第43話 騒動

「切り祓え」


 水瀬は苛立ち交じりに、路上のその場で異能を行使する。

 すると次の瞬間――両腕をあげて、ボディチェックをされていた由良たち以外、その場にいた軍人たちが、糸の切れたようにその場へ一斉に頽れていった。


「……すいません。

 わざわざおふたりの無力化を、狙ってくるなんて。

 こうするしかなかった」

「いや、こちらこそ不甲斐ない。

 君を守るのが仕事だと言うのに」


 窮地を脱したふたりに、気絶した彼らの拘束を任せ、水瀬は考え込んでいる。


「通学中を狙われるのはわかってたつもりですが、いくらなんでも派手ですね」

「たかだかひとり――と君に言うのは失敬だが、そのためにクーデターでも起こす気か、人形不要派どもは?」

「いえ……たぶん、今かなりややこしいことになってます。

 俺の推測が正しければ、なんですが」

「どういうことだ?」


 疑義を呈する由良達を手で制し、先に金紅へ連絡を入れる水瀬だった。


「あぁ金紅?

 朝っぱらから悪いんだけど、茉莉緒を叩き起こしてくれ。

 やってもらわなきゃならないことができた」

『そう?』


 またさらに彼と話し込み、終えてから水瀬は由良達に話し出した。


「おそらく彼らに、クーデターを起こそう自覚はありません」

「なんだと?」

「良識の問題じゃない――彼ら自身、まったく気づいていない。

 操られていたんですよ」

「誰に」

「切原方丈。おそらく彼と接触した一部の幹部まで、彼の異能で支配して、シンギュラリティ・コモンズの検体を温存させた」

「あの少年が、すべての黒幕だと?

 そんな馬鹿な、きみの弟だろう!?」

「……、ちょっと待ってください」


 ひとりの意識が回復しつつあったので、水瀬は彼を近くの公園、その水場まで連れていく。顔に冷や水を浴びせて、無理やり覚醒させる。


「なんなんだねきみは!!?」

「時間がないんですよ、あんたがたのために使ってられる。

 ――切原方丈は、あんたがたになにをした?」

「切原、方丈?

 あの小生意気な異能のガキがどうしたって……なんだ、今日は何日だ?

 俺たちはいったいいつから――」

「あやうく同胞を殺しかけたんだぞ。

 悪いけど、携帯できる武器は全部抜き取らせてもらった」

「なっ――」


 男にはここ数週間の記憶が欠落していた。

 それを見た由良たちは、流石に驚愕で一時、言葉を失っている。

 しかしその先へ行かねばならない。


「切原くん、どうする?

 今日は休んだ方がいいかもしれないぞ」

「そうしたいのはヤマなんですが、これを見てください」


 水瀬が常用しているワンセグ端末を取り出すと、市街地にシンギュラリティ・コモンズが飛来し、学校の校庭から校舎の日陰へ移動したとのニュースがヘリから生中継中だ。


「これって、この前のムササビ型の検体か!」

「確信犯の仕業でしょ、この騒動は。そのように誘導された、そう考えるべきです。

 ここからは、ひとりで行かせてくれませんか」


 気絶している軍人らが目覚めた際、状況を収める必要がある。

 ふたりには残ってもらうべきと、水瀬は考えた。


「危険だ」

「知ってますよ。ただ敵の狙いは、おそらく俺です。

 シンギュラリティ・コモンズが出たのなら、俺か金紅で、人形を出さなきゃならない……ただ、今ならあるいは、止められる。

 万一それが関わる事案ならそのさなかに俺になにがあっても、あなたがたに責任は負わせない」


 由良は高嶋に向き、頷きあった。

 水瀬へ振り返り、言うのだ。


「彼らは高嶋に任せる。

 私は君についていく」


 二人とも腹が決まっている。

 水瀬は嘆息し、苦笑した。


「……では、地獄に付き合ってもらいますよ」



 校門の前までやってくると、周囲は閑散としていた。

 目線の先には少年だけが佇んでいる。


「おはようございます、初めまして兄さん。

 正直なところ、挨拶を交わすのも億劫です。

 ここで死んでもらえますか」

「敬意の欠片もない尊大極まった言い回しだな」


 互いに名を呼ぶことさえしない。


「なぜシンギュラリティ・コモンズを検体にした。

 すべて君が仕組んだことなのか、中の生徒の退避は?」

「全部あんたのせいですよ、あんたが姉さんをかどわかすから!」


 激昂する少年は、拳を強く握っている。

 水瀬はそれに血が滲もうが、冷ややかに見下ろすばかりだ。

 ちょうど水瀬の背に、ミニバンが停車し、茉莉緒が降りる。


「お師匠、なんです?」

「あそこにいる巨大ムササビの動きを止めろ。

 できるか?」

「はぁ――そういうこと、あのガキの異能です?

