第42話 違和

 水瀬がそれに確信できたのは、軍で現場に手配した運搬トレーラーの数が、三つであったためだ。

 二つはこちらの人形用にそうしてくれたものだが、もうひとつは――。


「まさか……金紅」


 急いで彼へ小声で耳打ちする。


「桑原さんに連絡取って、運搬のトレーラーの数がおかしい」

「というと」

「連中には予備としらを切られるだけかもしれないが、たぶんシンギュラリティ・コモンズの検体を運ぶためだ、生きているのが残っている」

「そうか、彼の異能!」


 水瀬は苦々しく頷いた。


「あぁ、生体のそれに反応するはずのキャンサーシステムや、センサーの検知を、彼の結界なら遮れるとしたら、用心に越したことはない」

「これからどうするつもりだ?」

「……緋々絲で追って、確かめる。

 だが現状、シンギュラリティ・コモンズはそうと見つけたらすべからく殺処分で隊の方針はトップダウンだ――それが、意図的に隊内で無視されてるなら、また少々統率が怪しいな」

「わかった。しかし部外者である以上、俺たちは見ていることしかできないだろ」

「それでいいんだ。奴らがなにをしてるかがはっきりすれば、公的な記録として残る――それともこんなとこで見逃してやるのか?」

「いいや……抜け目ないなぁ、我が親友は」


 水瀬は工作活動においてなら、金紅より多少なりの目端が利く。

 実際、追跡は答え合わせにしかならなかった。



 林に降りたった人形に、小銃を下から向けられるなか、拡声器を開く。


「そこで何をしているんです?

 その異形は生きていますよね、まさか検体として回収するおつもりですか、軍上層部が打ち出す方針とは些か乖離して見受けられるようですが」


 考えてみれば、水瀬をメディアにリークしたのも、こうした考えのひとりのはずだった。

 水瀬自身が異能使いなのは、彼らとてある程度は把握しているはずだと言うのに、人形に乗っていると途端に警戒を向けられるようで、すこしやるせなくなってきている。


「観測所の君は部外者だ、帰りたまえ」

「……、弁明はご自由に」


 記録は取れた。彼らも気まずそうにしているが、こうなっては隠し仰せないとわかるのだろう。

 さて――術者はと探すと、彼らの背後に隠れている。


「――」


 少年から人形へ、滾る敵意の視線が刺さった。



 隊を庇う幹部の一部も、検体の確保に動いているらしいとは、後から金紅に聞いた。


「軍内部でも、元から繭人形の扱いについては一筋縄でない……水瀬のおかげで、連中の背景が顕在した。

 処分はされるが、検体はそのまま回収されている」

「そう――足の引っ張りあいだけはご勘弁だな。

 にしてもなぜ生きた検体なんだろう、彼らは交感ネットを嫌っているんじゃないのか?」

「よなぁ、人形や補助脳でないそれなら、解析をよしとするの、彼らの分野へのリテラシーの低さも考えると、妙なことだよな……ま、おいおい分かってくるだろ。

 お前のおかげで、こっちはひとつ先手を打てた」

「きな臭くなってきたな。

 保安回りも気を遣った方がいいか」

「ところで――いよいよボディガードが来てくださったぞ」

「俺は異能で自衛できるんだけど……」

「そのわりしょっちゅう怪我を作るじゃないか」

「否定できねえ」


 相手が自爆しかけてくるとか、そういうイレギュラーに見舞われていたせいもある。あれは本当に、イレギュラーな部類だ。自爆テロがそうほいほいこの島国であってたまるか。

 ふたり来て、片方は由良だったので、水瀬は早速声をかけた。

 さっぱりしたスーツ姿でいる。


「お疲れ様です。なんか、すいません」

「いや、いい。これも仕事だ。

 その間、君からも人形について手ほどきを受ける」

「えぇ」

「それよりきみには、こちらこそ迷惑をかけどおしだな」


 軍の一部気風を言っているのは、すぐ察せた。


「いえ――身の回りには及んでほしくないですけど、まだ自分で解決できる範囲でしたし」

「その圧倒的な自信は、きみの異能か?」

「それもありますかね、じゃあ今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 互いにうやうやしく頭を下げる。



