いな。でも気持ちがいい。
さて、今晩の飯は何にしようか。
転生したら世界初の植物魔法使いだったので、ひたすらキノコを育ててみた なんかイイ感じになりたい @ak47
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