 やだな、お師匠に目元とか似てる」

「いいから行け」


 背中を叩いて、とっとと正門の向こうへ押しやった。

 生徒たち――というより、一足早く登校した結の安否が気がかりだ。


「させるかよッ!?」


 方丈は向こうへ腕を伸ばし、ムササビを暴れさせようとする。

 しかし数秒後、弾かれた。


「なにをした、異能が弾かれるなんて!」

「さすがに本職の『操演』相手ではな。

 自分以外の異能使いと戦いになる方が珍しい」

「水瀬、彼はまさか」

「あぁ」


 金紅が背後から遅れてやってきて、水瀬は彼の問いに頷いた。


「彼の結界は、人の意思にも作用する。

 対抗する異能使いがいるなら、その限りではないが、一部の軍人はまんまと乗せられた。

 あとの処分は、アイオライトに任せても?」

「もちろんだ」

「彼は、こっちで釘付けにするしかなさそうだから」


 その場に残ったのは、水瀬、由良、方丈の三人のみだ。

 由良を操ろうとしないのは、軍人たちの制御が先に水瀬の異能で解除されてしまっているから。やっても時間稼ぎにさえなるまい。


(金紅の話が正しいなら、方丈は姉の姿をした結界人形を作っていたことになる)


 なんのために?

 その点も取り急いで調べてもらったから、ここから答え合わせとなる。

 しかし――真意の実際は、彼の口から聞かなければ。


「まったく、その年で大したもんだな。

『結界』、だったか。人を操るなんてテクニカルなことまでできようとは」

「うるさい、時間稼ぎのつもりか?」

「――」


 困った。ただ向き合ってるだけだと、彼からなにも引き出せる気がしない。

 俺は弟という生命体が、本質的に苦手――というより、相性のミスマッチ著しいんだと想う。樹少年にして、彼にして、どうにも話を聞いてるだけで絶望してくるんだから。


「あんたなんか、家族でも何でもない」

「そりゃよかった、気負わなくて済む」

「ふざけるな!」

「ふざけてるのはお前の方だろう?」

「なに?」


 少年の瞳に動揺が映る。


「姉を自分の人形にして。

 事故に遭った本物は、病室で延々昏睡している。

 意識だけ結界で吸い出したのか。

 なぜそんな、回りくどいことを?」

「あんたに家族はわからない!」


 追及しているはずの水瀬の瞳は、徐々に白けていく。

 見かねた由良が口を挟んだ。


「いくらなんでも、実の兄に向ける言葉じゃないだろう」

「その男が何者か、あんたらは本当に理解が足らないな。

 母さんたちがお前を棄てたのも、思えば当然だ」

「棄て――」

「終わった話です」


 身内とうまく行っていないのは、彼もすぐ察せたが、いざ口に出して長男を棄てたとは、よほどのことだろう。


「斬撃は見せたでしょう。

 あの人たちは薄気味悪い、異能の子どもなんて欲しがっていなかった。

 はずなんですが……」


 すると方丈が、あれほどの異能を扱えると知らないほうが難しい。


「そいつさえいなくなれば、俺たち家族は家族のままでいられる!

 俺の異能で、お前を殺すッ!!!」

「由良さん、離れててください」

「異能の戦いに、やはり私では役に立たないのかッ」


 誰もそんなことで身体を張るのなど、あなたに求めないのだが、無力感をかみしめる前に、


「あなたにはやってもらわなきゃならない、生徒を守ってください!

 シンギュラリティ・コモンズから、逃げ遅れた人がいるなら――」


 たとえ家族が自分を必要としなくても、自分には譲れない仲間と想い人がいる。そしてこの場にいる、誰も死なせない!


「俺たちはこんなものに打ち震えてる場合じゃない」


 たとえ血の繋がった身内であろうと――そのためなら、叩き潰す。

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