第50話 手順
「前回までのあらすじ:
これはどういうことかと周りを見れば、金紅すら俺のことを憶えていないし、これも人形をパクった異能使いの仕業だろう。
ということで
『リテイクで』
音声で厭味ったらしい記録を残そうとする水瀬へ、トリムが苦言を呈する。
「お前にそんな自由があると想うな?」
『それよりも……経緯を、まっとうな経緯を、あなたは説明するべきだと想うぞ、マスター。義務というより、我々はいまだ状況の整理が追いついていない。
いったいいつから、簾尊――この男は、マスターに異能を使っていたのか、とか?』
このうえ説明を求められるのが、水瀬にはしんどいばかりだ。
「今朝、俺が家を出て……通学の最中には、かな。
先にユイが家を出て――そのときは、普通だった」
『学校についたとき、ではなく?』
「ほれ連日メディアで、人形の話とか、そればっかりだっただろ。
したら次は、こいつで観てた番組な」
ワンセグ端末を取り出してみせる。
「軍が火消しすると約束したばかりの俺の顔写真、それがこいつのとすり替わって流れておりましたとも」
名前もその時に初めて知った。
『なぜマスターと人形を、こいつは狙ったんだ?』
「先にやるべきは、出現したシンギュラリティ・コモンズへの対処だ。
今度は何体?」
『湖の付近に、三体。
会敵するか?』
「さてな……気絶したこいつをどうするか。
樹海の真ん中に捨てて発狂してもらうのも一興だが、それだと別の迷い人に異能で乗り移るぐらいはやるんだよね、この男。
しばらく俺の手近にこうしておくなら、俺の異能で対処できる」
『逆にそれしかないということか。
認識に侵蝕できる類の異能は、厄介極まりない』
「まったく、どういう生き方したら、他人の存在から奪おうとかなるんだよ……。
本人がその気で居続けるかぎり、同じことは、俺でなくとも、異能を持たない誰かで繰り返せてしまう。
現に、こいつはそうやって生きてきたんだ」
異能を交えていれば、そんなことはすぐにわかったことだ。
彼の異能は、金紅の言っていた『置換』というのが、もっともその本質に近いだろう。
「その後、学校で多少揉めて、俺は観測所へ先回りしようとしたけど、カードキーも無効化された。
ちょうどシンギュラリティ・コモンズが出たところで、金紅が彼を呼び出したから、なんとか追跡はできたよ。互いの電話番号なんて教わっていないはずなのに、俺にまつわる情報なら自動的に引き寄せられてしまう、それがこいつの『置換』のまたしても悪質なところだ」
『気味が悪いな……そんなものに生活の根こそぎ奪われるとは、狂っている』
さっきまで自分を踏み潰そうとしてた奴に言われると、とても微妙な気分になる。
トリムに悪気のないのはわかっているが。
*
「……そういえばあんたの女はちっともうちに靡かなかったよ。
あんた、ほんとは愛されてないんじゃないの?」
目覚めた簾尊から最初に出た負け惜しみの言葉である。
水瀬が次に返した言葉は、
「今朝学校で芳川が俺になんて言ったと想う?
切原って呼ばせようとしたら、『ピリ辛くん?』だとよ。
お前の時々食ってるおやつのメロンパンに豆板醬でも練り込んでやろうかって話だよなぁ――」
「……、いやまったくわからない、何故に豆板醤、普通にからしとかじゃダメなの、なんなの?」
簾尊にとってすれば、奇を衒っていた。
反応してしまった時点である意味、負けである。
「ユイさんはそういう愉快な子とお友達って話」
「惚気かよカスが」
悪態をつくたび、簾尊は負け犬としての惨めを積んでいく。
「つーか指先の感覚とか全くないんですが凍った隙間から紫色になってる死ぬ死ぬ死ぬ!!?」
「うるせぇよそのまま死ね」
その負荷を姑息にも異能で他者に押し付けた神経の図太さを想えば、水瀬とて言い足りないぐらいだ。
しかし――トリムが難色を示した。
『マスター、おつむの弱いやつにはそのぐらいにしておけ。
マスターの口が腐りかねんぞ』
「心配するのそこ!? そいつの性根とか元から腐り通しでしょ!
つか明らかに血の気がやばいんですが!!!
やばい今度寝たらダメな気がする……」
「『――』」
水瀬とトリムは林を走りながら、無表情でいる。
どのみちこいつを殺すつもりはないのだが……、実際バイタルはトリムが観測しており、やばいのは事実だ。
トリムも知っていて、判断を水瀬へ任せている。
しかし……よく吠えるなぁ、こいつほんと。
「まぁ助けてやってもいいけど。
ならひとつ約束してよ」
「は……?」
「お前が他人から、その異能で奪ってきたものは返すんだ」
「なに――言って、あんたは自分の持ち物全部取り返したでしょ!」
「違う。
今のお前を作っている容姿も資質もなにもかも、お前はつぎはぎだらけじゃないか」
「それをやるぐらいなら死んだ方がマシよ……!」
中世的な声が憤怒に染まっていくが、水瀬はそもお人よしでない。
「じゃあ死ね」
「ふざけんなこらぁ!?」
「元気だな」
『天丼ネタにももっとマシなのはなかったのか?』
「るっせぇなこの腐れポンコツAI牛頭ッ!
いつなったら画面の端から失せるんだ鬱陶しい!?
大体お前もなんなんだよ、異能はうちが奪ったはずじゃないか!」
随分なご挨拶である。
「お前は俺の異能をどう見た?」
「いろいろバラバラにするんでしょ、壊す以外なにかあんの?」
「その程度で知ったつもりでいるから、足元を掬われてる。
知ったところで、お前ごときにどうしようもないけど。
お前の手足が腐ろうと、俺たちからしたら全く知ったことじゃない」
「あんた、それでも人間……?」
その言葉そっくりそのままお前に返したいところで、キャンサーシステムに反応があった。
「オオカミ型の異形、近くにいる!
トリム、ランドセルから
『了解した』
「なんで、シンギュラリティ・コモンズって人類の敵でしょ、殺さないの?」
「手順の問題だ。あの手の異形は、すべからく処分しているよ。
交感ネットワークの反応やサンプルは、生きている間にしかとれない。
飼育するような環境を、いちいち用意してやれるではないんだから」
――なぜこの非常に口の悪いやつに、懇切丁寧な説明してやるのだろう、俺は。ただその間に限って、簾はあっけにとられるのだ。
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