第44話 偽善者
「……偽善者がッ」
少年は水瀬を睨みつけた。
そこにはもはや、たったふたりだ。
「お前が家族を壊したんだ!」
「いったいどういう
結界で新たに、パワードスーツ型の人形が編まれる。
紛い物であるが、ゆえに稼働時間などは気にせずに済む。
無論方丈のスタミナが続く限りであろうが――若いっていいなぁ。
水瀬は少年に、自分からの説得は通じないと諦めつつある。
いや届くまいと、殆ど確信していた。
それでもひとつ、訊いておきたいことがある。
「梓自身の意志なのか、お前の人形であることが」
「うるさい……」
少年の声が、露骨に沈んだ。
「梓を解放してやれ。それとも何かあるの」
「うるさい!」「!?」
放たれた異能が、水瀬の正面で中和する。
しかし壁面に余波が叩きつけ、削っていく。
本当に何でもありだ――彼の異能は、人形を生成し、異形さえ操り、あまつさえ斬撃に匹敵する破壊を生んでいる。
「……大した技術とスタミナだ。
お前は俺の出会ってきた異能持ちの中で、まぎれもない最強だよ。
俺や金紅も、スタミナには秀でている部類だけど、もう世代が入れ替わろうってのか?
けどそうして異能で支配したお前の世界には、なにがある」
「姉さんからお前という存在を消し去る!
そのためにまずはお前を殺すッ!」
水瀬は口をあんぐりと開き、声を発しようとして、顎から力が抜ける。
なにを言うのもばからしいと想ったところへ、正門のほうから声のした。
「……無茶苦茶だ」
樹少年だ、どういうわけか息を切らしている。
水瀬は見開いた。
「水瀬さんそのクソガキ、流石にそろそろ迷惑の度が過ぎるようだし、叩き潰してもらえませんか?」
「あ、うん」
それを聞いて水瀬は想わず、いい意味で肩の力が抜けたのを感じる。
「きみも巻き込まれないように下がってろ」
「俺はあの人を追いかけてきたんですよ!」
「みーくんッ!」
「ユイさん――どうしてここに?」
彼女が由良ととも、正門の反対の隅から出てきていた。
こっちへ来るなという前に、水瀬は苦い顔で方丈へ向き直る。
「……もっと早く、叩き潰しておくべきだった」
三人とも、巻き込むわけにはいかない。
しかし迂闊だ――なぜ由良は、遭遇した結を止めなかったのだ?
いや、そんなことはもうすべて後回しでいい。
「純粋な力比べをお望みか」
結界人形の足が、直上より迫る。
水瀬の斬撃と衝突し、切り飛ばされた足首が、付け根から再生していく。
彼の結界は、通常の実体と違う。
感触は、抗体蜘蛛に対峙したときのそれに近い。
「立て直しが早い。
思い込みの激しい――だけなら、救いようもあるんだが……」
「その小言の煩い口をいい加減閉じろ!」
「『祓え』」
そこにあるよこしまな敵意を――殺意の根本を、祓うことはできない。
それをやれば、おそらく切原方丈という少年は廃人になってしまう。
切原梓は、彼を助けてほしいと言っていた。
(顔も知らなかった妹の言葉で、ただ働きか)
――逃げられないのが、本当に面倒な。
奉仕してやる趣味などない、本当は方丈に水瀬の存在が不快なように、水瀬も彼をこの場で排斥してやりたいし、彼女に頼まれなければ、あれが廃人になろうと、知ったことではないのだ。
「お前では俺を殺せないよ」
異能で生んだはずの人形が、あっさりと霧散する。少年は動じていない。
「それはどうかな?」
非常に下卑た笑いを帯び、次の行動に移る。
「なにをするつもりだ!」
言いつ、水瀬は意図を看破して、結の方へ自身の異能を放ち――彼女の正面で、ふたたび二つの異能が衝突した。
「迂闊な女だ」
彼女らが異能の余波にあおられるのを、高慢な笑みで見届ける彼は直後、
「――姉さん!!!」
樹の投げた言葉で、ぴたりと動きの止まる。
