第47話 異能《呪い》

 そう語る彼の笑みは、くたくただった。

 異能を使ったことより、方丈少年との対峙が精神的に堪えている。


「疲れちゃった?」

「ちゃんと夕飯の材料買ってきたから……あれ葱だけ買いそびれたな鍋にしようと想ってたんけど……ごめん、ふたりとも」

「ちゃんと休まないとダメですよ。

 そんなこったろうと、ユイさんと先に二人で別の作っておきました」

「そうか偉いなぁ、梛木ちゃん」


 こんな小さい子に、気を遣わせてしまった。

 いい加減、しっかりしないといけない。


 食事を終え、しばらくゆったりテレビを眺めていた。

 ニュースでは今朝がたのムササビについて、外部へ一連の経緯を説明する会見を、学校と自治体が行うとの旨が流れる。


「よかったみーくん、すこし顔色よくなってきた」

「ふたりのおかげだよ、だいぶ持ち直してきたかな……。

 放課後も先生たちに捕まってさ、あれもだいぶしんどかったけど」

「そうだったんだ……じゃあ、今夜は」

「今夜?」


 ソファの隣にかける彼女は、小声で耳打ちした。


「……言うこと聞かずに危険なことしたオシオキ、私にするんじゃないの?」

「――、ばか」


 苦笑しながら、水瀬は軽く彼女と唇を重ねる。


「昼間はほんと、びっくりしたんだからな。

 方丈は俺の言葉には、耳を貸さなかった。

 ……あの子は、お姉さんが世界のすべてなんだな。

 全部捨ててきた俺には、他人事でしかない。

 薄情な話だけど――まともに育ててもらったわけでもないってのは、負け惜しみにしかならないんだろうね。

 じゃあ愛したら、自分が愛した人たちは答えてくれるのか?

 その人に振り向いてもらいたい、そう考えるのはおかしいことなの?

 報われなくても――信じるに値するものを、見せてほしい……俺はそれだけだったはずなのに……うん、湿っぽいのはもうやめる。

 方丈は帰って、梓はきっと目覚めたんだろう。

 その話はこれで終わり。

 俺はあいつらと二度と関わらず、あいつらも幸せに暮らせるといい」

「そのことなんだけど――」

「?」



 数日後、自分たちは本物の切原梓と、結の行き着けな喫茶店で対面していた。

 この上、なんの延長戦があると言うのか。


「ありがとうございます。

 約束を果たしてくれて」

「……俺はあいつを助けちゃいない。

 あいつは自分で選んだんだ」

「その選択を、信じて委ねてくれた」

「――」


 結のようなことを言う。

 そして彼女は、おそらく礼を言うためだけに、水瀬と結を呼んだのではない。


「私の異能は、なんだと想いますか」

「――、続けてくれ」

「確かに隠すつもりはありませんけど、少しぐらい関心を寄せてくれてもいいじゃありません兄さん?

 ていうか、?」


 水瀬は語らないことで答えとした。

 結が見開く。


「あなた、いま異能を使っているの!?」

「えぇ、まぁ。大したものじゃないですけど、一番効いてほしいひとには通じないんですね……」

「方丈が圧倒したなら、きみの異能とはつまり力押しでどうこうするものではないんだろう。

 ひとの認知に無意識から浸潤するタイプか、厄介な」

「厄介――もっとオブラートな言葉ではダメなんですか?」

「異能はそれを持つ個人の心象、いわば世界観を現す。

 そして自分の周りから、文字通り

 きみのそれは、より社交に寄ったもののようだ」

「『愛される』力です。

 私の周りにいる人は、私を嫌わないし、放っておけなくなる」


 それを聞いた二人は、早速あっけにとられる。


「ちょっとそれ……今みーくんに、色目使おうとしたわけ」

「さぁ、どうと受け取ってもらっても構いませんけど――お二方、ガード固すぎません?」


 結に対しても彼女の異能は作用しており、結果として敵意を持つには至らないが……水瀬への独占欲から対抗してきた。


「軽くでも、異能に抗性を示すなんて。

 なるほど、兄さんみたいな異能使いと付き合えるほどですからね」

「どういうこと?」

「重要なことじゃありません。あなたは並みより異能への耐性を持っているというだけ、でなければ、今や言葉一つでないはずなんですから。

 時々いるんですよ――そういう人は、私と話すとすべからく警戒し始めるんですが。

 比べてうちの両親は、まったく自我というものが希薄というか……兄さんの異能に対してのトラウマ以外は、まったくもって凡人です。

 愚鈍と言っても過言でない」

「「――」、手厳しいな」


 二人は怜悧な彼女に圧されるも、水瀬はかろうじて話を繋いだ。


「あの人たちは兄さんを切り捨てたんですよ?

 なんでそんなに落ち着いていられるんですか!」

「落ち着いてるのとは違う」

「!」


 しぜん、彼の言葉には怒気が含まれていく。


「関わるだけ時間の無駄だ。

 君たち家族に関わって、俺に何があるの?

 きみも方丈も、俺にはいきなり舞い込んできた騒動の種だ」

「――」


 そう言われることを、少女は全く予想していなかった顔を作る。


「方丈のこと、伝えてくれたことは感謝してる。

 おかげで彼を、

 そしてきみは、念願の自由を手に入れた。

 ……あの家族がきみに居づらい場所だってなら、話ぐらいはまた聞くよ。

 でもそれだけだ――俺はあの人たちに、二度と関わらない」


 その距離感を宣誓し、牽制しておく。

 それは水瀬が彼女と話すとなったなら、真っ先に決めていたことだった。



 ふたりはマンションに近い、高台の見える公園に立ち寄る。

 ――、おおよその察しはついた。

 きっと家族は彼女の力が、異能であるとさえ気づかないまま、彼女を愛し続けていたし、異能と気づいてもなお、敵意を抱くことすら許されない。

 だから『愚鈍』なのだ。

 壊れかけの家族は、彼女と方丈の成人し、自立するまでずっとそのままだろう。そして――それでいいのだ。


「切原くんの言う意味、少しわかっちゃったかもしれない」

「――」

、梓ちゃんも方丈くんも、自覚のあるなし関わらず、自分の都合のいいように、自分の世界を力で呪い続ける。

 それは、普通の人の常識なんて超えていて――あの子たちはとうに後戻りできないところまで来てしまってた。

 でもそれが、あの子たちの家族を家族足らしめている」

「……異能を抜きに成り立たない人生なんて、それこそ呪いにほかならない。

 それでも案外、死ぬまで何とかなったりしてな。

 それは俺の言葉じゃない。きみの親父からの受け売りだ」


 水瀬は公園の遊具ブランコに手をかける。

 思えば、子供の頃はこうした場所で遊んだ記憶は全くない。

 他人からのイメージの受け売りばかりはある――たぶん俺は、視野が狭い人間なんだ、だから異能とかいう夢想にして呪いに、いつの間にやら片足突っ込んでいたのかもしれないと想う。

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