 リビングのソファで三人が向き合うと、水瀬による説明が始まる。


「異能を道具としてあてにしてはならない。

 それは僕個人の意見です。

 だったなら金さえかかっても、データがあれば再現できる繭人形のほうがよほど優れている」


 ボディガードにあてがわれたのは、二人とも軍に導入された人形のパイロットだった。

 この期に人形について、水瀬の見解を聞きたいとも言われたため、このような場を設けている。

 由良が口を開いた。


「そういう君も、異能を持っている」

「ですけど、それを他人には再現できない。

 発現する異能の当事者も、どういうものが発現するか自体は選べないんです。近親者であれば、発現の芽は増えましょうが――それでも必ず、差異があります。

 過去には一卵性の双子それぞれに発現した例もありますが、発現した異能の性質は彼ら自身も周囲からの認知も違ったんです。

 もっとも互いが同質化を図るなら、その限りではないかもしれない。……いかんせん、症例数が少ない難儀です」


 水瀬は豆から挽いたコーヒーをふたりへ勧める。


「まだ熱いです、気を付けて」

「では一口、ん、うまいな」

「ありがとうございます」


 もう片方の女性、高嶋美園たかしまみそののほうはまだ手を付けないでいた。


「あとでいただきます」


 と一言。次いで、


「その興味深い話を、次いでいただけますか。

 私たちの仕事の意義にも関わるようです」

「そうですね、わかりました」


 水瀬自身も、コーヒーに口を付け――苦みのないことに満足しながら、口を開く。


「はっきり言って、個人の資質だよりの異能は、その個人が潰れた途端に投資したすべて無に帰する可能性が高い。

 人形はあくまで道具です、壊れたら直して取り換えればいい。

 そして異能だからと言って、それがすなわちシンギュラリティ・コモンズや繭に対抗するための技術ではないんです。

 あくまで先天・後天的に自然発現するだけのそれは、脳の作用に係るのはらしいですが、そこから力場にどう作用するかのメカニズムは、術者のイメージの中にしかなく、一切の観測ができない。

 ただまぁ――元から物理的な作用を伴うサイコキネシス的なものなら、異能に攻撃的な指向性を設けるのは、簡単ですよ。

 そういうストレスを与えればいい、敵を与えてやるんです、そういう教育ないし洗脳ですか。

 ただしそれは挑発であって、制御とは言い難い」

「あまり褒められたやり口ではないようだな」

「人間を資材にするんです。国防やら人類という大義のために、あなたがたはどこまで負担を背負って、あるいは強いますか」


 今回関わったのが、自身の実弟というのは、ふたりも知っている。


「繭という超常の性質を、きみは人類で誰より間近に触れ、聞いたはずだ」

「僕が繭の向こうにいるものと話した内容については、ご存じないでしょう。

 ……口止めされているのもあります、ただ、お二人にはひとつ、肝心なことはお伝えしておきますね」


 桑原とも事前に示し合わせてあることだ。

 水瀬は静かに身を乗り出し、手を前に組んで考え込む姿勢をとる。


「交感ネットワークの技術を捨てるよう、あれは話を誘導したんです。

 その研究が何を齎すかはとかく――軍の人々で繭が憎いなら、人形こそが人類の突破口となる、俺はそう考えています」


 そう――肝要なのは、繭が人類による交感ネットワークの解析に否定的な姿勢を打ち出したことで、だからあのファーストコンタクトを開示された身分の人々はまともなら、それが繭に対する打開策として機能すると、即座に察したはずだ。


「べつに異能があってもいいですが、それを主体とした計画は、まぎれもなく脆いんです。

 あの少年の身を、食い潰すことになりますよ」

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