冷や水を浴びたよう、途端に顔が白くなった。
*
姉が自分たちにはけして知らされない実兄の存在に本格的に気づいたのは、三年ほど前の話になる。
僕はそれより少し前、多少なり違和感を覚えた。
昔住んでいた自宅には、一切使われることのない部屋があって、姉や僕はそこを隠れ家や秘密基地代わりに、母たちのいない時間、友達と遊んだことのあった。
そうして……母が狂ったのだ。
――あの部屋を二度と使わないで。
家族のままでいたいなら。
その恐ろしい剣幕には、確かになにかあった。
父は母の言いなりで、あれに頭が上がらない。
二人が恐れているものの裏まで、僕は知りたいと考えなかったが、姉は違った。
放置されていた部屋の中には、埃をかぶる寝具があって、男もの、物によったら、薄汚く茶色い血が染みついている。
写真の類は一切が処分されてしまっており――、つまりそういうことだった。
姉である梓がそのことを糾弾すれば、当然口論にはなったが……、やがてぼろぼろ泣き出した母は、あの人に言ったのだ。
――あなたが生まれたとき、今度こそちゃんと育てられる、愛せるんだって、私は本当にうれしくて。
であれば妙な話だ……母にとって兄は、家族ではなかった?
なにがそうして、存在の抹消まで行ってしまうのだ。
確かにそれは姉や、一緒に聞いていた俺でさえ、空恐ろしい内容だった。
――たとえ異能があったとしても、梓も方丈も、あんな失敗作とは違う、祝福されて生まれてきてくれた。
あの人に……俺たちは確かに、愛されていたのだろう。
それであなたが切り捨てた僕たちの兄は、どこへやった?
育てることを、放棄した――巷で言われる問題が、自分たちの中にも巣くっていたと知れたら、姉も僕も、背筋が凍ったのは言うまでもなく。姉は直後に耐えきれず、衝動的に家出を試み――そして事故が起きた。
*
「当初、自動車に接触したと想われていた彼女は気絶しただけで、身体に外傷は一切見受けられなかった。
君も姉を追って殆ど同時に現場に居合わせている――君の異能が本格的に発現したのも、その時だ」
水瀬は淡々と種を明かしていく。
「気絶した梓を守ろうとしたのか?
彼女の意識を、以来、結界で造った人形に閉じ込めている。
そしてその人形は、昏睡する本体とも常に連動しているな。
でなければ、成長も起きず、生命維持もできなくなる。
第二の身体と考えれば、ある意味便利なものだが……本人はどう想っているやら。その表明を制限するのも、きみの勝手ってことだ」
「ッ」
「きみの造った安全は、あの子の意思を無視している」
「うるさい!」
何度目かの叫び、水瀬とまともに話したら言い負かされる。
はなからわかっているのだろう。
水瀬は決定的な一言を口にした。
「お前もすでに偽善者なんだよ。
人の自由を奪い、傀儡とする」
「黙れぇえええええええええええええええっ!!!」
この程度、水瀬に払われる程度が、彼の異能であるはずがないのだ。
そう誇示するように、彼は自らの異能の真価を引き出そうとしてみせる。
「まだだ!
俺が姉さんを、家族を守るんだ!
もうお前なんかに誰も傷つけさせない!」
「勝手に転んで勝手に泣いてるだけだろ」
「みーくん……」
「身内に手厳しい……」
立ち尽くす姉弟は、水瀬に苦言を呈する。
だが――水瀬からすれば、彼の言い分を容認すれば、梓を解放できないし、彼は水瀬を殺すことに執着し続ける。悪態のひとつくらい、吐かせてほしい。
彼の原点、
この場合、尺数そのものはさしたる問題でなく――「その内部には彼の望んだ何の構成要素が含まれるか」。
そして彼は、自らを閉じ込める結界の檻を構築する。
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