第46話 畏怖
軍の事後処理、加えて一連の騒動を起こした方丈は、まだ中学生なりたてとはいえ、当然ながら無罪放免と行かないらしい。
そちらの方では過去に水瀬が工作員を殺傷した件も取りざたされたようで、異能という個人の資質だよりな軍の繭へのアプローチは、大幅に後退すると考えられた。
ただ――かたやこれを通じて、軍内部での繭人形に対する理解もまた、深まりそうな兆しを見せている。
人形が繭に対抗する手段であると、上層部はもともと確信しているし、そもそも人形不要論者とされるおおくは、切原方丈の異能でそのように扇動されただけで、過度に人形を嫌っているわけでもなかった。
そして水瀬は放課後……生徒指導室へ呼び出されている。
「お前は部活をやってたわけでもないし?
まぁ外でまともにやることがあるんだと、ちょっとだけな、俺もちょっとだけほっとしてたんだよ」
担任と生徒指導教諭が、それぞれ揃っていた。
水瀬はパイプ椅子に背筋を伸ばして、肩身の狭い。
担任は喋り続ける。
「人造人間なんとかゲリオンだか怪獣駆除だか、そういう理由でやってるならちゃんと報告してくれたってさぁ――」
「わりと怪我や失調の多かったの事実ですし」
「けど去年もぎりぎり危うかったが、今年度の出席数は前を上回るペースでこのままじゃヤバだぞ?
単位落としたくないだろ???」
「おっしゃる通りでぇ……」
「ふざけてんのか」「いやまったく」
至極真面目にやってるのに、まくしたてられているのを辟易しているだけの話だ。
担任も落ち着きが足らない。やがて嘆息した。
「ほらあれだよ、芸能人がたまにやってる、外部実績を特別な単位に認定したりするやつ」
「え?」
「その観測所とかいう?
人形の運用だの、交感ネットワークだの、なんとか学業や活動の一環てことに……できるといいな……」
「最初ちょっと期待を持たせるようなこと言って、結局確信を得ないで不安がらせるのやめてください素直に腹立たしくなってくる」
「もぉーそんな怒らないでよ超能力少年っ!?」
「俺そのネタでいじられたくないんですよ」
「さーせん」
くだけてるとかいうレベルじゃねぇぞ、不謹慎に片足突っ込まない範囲だから一応許せてるけど。自分みたいな異常者と、距離感測りあぐねるのは百歩譲ってよしとして――、どうしたもんかな。
それまで黙っていた、生活指導教諭が口を開く。
「するとあのシンギュラリティ・コモンズという化け物は、君を狙ってやってきたのか。それに皆が巻き込まれたと」
面接を受けているような息苦しさがあったが、順を追って説明することにした。
「――、つまりなんだ?
いや必死に説明してくれてるし、お前に異能があるのはわかってるが……よもやそんな陰謀論じみた……いやクーデター未遂洗脳ってちょっとおま……馬鹿……いや情報量がおかしい……ちょっと待って、五分ほど休憩くれ」
「そのぶん俺の帰宅が長引くんですけどね!」
「すまん、すぐに理解するのは無理だ」
自分の無能でパンクしないでいただきたい、いや異能なんて門外なのは、こっちだってわかってますけど、こっちだって会う人そのたびに『身内のごたごたの不始末ですいません』をかくも専門用語並べてごたごたやりたいわけじゃない。
なんだこの徒労感は。
早く帰りてぇ――今日の夕食当番、俺なんですけど。
そろそろ十八時まわろうから、スーパーの割引肉は買いそびれたか。
まぁ、その程度。
待ち時間が済むと、部屋へ戻ってきた生活指導教員は、顔は白いものの、さっきよりはマシそうだ。
「それで――きみの弟が暴走して、あの異形も彼が従えていたと。
彼が折れた今、ふたたび同じことは起きないと、君はそう言うんだな」
「えぇ」
「――ふむ、しかし……いや我々がシンギュラリティ・コモンズについては門外なのもあるが、もしああしたものが学校やきみ個人を狙ってきたら、危ないんじゃないか?」
「なにが、言いたいんです」
「きみがここにいることで、生徒に危険が及ぶ。
異能で頭角を現し、人形に乗ってメディアにも晒されたきみは、最早一般人とは言い難い。
そりゃあ、きみ個人にはなんら落ち度はないのかもしれない……しれないが」
やけに歯切れが悪いが、ようは、
「学校に来るなと、そういう話ですか」
「そこまでは言っていない、ただきみがいることで、既に活動に複数の支障をきたしつつある」
「そういう話じゃないですか……だったら今後のことは、そっちが勝手に決めてください」
「ちょっと待ってくれ。
もう長くはしないから」
水瀬は立ち上がる。
「敷地内の弁償ですか」
「いや大抵の壊れ物は変な少年が戻していったが――」
どうせ金紅のことだろう。縫う異能はそういうところ、汎用性の非常に高いから、現場でも重宝される。
「いずれかというと、異形の死骸から出て壁面へ飛沫した体液の清掃などに難儀してな。
消防車ならあるいは届くかもしらんが、変なところにこびりついて困っている」
「大人ですよね?
手配はご自分らでどうぞ」
「言われんでもやってる。
ただ――問題は教師というより、保護者たちだ。
きみが今度の騒動に係わっていたことは、シンギュラリティ・コモンズにかかる情報統制のおかげで、かろうじて洩れていないが、事態について、納得のいく説明を求められる。
きみの名前を出さずにやるとなれば、それにシンギュラリティ・コモンズのことがあれば、有識者の言葉が必要だ。
……観測所とかいう、きみの監督者さんがたにも、その辺を相談して、できれば明日までには連絡を折り返してほしい」
「わかりました、すぐ手配しておきます。
先生個人のアドレスに返せばいいんです?」
「あぁ、助かる」
確かに、必要なことであった。
市街地にシンギュラリティ・コモンズが現れるのは、徐々に珍しくなくなっている――しかし万一の事故で、生徒たちが巻き添えになれば、保護者は気が気でないのだろう……まともに案じてくれる保護者のいない水瀬はどうにもピンとこない感覚だが。
環境が違ったのだろう。
「――、環境が違った、か」
金紅が時折口にすることを、帰りの電車のなか、一人呟いていた。
車内に人はいない。念のため、眼鏡で顔を誤魔化している。
「――……、ふざけんな」
水瀬は俯いた。
結局、両親が異能を受け入れるようになった理由はわからずじまいだ。
あの人たちは、異能を持たない普通の子どもが欲しくて、加えて女の子ならいいと、特に母は憚らないひとだった。
それが起こした心変わりは、人間なら起きることなのだろう。
だったら――俺は、あのひとらにとって、結局なんだったのだ?
考えるだけ無為だとわかっているのに……いやな考えが止まらない。
*
よろけながら帰って早々の玄関先、結の肩先に抱かれてうずまった。
「……ずっと、異能があるから、あの人たちは俺が要らないんだと想ってた。でも違った。
俺にはあの人たちに愛されるだけのものがなかった――実際がどうかなんて知らないし、もう確かめるつもりもない。
でも――彼の異能の箱庭なんて、見ていたら。
もうどうしていいか、今日は本当にわからなくなって……」
「うん……うん……」
彼女は何も言わず、水瀬を受け止めてくれる。
この人がいなければ、自分には狂うほかにないのだ。
弱くなったと言うより、元から破れかぶれな自分が、人間であることを確かめるためのたったひとつの手立てを、この人にのみ見出してしまった。
「わかってる――きみと梛木ちゃんがいてくれるから。
また明日からも、頑張れる」
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